雪女伝説に近づけとエンデヴァーに言われてからというものの、氷華はとりあえず雪女について調べることにした。
どの伝承も大体似たり寄ったりで、共通点としては冷たい身体に人間とは思えないほど整った容姿、吹雪の中現れて人を殺してしまうというもの。物騒である。
嘘をついたり、頼みごとを断ったりしても殺すらしい。殺しすぎである。これはヴィランの所業では。でもさすがのエンデヴァーも敵になれなどいうはずもない。雪女伝説とやらの真意を探るのは難航していた。

けれど時間は待ってはくれない、インターン中はもう自身も仮免をとった立派なセミプロである。コスチュームを着て街を歩けばヒーローなのだ。事件解決数史上最多を誇るエンデヴァーの元でのインターンはそれはもう目まぐるしく、一日に100件も事件が舞い込み、氷華はついていくので精一杯だった。






「ばくごうくん……ばくごうくん、おねがいぎゅってして……」
「いや死体かよ」

氷華はインターンと授業の補講、爆豪も仮免補講と謹慎期間もあったことですれ違いの日々が続き、結果会えたのは二週間ぶりだった。あまりの衰弱っぷりにさすがの爆豪も怒鳴り声がでなかった。
仮免補講から帰ったところと、氷華がインターンから帰ったのがたまたま合致した邂逅である。当然近くにいた轟も氷華のただならぬ様子に心配げな視線を向けた。


「白雪……親父のとこにインターンいってるんだよな。あいつもしかしておまえのこといじめてんのか?」
「ひぇ……」

瞳孔がかっぴらいていた。地獄の轟くん家の事情を知らない氷華はちょいちょいおかしくなる轟に若干の恐怖を抱いていた。
その怯えをエンデヴァーが氷華をいじめていることからくる恐怖だと早合点した轟は「あの野郎……!!」と憎しみの声を上げ、スマホを取り出していた。


「あほ! おめぇが怖ぇんだわ!!」
「……え」

スパーンとすかさず爆豪が轟の怒りの連絡を阻止した。轟、ものすごくぽかーんとしているがお前である。氷華も必死にこくこくと首を小さく動かしている。轟はショックを受けた。俺が……怖い。親父じゃなくて、俺が……。もうカオスである。


「轟くんあの、心配してくれてありがとう。エンデヴァーはえっと、スパルタだけどいい人だよ。アドバイスもしてくれて私前より強くなれたの」
「親父が……そうか……いじめられてねぇならいいんだ。なんかあったら言ってくれ、いつでも力になるから」
「ありがとう……でもたぶん大丈夫だよ」

何か闇に触れている気分である。間違いない。けれど実際エンデヴァーはスパルタながらいい指導者だった。
グレイズが褒めて伸ばすならエンデヴァーはひたすら課題とそれに対する解決法を教えてくれる。おかげでまだ暑さが残るなかでも氷華はなかなかのスピードと威力が出せるようになった。最大火力を点で放出するのだと教えてくれたエンデヴァーには感謝でいっぱいだ。


「これ、俺の連絡先。……交換してて損はないだろ」
「あ……うん、ありがとう」

心配性である。エンデヴァーなんでこんなに信用がないんだろう、厳しいけどいい人なのにと氷華は思う。氷華が地獄の轟家事情を知るのは冬になることをこの時はまだ知らなかった。
交換が済むとそれじゃと轟は寮に帰っていく。一連のやり取りをひたすら微妙な顔で見守っていた爆豪は意外といいやつである。


「エンデヴァー……お家じゃものすごく厳しいのかな」
「……さぁな」

爆豪はとっくに地獄の轟家事情を知っていたが知らないふりをした。これで気遣いのできる男なのである。
ようやく二人っきりになり、そこでようやく氷華は当初の目的を果たさんと動いた。ぴょこぴょこと爆豪の目の前まで歩いてきて、両手を差し出し小首を傾げる。所謂ハグのおねだりである。


「ぎゅってして……?」
「おまえなぁ……俺ら付き合ってねぇんぞ」
「ぎゅうしたい……」

これは梃子でも動かないと確信する。だが最近爆豪もハグ自体に抵抗を感じなくなってきているのも事実である。あまりに氷華が抱き着いてくるものだから慣れてきた。もういつもみたく勝手にすりゃいいだろうと思うが、それを言ったら色々まずいのはわかっているのだ。頭の片隅でグレイズがほら見たことかと言わんばかりの顔をしてこっちを見ている、爆破した。


「ほら、これで我慢しろ」
「はわぁ〜!」
「インターン行くって決めたの自分だろ、なら最後まで気張れや」

仕方なしに爆豪は頭を撫でてやった。ハグこそしてやらなかったが氷華はそれはそれはご満悦だった。爆豪から行動してもらうことに意味があるのだ。ふにゃふにゃの表情で「がんばる〜!」なんて返ってきたら、爆豪も氷華の素直さに機嫌をよくした。何だかんだ上手くいっているのだ。そう、なんだかんだ。

 


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