置いていけないもの
掃討作戦から一日、氷華は目を覚ました。
「……ここは……」
「氷華……!! よかった目を覚ました……! 先生呼んでくる!」
付き添っていたらしい取蔭が慌ただしくかけていく。隣にいた拳藤が「あんた一日中寝てたんだよ。覚えてる?」と聞く。それで氷華は思い出す。掃討作戦、大型敵、グレイズ、爆豪……連合。
「グレイズと爆豪くん……先輩たちは……?」
「……グレイズはもう起きて復帰してるよ。さすがプロだよね。波動先輩たちも怪我は酷いけど無事だよ。爆豪は――」
途端に言いよどむ拳藤に氷華は嫌な予感がする。確かに爆豪は一番ひどい怪我をしていたし、その上最後まで動いていた。まさかと泣きそうな顔をする氷華に落ち着いて、と拳藤は続ける。
「一番ひどい傷だったけど、大丈夫。あとは目が覚めるのを待つだけだよ。まだ意識戻ってないんだ」
「そう……よかった」
安堵する氷華に拳藤が「よかった?」と厳しい声で続けた。
「よくないよ……氷華おまえ……何考えてるんだよ。希乃子と骨抜に聞いたら飛び出したっていうし、その上後衛部隊に一向に戻ってこないし……! そしたらおまえはあの大型敵についてったってあとからわかるし……こんな、こんなボロボロになって……!!」
「い、一佳ちゃん……」
「少しは私たちのことも考えろよ……! どんだけ心配したと思ってんのさ……!!」
バカ氷華! と抱き着いてくる拳藤に氷華は何も言えなかった。心配をかけた。きっと骨抜たちも心配している。自分がこんなになって帰ってきて、もしかしたら行かせてしまったことを後悔しているかもしれなかった。
けれど氷華は行ったことを後悔していなかった。結果論でしかないが、氷華が行ったことで為し得たことがあるのだ。山荘のみんなが麻酔の投与に成功したように、繋いだそれは決して無駄ではなかったと氷華は胸を張って言えるのだから。
「もうこんなのはごめんだよ、でももう氷華はばっちり影響受けちゃってるから聞かないだろうし……
「一佳ちゃん……うん、約束する」
「絶対だかんね」
指切りげんまんを拳藤とする。次は上手くやろう。誰も悲しませないように、笑って助けられるヒーローになるために。
ちょうど取蔭が医者をつれてきてくれ、氷華の容態を確認する。さすが最先端の治療を受けられる病院とだけあって、回復が早かった。肋骨が折れて肺に刺さっていたため、もう少し安静にする必要があるが、概ね良好だった。
意識が戻って改めて掃討作戦のことを振り返ってみると我ながら無茶をしたなと氷華も反省した。
意識を取り戻したとの一報を得たB組がかわるがわる見舞いに訪れて、時に心配し、涙し、喜び、怒りと実に様々な反応を見せてくれた。一番堪えたのはやはり小森と骨抜だった。二人は飛び出していく氷華を目の前で見ていたこともあり、後悔もひとしおだった。けれど最終的には無事でよかったという話で終わった。あまりにこの作戦で人が亡くなりすぎたのだ。
一番親しい人でいうとミッドナイト先生だろう。彼女の死は氷華の心にも暗い影を落とした。
残った気がかりは爆豪のことである。グレイズからはすでに連絡がきていた。事後処理と荒れる街の対応に追われ忙しくしているらしいが、とりあえず元気そうだった。コスチュームを脱いだ氷華はただの娘である。父親らしくしっかり療養しなさいと心配していた。
爆豪はまだ目を覚まさない。こっそり病室を抜け出して爆豪の病室まで足を運んだが、そこにいたのは静かに眠る爆豪だった。
爆豪の意識が戻ったのは更に次の日だった。ずいぶん大きな怒鳴り声でその覚醒をしる。
どういうわけか緑谷の病室に向かって怒鳴りながら蛙吹たちによって病室に運ばれていた。すごい光景だった。
「! ……白雪」
「爆豪くん……」
「ちっ降ろせ、こいつに話あんだよ」
「なら病室で話そうぜ、おまえ安静にしてなきゃだめなんだから」
「あ!? よゆーだわ医者が大げさすぎんだよおお!」
今にも暴れだしそうな爆豪に慌てて氷華が駆けより「病室行こう……」と声をかける。氷華両腕に巻かれた包帯を一瞥すると爆豪が「せめて降ろせ、自分で歩く」と言って比較的落ち着いたようなその様子に蛙吹たちが顔を見合わせ、解放した。
爆豪の病室についても二人はしばらく無言だった。
あまりに極限状態で現実にちゃんと意識がもどってきていなかったのだ。まさに死線を潜り抜けた。どちらが死んでもおかしくなかったし、どちらも五体満足に生きているのが奇跡のようだった。
「おまえ、怪我どうなっとんだ」
「ん……見た目ほどひどくはないよ。ちょっと安静にしてれば治る傷だから」
「そんなん俺も同じだろ。……肺に刺さっとったんだろうが」
「死ななきゃ安いよ。そうでしょ……爆豪くん」
プロヒーローみたいなこと言いやがる、と爆豪はごちた。正直氷華がマキアを追ってくるとは意外だった。こいつはきっと救助を優先させて動くだろうと思っていたのだ。まさか対敵に入るとは思わなかった。
それが自分の影響だろうとも聡い爆豪はわかっていたし、氷華の氷雪は確かに戦闘向きで、本人の戦闘技術も高かった。氷華が為したことで助かったのもちゃんと理解していた。
けれどこの氷華よりいつもの氷華がいいと思う。日常に戻りきったとは言えない被害の上、日本は今地獄だ。楽観的であれないのもわかるが、それでも自分の前でくらいいつもみたいにふわふわしていてほしいと思う。
「
「え……あ、うん……そう、だね」
「そういう意味だ」
「え……」
氷華の長い白い髪を撫でる。緩やかにくるりとしてふわふわしたそれはなんとも氷華らしかった。いまいち理解してない様子の氷華に爆豪は重ねる。
「他の誰にも触らせんな。おまえは俺ンだ」
ここまで言ったらわかるだろ、と真剣な眼差しで爆豪が言う。ようやく理解して真っ赤になる氷華に満足げな顔をすると、更に続けた。
「でも今はもうちょい待ってろ、ちゃんと関係も形にすんには……俺が置いてけねぇもんがある。だから待ってろ」
「……うん、わかった。待ってる」
爆豪が置いていけないものがなんなのかはわからなかったが、それは爆豪にとってとても大事なことなのだと理解した氷華は素直に頷いた。爆豪は約束を守る男である。何の不安もなかった。ただ爆豪が言っているその置いていけないものが、ちゃんと爆豪の中で消化できたらいいと思った。いくらでも待てる。だって雪女なのだから。気持ちだけは先に送ってくれた。もう氷華は怖いものなしである。だってもう氷華たちは両想いだとわかっているのだから。
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