慈しまれた子
エンデヴァーとの話を終え、そのまま学校に送ってもらうため先に車に乗り込む。氷華は爆豪たちを待っている間、先ほどの話を考えていた。何度思い返してもあまりに未知の世界で現実味がない。けれど轟の数々の反応や先ほどの夏雄の反応からみるに疑いようなく実際に起きたことなのだ。
氷華はずっと大切に育てられ、グレイズが過保護なところもある上、氷華自身が全てを持って生まれた存在だ。こういった闇に触れる機会が極端に少なかったため、氷華はとても繊細だった。
爆豪たちが戻ってくるが、どこかぼんやりと沈んだような氷華の様子に爆豪は秒で察した。ほんとセンシティブなところ見せてんじゃねェ。
「ごちそうさまでした!」
「四川麻婆のレシピ教えろや」
「うん!」
「あ、私もロールキャベツのレシピを……とても美味しかったです」
「うんうん! もちろん!」
「俺のラインに送ってもらうよ」
「学校のお話聞くつもりだったのにごめんなさいね」
さっさと車に乗り込んだ爆豪が当たり前のように氷華の隣に座る。手を繋ぎたがりもしない、寄りかかっても来ない氷華に重症じゃねェかどうしてくれンだエンデヴァーと呪った。消去法からして轟家の事情を話したのはエンデヴァーである。
車内ではもう学校が始まるためインターンの日程についての話し合いが行われる。前に氷華がインターンを行ったときと同じ日程だ。これがなかなかハードである。爆豪と轟は以前仮免補講の帰りに出くわした屍の氷華に合点がいった。それでも皆当然やらないという選択肢はなかったし、そのように進めていたところ突然道路の真ん中に人が現れた。
――エンディング、七年前に現行犯で取り押さえた男。そいつが夏雄を縛り上げていた。
白線が車を覆って身動きがとれない、爆豪が窓を爆破して出口を作る。ヒーロー活動の時間である。運転手をしてくれた車田が忘れ物だぞ! とコスチュームを飛ばしてくれた。それを受け取った緑谷がみんなに渡していく。
「夏雄兄さん!!」
「インターン生……俺の死を仕切り直すぞ
その瞬間エンディングが体勢を崩す。その隙をエンデヴァーは逃さなかった。行けるはずだった、けれど……行けなかった。夏雄の目を見た瞬間エンデヴァーは止まってしまった。
でもヒーローは一人じゃない。エンデヴァーが行けなくても止まってしまっても、緑谷たちは止まらなかった。
エンデヴァーが教えてくれたそれらを今ここで、最高の形で完成させたのだ。夏雄は無事だった。緑谷たちの活躍で彼は救われた。
助けた夏雄ごとエンデヴァーに抱きしめられた爆豪は加齢臭に苦しみながら拘束から素早く抜けた。
「白線野郎は!?」
「確保完了」
「違う……! おまえたち……じゃ……っない……! ダメだ……ダメだぁあ〜〜」
「口も塞いじゃえ。えいっ」
氷華が容赦なくエンディングの口をパキィっと凍らせる。まったくよくしゃべる
「クソデク
「知らない!
「うるせー!」
「何で!?」
「何だっけなァNO.1!! 「この冬」!? 「一回でも」!? 「俺より速く」!? 敵を退治してみせろ!?」
「ああ……!! 見事だった……!!」
意気揚々と煽ってくる爆豪に対し、エンデヴァーの返答はとても素直なものだった。
夏雄を抱きしめるその姿はどこからどうみても子供を心配する父親そのものである。その光景を氷華はじっと見ていた。
エンデヴァーは胸の内を告白していく、許さなくていい、償いたいんだというエンデヴァーと受け入れられない夏雄。氷華も燈矢にしてしまった仕打ちはエンデヴァーから聞いていた。エンデヴァーは後悔していた。全部が全部丸く収まるには色々なことがありすぎてしまった。傷も深い。けれどこの家族が少しでも幸せであれたらいいと氷華は願った。
なにやら必死になにかを叫んでいるエンディングに水を差すんじゃないと思った氷華は容赦なく拘束をきつくした。とても冷たいだろうが叫ぶ元気があるなら問題ないだろう。
「ちょっと黙って」
「ん゛っ……」
その瞬間を目撃した緑谷はやっぱりどんどんかっちゃんに似てきてるなと冷や汗をかいた。氷華の口から罵詈雑言が飛んでくるのだけは阻止したいところである。
「ありがとうえっと……ヒーロー名……」
「ああ?」
「バクゴーだよね」
「……違ぇ」
「え!? 決めたの!? 教えて!」
「言わねーよてめーにはぜってー教えねぇくたばれ!」
「俺はいいか?」
「だめだてめーもくたばれ先に教える奴いんだよ!」
氷華はヒーロー名こそ知らなかったが、先に教えたい人がいるのはしっていたので珍しく大人しくしていた。爆豪の交友関係で教えたい人が恋敵などではないのも理解していたので、ここは理解を示したのである。誰だかわからないが爆豪にとってこういうヒーローになると示したい人なのかもしれない。まぁちゃっかり二番目は取り付けているあたり抜け目はないのだが。
