ホワイト・ラブ
3月14日、ホワイトデーである。
この日の氷華は朝から上機嫌であった。爆豪からバレンタインのお返しをくれるとラインがあったのだ。大好きな人が本命チョコのお返しをくれるということに氷華は舞い上がっていた。何をくれるんだろうか、またデートができるだろうかとそれはそわそわうきうきるんるんしていた。
氷華の浮かれっぷりに取蔭が「今日も絶好調に氷華はかわいいなー」とうっとりする。氷華のB組公然の秘密の恋心もあり、バレンタインにもらったB組男子への義理チョコに対するお返しは夜に回すことになっている。爆豪とのホワイトデーで頭がいっぱいになっている氷華に渡してもぼんやりとしているだろうから。
ホワイトデーだし、珍しくインターンも休みだし、ということで取蔭がノリノリで氷華の顔にメイクを施していく。中学時代ギャルだった手腕がいかんなく発揮されるときである。かわいいもの好きの小森が氷華の服を選んでいる。未だ爆豪との仲をよく思っておらず、どうにかできないかと策を講じていた物間は拳藤が抑えてくれている。見事な協力体制であった。
「よし!! でーきた。今日も宇宙一可愛いよ〜! 氷華〜〜!」
「まさに雪の妖精! 完璧ノコ!」
「切奈ちゃん、希乃子ちゃん、ありがとうっ」
ぎゅっと抱き着いてきた取蔭とハグをする。世界で一番大好きな人に会いに行くのに、とびっきりのお洒落をする。お洒落は魔法だ。大好きな人に可愛いと思ってもらう魔法なのだ。「いってきます」と口にした氷華に「いってらっしゃい」と二人は返してくれた。そうして氷華は爆豪との待ち合わせ場所へ踊るように足を滑らせた。
「爆豪くーん!」
現れた氷華に爆豪は一瞬目を見張る。ぴょこぴょこ駆けてくる様子も、いつもよりキラキラした顔面も、よく似合っているひらひらした服も、全部かわいいと思ってしまった。それにむず痒いものを感じて平常心を装う。気づいた風もなく氷華は無邪気に「おまたせっ」とふわふわ笑った。
「待ってねぇ。時間より早いだろ」
「えへへ、爆豪くんにはやく会いたくてきちゃった。迷惑だった……?」
「別に……迷惑じゃねぇ」
「よかった!」
小首を傾げて迷惑だった? と不安そうに聞いてくる氷華に迷惑なわけあるかクソが可愛いなと馬鹿正直に口にしなかった自分を爆豪は褒めたたえた。なんなんだ……今日はいつにも増して氷華が輝いている。爆豪は見事魔法にかかっていた。言わずもがな恋とお洒落の魔法である。
爆豪は当初、ホワイトデーの贈り物をして早々に解散する予定だった。いくら学校とインターンが休みの日が重なったとはいえ、寮生活である。外出するのも届け出がいるためそこまですんのもなと思ったのだ。けれど明らかに期待して来たであろう氷華の姿を見て気が変わった。
「外出届出すぞ」
「! デート?」
「……勝手に解釈してろ」
デートだ! とにこにこして腕に抱き着いてくる氷華に爆豪の表情も心なしか柔らかくなる。ちょっとの面倒くらいこの顔を見られるなら悪くないと思えてしまうのだから、やはり魔法にかかっていた。
けれど連合のこともあって寮制度が導入されただけはあり、遠出はできなかった。近場のレトロな喫茶店でとりあえずお茶をすることにした。その後近くの店を周る予定だ。それでも立派なデートである。この間のインターン中でのデートと違い、緑谷たちがついてくることもない。安心安全な二人っきりのデートであった。
お昼が近いということもあってここで昼食をとることにする。氷華はとろっとした卵の黄金色が眩しいオムライスを、爆豪はスパイシーなビーフカレーを頼んでいた。ふと氷華はテーブルの上に置いてある丸い機械に目を向けた。
「あれ? これなにかな?」
「あ? 御籤だろ」
「おみくじ?」
「知らねェんか。貸せ、おまえの星座これだろ」
そういって爆豪が氷華の星座が描かれたところの上にある硬貨投入口に百円玉を入れる。そして「このレバー横にしろ」と氷華にレバーを横にさせ、くじを引かせる。ぐるぐると玉が回りだしたそれに氷華が感嘆の声を上げた。そうして玉が止まると中から紙がでてきた。
「これがおみくじ?」
「ん。なんだった」
「えーっとね、あ! 大吉! 大吉だよ!」
ふわふわした表情で嬉しそうにする氷華に爆豪も「よかったな」と答える。内容を読み進めていた氷華が途端にかたまり、真っ赤になったのを爆豪は訝し気に見る。
「どうした」
「……あ、えっと、その……」
「……貸せ」
「あ……!」
言い淀んで視線を逸らす氷華に痺れを切らし、爆豪がみくじを没収する。そうしてあわあわしている氷華を前にみくじを読み進んだ。そして爆豪も思わず固まった。
「これこそが運命、愛情を告げ結婚すべし」その一文に見事撃沈されたのだ。普段から愛情表現豊かな氷華である、運命だなんだと言われるだけなら喜んで見せてきただろうが、結婚を意識するには早い年齢だったのだ。まだ結婚できる年齢に達していない。いやそうじゃない。具体的な未来のビジョンにお互い固まってしまった。
爆豪は想像できてしまった。氷華と結婚して家庭を築く自分が。そりゃまぁこの女からは逃げられないとは思っていたが……逃げる気をなくしてしまったので。氷華だって自分以外の誰かに目を向けることはないだろうと断言できてしまう。けれどそういうことじゃないのだ、爆豪も深層心理でそれを将来的に形にすることを望んでいることに聡い彼は気づいてしまった。
バレンタインと違って邪魔者はいない。今こそ告げるべきかと思う。真っ赤になった氷華が無性に可愛く思えてこいつを自分の彼女にするということを意識してしまう。けれどその時、近くのテーブルにいたカップルが同じく御籤を引いていた。何やらよくない結果のようだったが、それでも「小さい頃からずっと一緒でそれでも君しか見てこなかった。僕は君がいい」などとくさい台詞を吐いている。大方幼馴染のカップルなんだろう。そこで爆豪の脳裏に自身の幼馴染、緑谷の姿が過った。その瞬間、このままじゃやっぱダメだろ、と爆豪は思った。
このまま恋人になるのはなしだ。大事な女なら……ちゃんとしねぇと。
「これやる」
「え……」
「先月もらったろ」
「あ、うん! ありがとう……! あけてもいい?」
「ん」
そうして中から出したのは花を象った可愛い髪留めとバニラのマカロンの詰め合わせだった。
間違いなくセンスの塊、爆豪の選んだものだった。それに氷華は胸がいっぱいになる。
「ありがとう……! すごくうれしい、大事にするね」
「……マカロンははよ食え」
「うんっ」
幸せそうに微笑む氷華に爆豪はほっとする。氷華は気づいていないだろう。ホワイトデーにマカロンを選ぶその意味を。ただ氷華が好きだからだけじゃないその意味に、まだ気づくなと思う。ちゃんと自分がけじめをつけるまで今は少し待ってろ。そうしたら今度こそおまえが好きだと言おうと爆豪は心に決めた。
ホワイト・ラブ。二人の関係が変わるのは一ヶ月とちょっと先のことであった。
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