はじめてのキスは涙の味
「――ん! ――くん!! 勝己くん起きて!!!」
「あ゛? ンだ朝っぱらから……うっせぇ寝かせろ……」
「寝てる場合じゃないよ勝己くん!! 私すっごく怒ってるんだから!!」
「あ゛ー? 意味わかんねェ……後で聞いてやる……」
「……勝己くんっ浮気しといてそれはないでしょー!! もお怒ったンだからぁああ!!」
「うおっ!? ばか氷華!! ここでぶっ放すんじゃねええええ!!! つか浮気ってなんだ浮気ってええええ!!!」
つい最近2つ目のサポートアイテムなしでの状態が安定し、今は3つ目を外してコントロールを試みていた氷華の氷雪が炸裂する。まともに食らって押し出された爆豪は朝一番で起こされた苛立ちとよくわからず個性を故意にぶっ放された不可解さと氷華が言った「浮気」というまったくもって身に覚えのない嫌疑に何が何だかわからなかった。わからなかったが部屋は当然めちゃくちゃだし、寒いし、職員寮で起きたことである。当然なんだなんだと教師たちは押し寄せてくるわ、肝心の氷華は泣いて怒ってるわで説明にならない。爆豪に聞かれてもこっちも何が何だかわかっていないのだ。もうカオスもいいところだった。
「――で、だ。13号が聞いたところによると、お前が浮気したと騒いでいるようだが……それは事実か?」
「はぁ!!? ンなわけねェだろ。俺とあいつはあいつの問題が片付いたら終わる関係だけどよ、俺があいつのキーマンってのわかっててそういうことはしねェ」
「……ああ、俺もそのことに関してはお前を信頼している。となると彼女の勘違いだろうが……何か心当たりはないか。13号も頑張ってくれているが正直話にならない」
爆豪はボロボロ泣きながら爆豪を詰る氷華を思い出す。その上完全に感情が高ぶっているらしく個性が暴走していた。相澤の抹消で一度収めたが、話を聞こうとするとやはり感情が高ぶるらしく話を聞くことができずにいるのだ。相澤が氷華から聞こうとしたのだが、こういうことは同性がいいからと13号が代わったのだ。いない人間を頼っても仕方ないが、こういうときミッドナイトがいたらと思ってしまう。そういう事に明るい彼女なら氷華からうまく聞き出せたかもしれない。
「つってもなぁ……俺が関わりある女なんてクラスの奴らくらいだぜ。氷華のことよく知ってて氷華に誤解与えるような連中でもねェ。埒明かねェな……氷華に直接聞くわ」
「それが一番早いな……俺も同行しよう」
そうして合理的かつ行動派な爆豪と相澤は氷華のもとを訪れた。部屋が氷雪まみれでぐちゃぐちゃになってしまったため別室で13号と一緒にいた氷華は爆豪の姿を見るとまた泣き出してしまった。
「なんでぇ……いないっていったのにぃ……! ぐすっ勝己くんいないっていったもん……!」
「マジで心当たりねェわ……おまえどうしたんだよ。なに誤解してんだァ?」
「誤解じゃないよぉっ! 勝己くんっ、ひっく! スマホにっぐすっ、連絡……! うえーんっ」
「あー? スマホォ?」
涙腺がぶっ壊れたんかというほどボロボロ泣きわめく氷華の頭を撫でたり背中を擦ったりしてあやしながら氷華が言ったスマホの所在を考える。ベッドボードに充電して置いてあったはずである。朝一番で強烈な氷雪を食らってそのまま相澤と別室に移動した爆豪は当然スマホを置いてきている。あれ無事なんか……と遠い目をしていると、13号が「はい。電源は入ったから多分大丈夫だと思う」と差し出してくれた。「あざっす……」と受け取って確認してみると無事だった。連絡といったからにはSNSの類だろう。氷華は勝手にパスワードを解除したりといったことはしない。それでも見えたなら通知の類であるだろうと一通り目を通すとまさかと思い当たり、ため息をついて氷華に話しかける。