「おめェらはとっとと帰れ。俺一人でじゅーぶんだ」
「そうか。白雪、またな」
「(かっちゃんが自主的に送っていくなんて……!)白雪さんまた……!」
「うん、またねー」
エンデヴァーに学校まで送ってもらって、もう遅いからと氷華を寮まで送り届けようとしたとき、爆豪が緑谷と轟を帰らせた。いつもなら送ってくれるの? デートできてうれしい! と抱き着いてくるはずの氷華の大人しさにやっぱ重症じゃねェかと頭を抱えたくなった。
「おめェなんか抱えてんだろ。話せ」
「…んーなにかなぁ、なんかあったかなぁ」
「誤魔化すんじゃねェ。エンデヴァーから話聞いたんだろ。繊細過ぎるおめェが消化できるわけねェ」
氷華の足が止まる、合わせて爆豪もとまった。俯いた氷華の表情は月に照らされていたこともあって恐ろしく儚さを感じさせた。こういうとき爆豪は思う。やっぱこいつ浮世離れしてんなと。グレイズがグレイズなだけにそれに育てられた娘がこうなるのは予定調和だった。グレイズが自分に娘を託そうとするのもわからなくはない。浮世離れした繊細なこいつの手綱を握れるのは自分くらいだろう、とこの頃になると爆豪もちゃんと理解していた。
「あのね、私の両親もね……個性婚だったんだよ」
「そーだな」
「(聞いてるんだ……)でもね、私の記憶にある両親はお互い愛し合ってた。お母様が亡くなったとき、お父様がどんなに悲しんだか……今でも忘れられない」
「ん」
「私も……望まれた個性をもって生まれてきたけれど、苛烈な教育なんて受けてこなかった。いつも両親は優しかったし、甘やかされて育ってきたと思う」
「ほんっっっとにそうだなァ」
爆豪はそれはもう全面的に同意した。こんなわがまま娘なかなかいねェぞ。母親はどんなだったか知らねェがグレイズの氷華への甘やかしっぷりは物申すところばかりだ。まぁ最愛の妻の忘れ形見に氷華自身が理想の娘像そのままであるから致し方ないところもあるのかもしれない。
「だからちょっとショックで……同じ個性婚の家庭なのにこんなに違うんだなって……」
「ちょっとじゃねェかなりショックの間違いだろ」
「うっ……うん」
「そりゃまァ違うだろ。俺の家は暴力ありきのしつけだったし、でもそれでも仲は悪くねェ。轟ん家は苛烈だった、おまえん家は過保護だった、育った環境が全く違うんだ。だからおめェがたとえ轟たちの気持ちを理解できなくても誰も責めねェよ」
氷華ははっとする、爆豪は気づいていた氷華のもやもやに。氷華は愛され慈しまれて育てられた故に轟家の感情を理解しきれないのだ。どうしてそうなったのかも、何がそうさせたのかも氷華の知らない感情故に理解しきれていなかった。辛いことが各々起きたことだけが理解できる。だけど夏雄や轟の向けるエンデヴァーへの激情が、追い詰め追い込まれてしまったエンデヴァーの悔恨が飲み込めない。それ故に長く置いてけぼりを食らったような、理解できない自分がおかしいのだろうかと不安に苛まれていた。
「お母様ね、エンデヴァーの個性婚の候補にいたんだって。お母様が氷系の個性を求めてたからすぐなくなった話だったみたいだけど……私がもしかしたら轟くんで、轟くんが私だったのかなって」
「それこそありえねェ話だろ。おまえはグレイズと雪女のかーちゃんの子どもだから生まれてんだ。おまえが轟になることも、轟がおまえになることもねェ。ぶっ飛んだこと考えてんな、バカが」
さすがの爆豪も氷華の母親がエンデヴァーの個性婚候補だったのには驚いたが、あまりにありえなさすぎる話を一蹴した。あまりにありえないのだ。轟家に氷華が生まれることも、轟がグレイズの子になることも。母親だけでなくグレイズ自身も個性婚を望んでいたし、轟の母親が氷の個性だったというのもそのバカげたたらればを連想させたのであろうが、仮に轟と氷華の両親がそういうめぐり合わせをしていても、生まれるのは今ここにいる氷華や轟たちではないのは明白だった。
自信をもってあまりにありえないと一蹴してくれた爆豪に氷華もやっと安心する。そうやって否定してほしかったのだ。ようやく安心を得た氷華の表情は澄んだものだった。
「ありがとう、爆豪くん」
「しみったれた顔してんな。おめェはいつもみたいに締りのねぇ顔してろ」
「……うんっ」
さっさと帰っぞと歩き出した爆豪に氷華は今度こそ抱き着いて勝手に腕を組んだ。爆豪は振り払わなかった。この距離感を自分でもそういうものだと認識してしまっている。氷華が隣にいないとなんだか落ち着かない。擦り込みのたまものである。自分も毒されてきた。けれどもう少し、もう少しの間はこの気持ちは言わないでおこうと思った。まだ今じゃなくてもいいはずだから。
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