林間合宿二日目、始まりは小さな問題だった。ただ明日の夕飯である肉じゃがの肉を牛肉と豚肉どちらにするかという……そんな小さな問題だった。
牛肉と豚肉、誰も特にこだわりがなかったため、実に平和的に各クラスの委員長がじゃんけんでどちらかを決めて終わりのはずだった。
そう、はずだったのだ……物間が変に煽り、爆豪がそれに乗りさえしなければ。


「君は牛肉でもいいんだろ? 勝負を放棄したA組を差しおいて選んだ豚肉はきっとおいしいだろうなあぁ! A組は牛肉の肉じゃがでも食べてればいいよ」
「……ふざけんな! こっちだって豚肉だ!!」

そうして設けられた男子による腕相撲大会。それがなかなか決着がつかず、枕投げまでもつれ込もうとはこの時は誰も想像すらしていなかった。


「あの……どっちかじゃなくて、どっちも半分ずつ入れるってのはだめなのかな?」
「牛肉と豚肉入りの肉じゃがかぁ。いいかもね。……でもああなったらもう無理っしょ。完全に勝負の流れだよ。ほんとは肉なんてどっちでもいいくせにさァ」

取蔭の言うとおりである。あまりのあほらしさに取蔭はさっさと氷華と部屋に戻って寛ぐことにした。巻き込まれたくなかったのだ。賢明な判断である。






腕相撲が爆豪と鉄哲による大将戦までもつれこみ、物間が骨抜の個性をコピーしてちょっとずるをしたときのこと。


「……あっ、てめえ!」
「え? なにか?」
「今のてめえがやったんだろうが!!」
「えええ? なんのこと? 証拠もないのに犯人扱いはやめてほしいなぁ!」

高笑いする物間がそうだ! と重要なことを思い出したように口にする。


「白雪もきっと豚肉の肉じゃがが食べたいだろう! 僕たちで勝ち取ったと知ったらきっととても喜んでくれるはずだ……!! 負けるなよ、B組!!」

必殺、B組のマドンナ白雪姫作戦である。
ヒーローを志すイマドキの高校生男子は多くがマドンナに憧れているのだ。それも白雪氷華、あの・・白雪氷華である。天使や妖精という言葉をほしいままにした彼女に「ありがとう……! 素敵!」なんて笑いかけられたりしたら天にも昇る勢いであった――そう、爆豪という伏兵がいなければ。


「はっ! 知らねぇのかよ!! あいつん家は牛肉だったぞ!!」
「なんっっっで君がそんなこと知ってるのかなぁああああ!!?」

鼻で笑い、優越感たっぷりに残酷な真実を告げる爆豪はそれはもう最高に輝いていた。明確にB組にマウントをとれたことにそれはもう上機嫌だった。物間は絶叫した。ちなみに氷華は牛肉でも豚肉でもどちらでもいい。何ならもう半分こにして両方食べたらいいんじゃない? なんて言っていたことは知らない。


「俺はなぁ、あいつの飯なら死ぬほど食ってんだよ……!! 肉じゃがは牛肉……卵焼きは甘ぇ……ロールキャベツはトマト煮込み、オムライスもケチャップライス……ハンバーグはおろしつき!!」
「意味が分からない……!! 白雪の手料理だって!!? 君たち付き合ってたのか!!?」
「付き合うわけねぇだろばぁああかっ!!!」
「なおさらどんな状況だよ!!?」

物間の精神はもうおかしくなりそうだった。認めたくなかった推測が形になりつつあるというか、もう確定してるのを僕は認めないと意地を張ってみないふりをしているだけだ。
嬉々として語られる想い人の手料理事情も、付き合ってないのに手料理を食べている爆豪にももう色々パンク気味だった。他のB組の面々もそうである。認めたくないのだ、我らがマドンナがこんな悪魔のような男の魔の手に落ちるなど。しかも付き合ってないのがなおさら理解不能であった。付き合ってたら付き合ってたでそれも脳が理解することを全力で拒否るだろうが。

だがそろそろ戻らないとやばいと切島が屍のような物間を引きずって部屋をあとにする。彼らは補講が残っているのだ。去り際、なんとか声を振り絞った物間が「いいかみんな……僕が戻るまでなんとか持ちこたえてくれ……憎きA組を、爆豪をぉおお」もはや断末魔である。けれど志はこの時ばかりはB組は同じだった。結束が固いぞ、B組。




結局枕投げも個性不使用ルールもうっかり、うっかり(故意)の連続で、最終的に相澤とブラドキングに雷を落とされ、彼らは悲しくも肉抜き、明日の強化合宿内容三倍の刑に処された。死ぬ。
しみったれた空気の中、白雪手料理事件もあり、集中砲火を食らっていた爆豪を見て切島は思う。やっぱ白雪のこと気にしてんじゃん。


「爆豪さぁ、白雪と前の距離感のがいいんじゃね?」
「あ゛!? なんだって!?」
「だってそうだろ、白雪の手料理の話してるおまえ……すっげぇ楽しそうだったぜ!」

それは明確なマウントがとれて上機嫌だったからである。だがこれが奇跡的に嚙み合った。
親切心で前のが楽しそうだったからそうしろよ! と爽やかな心で告げた切島と、これからもくそうぜぇ物真似野郎共に優位に立てる、とみみっちく計算した爆豪が上手く嚙み合ってしまった。
悪くない、と爆豪は思う。そうだ、そうなのだ。氷華との時間は有意義だ。彼女面されるのはそれはむかつくがそれ以上に隠せてねぇ好意を遠くからちらちらちらちらと向けられる方が苛ついてしょうがない。どんだけ彼女面されようとも自分は落ちる気はないし、誤解されて困るような相手もいない、むしろ誤解されることで今回みたいに優位に立てることもある。爆豪は秒で決意した。


「仕方ねぇからそうしてやるか」

爆豪は言わない、神野事件を経て意識不明の重体だった氷華と再会して心なしかほっとしたことも。
晴れて彼女面公認の末、以前のように好き好きしてくる氷華にやっぱこれだわと思ったことも。絶対、言わない。

 


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