お兄さんのお嫁さん
氷華のお嫁さんにしてねは子どもの戯言などではなく本気だった。
インターン中はずっと氷華なりに爆豪にアピールしていたし、その後に敵連合との全面戦争になり日本が地獄になったときも氷華は雄英に避難しつつ、爆豪を信頼して「勝己お兄さんなら大丈夫」とふわふわ無邪気な笑顔を向けてきたし、戦いが終わり平和を取り戻した後も、小学生になって、中学生になっても氷華の気持ちは変わらず、むしろ日毎愛しさが増すとばかりに愛情が深まる一方であった。
それに爆豪も最初は危機感を覚え、雄英を卒業してしばらくすると言い寄ってきた女と付き合おうとしたことがあった。恋愛対象とするには氷華はあまりに子どもであったし、当然爆豪も幼女にそのような気は起きなかったのだ。起きたら大問題である。だが、それにしても氷華の好きは大きすぎたし、それを当たり前の基準に置いてしまうとこれから先取り返しがつかない気がして。けれど実際付き合おうとして……氷華の泣き顔が鮮明に浮かんでしまって結局ダメだった。そんなことを数年繰り返し、爆豪は誰とも付き合うことができなくなっていた。
「……なんっで俺があいつのこと考えなきゃなんねンだあああ!!」
「おー爆豪荒れてんなぁ」
「結局付き合わなかったんだな。美人だったのにもったいねぇ」
「いやあれよこれ。爆豪もう諦めたがいいって。どんなに可愛くたって中学生の女の子が泣くからってだけで誰とも付き合えないんじゃもう諦めるしかねぇよ」
「誰がロリコンだぁあああ!!」
「誰もロリコンなんて言ってねぇよ」
切島が冷静にツッコミを入れながら「飲みすぎだって」とジョッキを取り上げる。「酔ってねェわ!!」と返ってくる爆豪に「いや酔ってるよ」と上鳴が返す。瀬呂はもうあーららという感じである。
卒業してからもグレイズが協力体制を取っているため接点が途絶えないのだ。本当にずっと爆豪しか眼中になく「勝己お兄さん大好き」と全身で伝えてくる上に、これがまた……年々恐ろしいほどに美貌が冴えわたっていく。間近で氷華のキラキラした表情を見ている爆豪にとって、美貌を武器に言い寄ってくる女など例外なくブス判定が下るほどである。子どもながらに恐ろしい女であった。
「でもさぁ、氷華ちゃんまだ中学生だけどすげぇ可愛いもんなぁ……国宝だわあれは」
「それには完全同意。あの子の前じゃ美貌を売りにしてるやつでも太刀打ちできねぇもんなぁ」
「うっせェ!! まだガキだわ!! あいつを変な目で見やがったら殺す!!」
「見てない見てない。さすがにヒーローなのにロリコンは笑えねェわ」
「誰がロリコンだ!!!」
「あーもう爆豪マジ限界じゃんどうしたの」
爆豪はいつになく酔っていた。会話があまり成立していない。それもそのはず爆豪男として死活問題であった。誰も何も魅力的に思えないのだ。いやまぁ爆豪の理想が高いのも今に始まった話ではないが。
話聞くよ、と促しても爆豪は素直に話したりしないので、茶化していたらまさかのクリーンヒットを上鳴が引き当ててしまった。
「なにかっちゃん、男の沽券にでもかかわったの?」
「っせぇえええ!!」
「あ、これビンゴだわ」
「おお……それは辛い、辛いな爆豪……!!」
「ええかっちゃんごめん! 当ててごめん!!」
「もう黙れやクソがああああ!!!」
突っ伏した爆豪に三人が同情する。まーあの氷華ちゃんだもんなぁ。顔面国宝。雪の妖精。爆豪大好き。お嫁さんにしてだもんな。年齢さえ除けばあまりにハイスペックである。爆豪は唸り声をあげ、そしてまた自棄酒である。切島が止めても聞きゃしない。
「……あいつの飯、また腕上げとんだ……あいつの飯食ったら大抵のもんがまずく感じんだよ……」
「あーうん、だから俺らもっぱら宅飲みだもんな。爆豪が作ったつまみ美味いよ」
「ったりめーだクソ! おかげでいついかなる時も自炊一択だわ! クソ健康だわ!!」
「相乗効果すげぇな。良妻だわ氷華ちゃん」
「誰が誰の妻だ!! おめーのか!? 殺す!!」
「いやなんでだよ!?」
「爆豪……まだこれ子どもだからってだけで恋愛感情まではいってねぇけど、時間の問題だろ。年齢さえクリアしたらとんとん拍子に進むわこれ」
「それなぁ……」
爆豪は意外と常識人であるし倫理観がちゃんとしている。ロリコン死すべしと度外視しているだけで氷華が結婚できる年齢にさえなれば、もうなるようになるだろうなというのが全員一致の見解だった。
その瞬間、爆豪のスマホが鳴った。爆豪は画面を見て誰かわかると迷いなく出た。
『勝己お兄さん? 今いい?』
「んー……おー」
『なんだか眠たそう。寝てた? 起こしてごめんね』
