その日はグレイズが顔を出す日だった。朝からバタバタと忙しなく色々準備をする氷華を爆豪は眺めていた。
グレイズの好物だという冬瓜の汁物に冷やした出汁トマト、冷しゃぶに冷製パスタと次々品数が増えていく。じっと見ていた爆豪に何を思ったのか「辛いのもちゃんと用意するから待っててね」という氷華に「おー」と返事をする。仕方ない胃袋を完全に掴まれてしまっているのだ。氷華の作る飯の前では爆豪も素直にならざるを得なかった。

そうしてグレイズが来客すると氷華はパタパタと出迎えに走っていった。一応顔見せに来いと言った張本人である手前、爆豪も一緒に顔を出す。揃って出迎える様子にグレイズが薄く微笑んだ。


「仲がよさそうでなによりだ」
「あ゛!? 別によかねェわ」
「勝己くん厳しいところもあるけど優しいところもあるんです。すごく良くしてもらってます」
「おめーはちっと黙ってろ」
「えっ、なんで……?」
「なんでもだ!」

相変わらず大好きですオーラ全開の氷華に父親の前でそれはやめろという気持ちだった。気まずいったらありゃしない。肝心のグレイズは「そうか、よかったな」と微笑ましいものを見ているかのような様子に爆豪は頭を抱えたくなる。アンタ筋金入りの親ばかだったろ、俺は虫扱いしないンか。いや俺は虫じゃねェしそこらの有象無象とは違うがそれとこれとは別だと爆豪の胸中は大変複雑だった。
こうして父親公認の娘の旦那扱いされるのは正直ごめんである。


「まァとりあえず中に入れや。こいつが色々用意してる」
「ああ、お邪魔しよう」

その間氷華は爆豪に言われた通り黙っていた。あまりに氷華が黙っているので爆豪が訝しんだほどだった。誰もここまで一言もしゃべるなとまではいってねぇ。余計なことだけいうなってことである。素直にもほどがある。







「サポートアイテムが一つとれているな。コントロールできたのか」
「勝己くんがやれるって言ってくれて、やってみたらコントロールできたんです」
「あ? やれるからやらせただけだよ。なんも特別なことしてねェ」
「でも勝己くんがご褒美くれるっていったからがんばれ――」
「おまえそういうとこだぞ。そういうのは言わなくていいンだよ余計だわ……!」

飯を食っている最中でなければ口を塞いでやったところである。育ちのいい爆豪は行儀の悪いことはしないのだ。怒鳴りはするが。グレイズがまたしても微笑ましいものを見る目で見てくるから居心地が悪いこと悪いこと。期待してもらってるところわりぃが問題解決すれば離婚する予定である。


「変わったことはないか? 身体に不調はあるのか?」
「特に変わったことは……あ、でも少し寒いのが平気になりました」
「それはよかった。その調子で励みなさい」
「はい。頑張ります」

爆豪の耳がぴくっと動く。始終氷華が敬語なのだ。血のつながった実の父親だというのに他人行儀なものである。グレイズにしても元来口下手というのはあるだろうが、それにしても事務的な会話になりがちである。励みなさいってなんだ励みなさいって、もっとなんかあんだろと爆豪は口元まで出かかっていた。


「少し食べない間にまた腕を上げた。おまえは料理がうまい」
「そんな……! お父様がいつか巡り合う運命のためにとおっしゃって下さったからです」
「まだあの時お前は3つだったな。よく覚えている。その成果がこれか……よく頑張ったな」
「(そんな前から仕込んでんのかよ。そりゃこの腕なわけだわ)」
「ふふ、勝己くんもお料理だけは褒めてくれるんです」
「ああ、その調子で胃袋を掴んでおきなさい。そうすれば逃げようとも逃げられなくなる」