「おまえまさか……これ言っとンか?」
「……うわーんっ! なんで見せるのぉおお! 勝己くんのばかぁあっ!」
「……ビンゴ。まじか。おまえまじか……」
もう爆豪は頭を抱えた。いやこれを浮気というのか。いやぜってぇ言わねぇわという自信しかなかった。頭を抱える爆豪に何かを察した相澤が密かに爆豪に同情し、ここからは痴話げんかは犬も食わないとばかりに13号と部屋を後にした。
「んでこれが浮気になンだよ……轟の姉ちゃんからレシピもらっただけだろうが……」
「浮気だよぉ! なんで私がいるのに他の女の人のご飯食べたがるの? ななんでっ、私のごはん美味しくなかったっ……!?」
「泣くなって。おまえの飯はうまいし、不満もねェ……けど、おまえの飯に慣れるのは俺的に不本意なんだよ……」
「どうして? 私ずっと作るよ! 毎日ちゃんと作るものっ」
「それが問題なンだわ……」
爆豪はやっぱり期限付きの結婚に氷華が納得していないのを再確認する。期限付きでもと言い出したのは氷華だが、それもその間に振り向かせて、そのまま結婚したままでいようという魂胆があったのだ。いやまぁ知ってたが。
正直氷華に泣かれるのは弱い。極力泣かせたくなどないし、いつもふわふわして笑ってろと思う。氷華が怒って、泣いて傷ついている。明らか爆豪だって納得できない浮気疑惑だが、それでもいい加減にしろと怒鳴りつけることはできなかった。氷華を傷つけたくなかったのだ。
傷つけたくないという気持ちが爆豪の中で大部分を占めている今、らしくもなく言葉を慎重に選んでいた。
「いいか、氷華。俺はな……おまえとこのままずっと結婚したままでいるつもりはねェンだ」
「ぐすっ、なんで……? 私のこといや……?」
「嫌とかじゃなくてだな。俺はおまえに生きててほしいし、おまえを救うために俺は自分を餌にしたってかまわねェが……おまえの人生、これからも責任もって生きていく覚悟はしてねェ。おまえと正真正銘の家族になるとか、そういう気持ちは俺にはねェ」
「やだっ……! 勝己くんのこと一番好きなの私だものっ、やだやだっ、お願いだから別れるなんて言わないで……!」
「その好きは否定しねェよ。けどいい加減な気持ちでこういう大事なことは決めたくねェ。俺が好きだってんなら俺のこだわりも一緒に大事にしろ」
何も言えなくなった氷華がただただ泣いている。爆豪は慰めるように言葉をつづけた。
「おめーの作る飯はうめぇよ。俺が食ってきた中で一番うめぇ。でもおまえの味に慣れて他の飯が食えなくなるのはごめんだ。おまえが作るのが当たり前になって、自分の飯すら作れなくなるのも俺はごめんだ。グレイズの教えは間違ってねェよ……でもそれは俺の望む形じゃねェ」
飯に流されてなあなあで一緒にいたくないのだ。爆豪は自分の中の認めたくない気持ちに見ない振りができなくなってきていた。氷華を大事にしたいという気持ちがある。氷華に笑っていてほしいし、氷華が不安になるもの、怖いもの、嫌なもの、それらすべてを取っ払ってやりたいと思う。
恋は……していた。氷華が好きだと思う。けれどそれは夫婦には遠いのだ。
「か、勝己くん……」
「ん……」
「私のこと、ぐすっ……好き……?」
大きな瞳に涙を携えて氷華がじっと問うてくる。爆豪はその真剣な瞳に吸い込まれるように、気がついたら返事をしていた。
「ばーか……好きだわ」
それだけ言うと、氷華が何かを言う前に口を自分のそれで塞いだ。
初めて自分からしたキスは……涙の味がした。
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