「別に。どうしたんだよ」
『勝己お兄さんの声聞きたくなったの。この頃ちょっと会えてないから、寂しくなっちゃった』
「…………そうかよ」
『また勝己お兄さんに会いたいな。会いに行ってもいい?』
「……ダメって言っても聞かねェンだから聞く意味ねェだろ……勝手にしろや」
『えへへ……大好きだよお兄さん』
「……知っとるわ」
『声聞けて嬉しかった。ありがとう、おやすみなさい』
「ん……」
えーなにこれー。えー優しい、爆豪優しいー! もう三人の方が照れてしまっていた。
電話を終えた後もスマホの画面をぼーっと見ている爆豪に、あーえーもうこれ始まってる? と顔を見合わせた。
「爆豪ー」
「……んだよ」
「氷華ちゃんさー中学生じゃん、で次高校じゃん?」
「何当たり前のこと言ってンだよ」
「いや高校生ってもう結婚できるじゃん?」
「……あ゛?」
「結婚できるんだぜ。子どもだけど子どもじゃねぇ。爆豪、氷華ちゃんもう大人だわ」
「…………」
目を見開いて固まる爆豪に切島たちが「おーい爆豪ー! しっかりしろー!」と揺すり起こす。はっとした爆豪が「あいつもう大人なんか……」と呟いたのを「そうだぞー、子どもの成長早いよなー」と肯定する。すると爆豪がスマホを握りしめ電話をかけた。いやどうした爆豪。
『どうしたの勝己お兄さん! 勝己お兄さんからかけてくれるなんて嬉しい!』
「おまえ……今日はいつもの言ってねェだろ」
『いつもの? 大好きは言ったから……あ、結婚して?』
「ん。恒例だかんな。ねェとねェで腹立つ。心変わりしたんか」
『そんなのしてないよ! 勝己お兄さんが好きだもんっ』
「じゃあちゃんと言えや」
『うん……勝己お兄さん、大好き。結婚して?』
「……16になったら迎え行く。浮気したら殺す」
『えっ、ええっ! 本当!? 嬉しい! 勝己お兄さん大好きっ! 約束だからね、絶対だよ!』
「ったりめーだ。もうお兄さんってのもやめろよ」
『うんっうんっ! 勝己くんって呼ぶ!』
「そーしろ。んでもう寝ろ。起こして悪かったな」
『ううん! すごく幸せ……! 勝己くん大好きだよ、おやすみなさい』
「……俺も……好きだわバカ」
そして何か言ってる氷華を無視して通話を切った爆豪に三人は「うおおおおおお爆豪おめでとおおおお!!」と声を上げた。いや爆豪の自制心すげぇ、大人の鑑だわ。とわいのわいのとその日は遅くまで騒いでいた。
「いや……こんなプロポーズがあってたまるかクソがああああああ!!!!」
朝、酔いがさめて目覚めた爆豪が大爆発した。爆豪は爆速で氷華に連絡し、身なりをきちっと整え、グレイズに結婚を前提にしたお付き合いのご挨拶に赴いた。あっさり許可された。いやもうちょい渋れや親ばかだろあんた。拍子抜けもいいところである。
両親にも16になったら結婚すると紹介した。ババアにはしばかれた。普通こうだよな。でも氷華が小さい頃からの夢だったと泣きながらいかに爆豪を愛しているか説いてくれたので許された。母親を生まれてすぐ失っていることもあり、母というものに憧れがあるのか、ババアにめちゃくちゃ懐いていた。爆豪とそっくりだったのもポイント高かったと見た。ババアも氷華のことを可愛い可愛いと気に入ったようで、嫁姑問題は何とかなりそうでほっとした。ジジイはグレイズの娘って知って泡を吹いた。が、結婚は認められた。
「勝己くん、ありがとう」
「……んだよ」
「10年経ったら迎えに来てって言ったの覚えててくれたんでしょう? 16歳でお嫁さんになれるのすごくうれしい」
「……別に。俺がもう4年待てそうにねェからだわ。おめー生まれてくるのおせぇンだよ。次は同い年にしろ」
「! 来世も結婚してくれるの?」
「ったりめーだ。今生限りの関係なわけあるか。浮気したら殺す」
「しないよ! 勝己くんだけが好きだもん」
「……そーかよ」
キスしようと氷華が背伸びをしたのを爆豪が鼻をつまんで阻止する。「な、なんで……?」と涙目になる氷華に「結婚するまではプラトニック一択だわ。捕まってたまるか」大人になっても爆豪は相変わらずみみっちかった。
そうして仲良く辛抱強く、時に氷華が暴走しそうになるのを必死に潜り抜け、16になるまでプラトニックを貫き二人は結婚した。
この事はメディアに大きく取り上げられ、10歳差の幼妻、グレイズの娘、プラトニックな10年愛などと持て囃され大・爆・殺・神ダイナマイトはしばらくトレンドを独占することになったとさ。おしまい。
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