そこで爆豪が限界を迎えた。好き勝手言いやがってというのとこの親子のいびつな会話に耐えられなくなったのである。


「ってかよ。あんたら実の親子だってのに敬語なんかよ」
「え……」
「……」

思わず爆豪は口を挟んでしまった。確かに氷華は超のつくお嬢様であるし、同じくお嬢様である同級生八百万も両親はお父様、お母様呼びで敬語で話している。だが氷華たちのこれは接する時間が極端に短すぎた結果のように感じたのだ。


「別にこれがいいってんならいいけどよ。そうじゃねェならもうちょっと踏み込めよ」

これは正直氷華のために言っていた。忙しくしている父親と接する機会が極端に少なかった氷華は、父親の手を煩わせまいという言動が染み付いている。
運命を逃すかもしれないという危機がグレイズを頼った唯一で、爆豪がとりあえずの間逃げる予定がないと理解するとそれもなくなった。
爆豪に対する氷華の姿勢からして、根は構ってほしがりで寂しがりなのが伺えた。それが父親にも向いていないとは思えないのだ。煩わせてはならないという自制心が氷華の中にあるのだとにらんでいた。


「踏み込む……」
「難しいことじゃねぇ。俺にするように父親に甘えればいいだろ」
「えっ!? お父様は運命じゃ――」
「ばっかそうじゃねェ。運命として扱えって意味じゃねーわ! もっとわがまま言えって言ってンだよ」
「わがまま……」
「俺に言えんだから実の父親にだって言えンだろ。アンタだって目に入れても痛くない可愛い娘のわがままの1つや2つ、聞けるよな」
「それはそうだ。だが氷華が私に甘えることを望むか……」
「なんでアンタもそういうとこ余計なんだよ!? 返事はイエスだけでいいンだわ!!」

まさか爆豪が誰かにコミュニケーションを伝授する日がくるとは思わなかった。それほどまでに不器用なこの親子は見ていられないものがあった。
もじっとする氷華の背を押してほら、と促す。言っていいのか迷っている様子に爆豪が「言わなきゃなんも伝わんねぇぞ」とダメ押しした。それに意を決した氷華が口を開いた。


「私……もっとお父様とこうして一緒にご飯を食べたいです……」
「氷華……」
「忙しいのもわかってます! 私の為だってこともちゃんと……! だからそのごめんなさいやっぱり私――」
「ああ。私もおまえとこうして食卓を囲みたいと思う」
「お……父様……」
「こうしておまえとちゃんと話がしたい。顔を見て安心したいと思う。私は……おまえに辛い思いをさせてしまっていた」
「いえそんな! 私こそ――」
「いやそこはもういいだろ。いいんじゃねーの。これから顔つき合わせば。この先こいつ長生きするンだしよ」

グレイズの脳裏に「俺があいつをぜってぇ生かしてやる……!!」と電話口で宣言した爆豪の声が過った。
ボロボロと涙をこぼす氷華にぎょっとした爆豪が慌てて涙を拭ってやっているのを見て、やはり爆豪が運命で間違いなかったと思う。氷華の幾重にも押し殺されていた気持ちをこじ開けてくれた。グレイズの口下手をカバーしてくれた。本当によくできた男であった。


「爆豪勝己」
「あ゛!? んだよ今忙しンだわ!! こいつの涙腺どうなってやがる泣き止まねェ!!」
「おまえが氷華の夫でよかった」
「話聞いてたか!? てか期限付きな!! こいつが普通の生活送れるようになったらそっこー離婚だわ!!」

一向に泣き止まない氷華に四苦八苦する爆豪を横目に、放置するという選択肢をとらない時点で、おまえの負けだとグレイズは小さく笑った。
これを契機にグレイズはちょこちょこ顔を出しに来ては爆豪を「勝己」と呼び、すっかり息子扱いをするようになったという。もちろんその度に爆豪の「うっせ息子扱いすんなクソッ!!」という罵声が飛んできたが、それもまたご愛敬であった。

 


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