氷上の天使、雪の妖精
職場体験明け、爆豪はそれはもう機嫌が悪かった。
ベストジーニストのもとで過ごした一週間はそれはもうどぶに捨てたようなものだったし、髪の型は洗っても洗っても癖がついてしまった上、救助訓練レースでは緑谷が自分の動きを模倣するわでもう最高に機嫌が悪かった。
「轟は
「なんだその……氷上の天使って」
「あ、知らね? ネットニュースで騒がれてたんだぜ。ほらこれ!」
上鳴がよくわかっていない様子の轟にスマホを見せる。画面には「まさに氷上の天使、職場体験生火災現場で大活躍!!」と一面に飾られていた。それに思わず轟は「お」と口に出す。
「そういやあちこちバーニンさんと飛び回ってたな。よく撮れてんな」
「かっわいいよなぁ、白雪。もうすでにフォロワーいんだぜ」
「ああ、確かサイドキックたちの中でもそれは話題だったな。なんでも雪の妖精……だったか?」
「あーぽいぽいっ! 天使とか妖精ってのがしっくりくるビジュアルだもんなぁ。コスもそれっぽいし」
上鳴が騒ぐにつれ爆豪の怒りのボルテージも高まっていく。なぁにが氷上の天使ぃ? 雪の妖精だぁ? あれのどこがそんな清純系だよ。恋愛において、押して抱き着いて離れないような氷華のアプローチを日夜受けている爆豪からしたら鼻で笑える話だった。
絶賛胃袋をつかまれかけ、白雪邸に大いなる魅力を感じて躱すに躱しきれていない上に、先日はらしくないことを言ってしまった爆豪は、こんなはずじゃなかったと思わずにはいられない。ちょうど氷華から通知が届く。「はやく会いたいな」どこの彼カノだ、自分たちは断じて付き合っていない。やっぱあいつ一度わからせねぇといけねぇなと爆豪はブチィッとブチギレながら口角を上げた。
「爆豪くんどうしたの? 今日はなんだか気合いっぱいだね……?」
学校の訓練場を借り、いつも通り手合わせをしようと体操服に着替えすでに先にいた爆豪を見ると、それはもう気合いっぱいな感じだった。オーラが違う、なんか不敵に笑ってる。
「俺はなぁ……おまえを一度分からせなきゃ気が済まねぇ!!」
「……え?」
「いいかっ!! 俺は決して!! おまえに絆されなどしないし!! おまえのことなんざなんとも思ってねぇ!!」
それはもうわずかでも絆されてるし何か思ってると告白してるのと同じである。
氷華は呆気にとられた様子でぽかんと口を小さく開けて、腰を落として上体を反らす格好でわははははと高笑いしている爆豪に、その態勢つらくないの? すごいね爆豪くんと違うことを考えていた。
「俺はおまえと付き合う気なんざねぇから、そこんとこしっかり胸に刻んどけよ……!!」
言いたいことを言ってやったという顔で爆豪が心なしかすっきりした顔をするが、対して氷華は何言ってるんだろうという不思議顔だった。
「ヒーローになるために勉強してるのに……お付き合いなんてできないよ……?」
「おまえがそれを言うんか!!?」
思わず爆豪が全力でツッコんだ。あまりにも爆豪にとって看過できない言葉だった。おまえ、散々俺に好き好きして――そこではたと思い出す。あれ、そういやこいつに好きっていわれてねぇわ。
「いやおまえ俺のこと好きだろ……」
思わず言ってしまった。なんで自分が自意識過剰な男みたいなセリフを吐かんといかんのじゃとまた苛立ってきた。でも爆豪はどっからどう見ても絶対白雪は俺のこと好きだったと確信している。
どうなってんだと氷華を見ると――顔を真っ赤にして狼狽えている氷華がそこにいた。
「あ、う……そ、れは……」
「やっぱ俺のこと好きなんじゃねぇか!!」
真っ赤になってそれはもう好きですを隠せない顔に爆豪は秒で調子を取り戻した。みみっちいったりゃありゃしない。可哀そうになぁ氷華チャンよぉ。惚れた相手が悪かったなぁとようやく氷華のペースを崩せたことでそれはもうご機嫌だった。
「す、好きだけど……っ、付き合おうって思ってないもん」
「ああ!? おめぇの言動は完全彼女のそれだぞ!?」
「か、彼女……」
「さすがに彼女面はうぜぇ」
ひゅっと氷華が息を呑んだ。みるみる瞳に浮かんで今にもこぼれそうな涙が痛々しい。さすがの爆豪も一瞬狼狽えた。わからせてやるとは思っていたが、何も泣かす気はなかった。
けれど爆豪に今更言い過ぎたなどいえるわけもないし、むしろ俺は当たり前のことをいっただけだという自尊心もあり、舌打ちをした。
「おまえ、なまじ容姿が整ってっから他人に拒絶されたことねぇんだろ」
「うっ……」
「別におまえのことは嫌いじゃねぇ。けど付き合うとかそういう気は微塵もねぇ。精々俺がトップヒーローになるための踏み台でいろ」
これは線引きだった。氷華と関わっていると自分が自分ではなくなるような感覚が時折芽生える。それが自分が氷華に絆されてかけているからだという自覚もあった。けれど爆豪に今
「いやなんでだよ、普通あれで終わるだろ」
「何か言った?」
普通に何事もなかったかのように交流が続いている。普通に家に招かれている。
ただ氷華が作った飯を食うこともなければ、
「おまえ……見た目と中身のギャップありすぎだろ……」
「え? はじめて言われたよ」
げんなりした様子の爆豪とは裏腹に、氷華は今日もご機嫌だった。
しょうがない、氷華は雪女の血を引いているのだ。この人と決めてしまったのだからどうにもならないのだ。
そんなことを知る由もなく、爆豪は望んだはずの関係に違和感しか感じなかった。これなら前の方がよかったなんて口が裂けても言えない。
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