誘拐された
白雪家といえば吸血鬼社会で知らない者はいない。吸血鬼とはその血統で大体の能力が決まるものである。名家と呼ばれる家は当然あるが、白雪家は特に抜きんでており王家と呼ばれるほどのものであった。
そこの最も若い吸血鬼である氷華はそれはもう蝶よ花よと可愛がられて育ってきた。母親が悲惨な事件でこの世を去ってからというものの、ただでさえ一人娘として可愛がられていたというのに父親の過保護ぶりは相当なものだった。
吸血鬼は人里離れて暮らす者も多い中、王家というだけあって父は他家との交流だったり人間社会との共存のために吸血鬼協会に顔を出したりと忙しくしていた。
氷華も物心がつく前までは父親に付いて外の世界を見たりしていたものだが、母親が亡くなってからはそれもなくなった。父は極力氷華を見せないように隠して育てていた。
母親が亡くなったのは母があまりに美しかったからだ。吸血鬼と
氷華は大変聞き分けがよく、心の優しい娘であったため父の言いつけを守っていたが、外の世界というものに憧れがあった。陽の光は苦手だけれど、それでも日傘を差せば大丈夫。
お城の中にはたくさんのものがあるけれど、外の世界には何があるのか気になってしょうがない。人間ってどんな感じなんだろう。あんまり美味しくないタブレットを噛み砕きながらそれを提供してくれる種族を思った。
そんな時だった、氷華に悪魔が囁いた。
「え……? お父様が?」
「ええ、お嬢様ももうお年頃ですし、そろそろ婚約者を決めねばなりませんから……外出のご準備を整えるよう仰せつかっております」
「婚約者……? 私聞いてないわ。そんな急に……ほんとうに……?」
「本当ですよ。奥様と旦那様もお嬢様くらいのときにはもう婚約なさっていましたから、不思議なことではありません」
氷華は何か違和感を感じつつメイドに身なりを整えられていく。お年頃とはいうが、氷華はまだ人間でいうところの14歳くらいだ。両親は確かに早い内に婚約したけれどそれは二人が配偶者探しに乗り気だったからだ。氷華の意志も確認せず父親が推し進めているというのに不安を感じた。
けれどこのメイド、グロリアは氷華が幼い頃から仕えてくれている信頼できるメイドである。生まれも確かであるし、父が言伝を頼むことも確かにあったので氷華はその違和感を流してしまった。それがあんなことになるなんて夢にも思わなかった。
「!? なに!? 放してっ! グロリア!? どうしてっ」
父が待っていると支度をして出ると、屋敷の中が妙に騒がしかった。酷く焦った様子で使用人が氷華に逃げるよういうと使用人はどこからか現れた
悪いことをして迷惑をかける吸血鬼や、吸血鬼に眷属にされて暴走するものを粛清するための道具の一種である。氷華は白雪家直系の娘であるため、この品は相当いいものであることが伺えた。氷華の誘拐に吸血鬼と
「お父様……きゃあっ!」
「あーもう、苛つくわね。何がお父様よ! あの人に子供なんていないわ!」
「おい! 大事な商品だぞ! 傷つけるんじゃねぇ!!」
「大丈夫よこれくらい。憎たらしいけど一応純血王家のお嬢様なんだから。それこそ協会製の銀の弾丸でもない限りね」
グロリアの変わりように氷華は薄々事情を察した。大方父親に横恋慕してしまったのだろう。それで邪魔な存在である娘の氷華を追い出そうと考え、吸血姫に価値を感じた吸血鬼と
なんで母娘そろって協会の道具に苦しめられるのだろうと思ったけれど、狩人になるほとんどの人が家族や大切な人を吸血鬼によって亡くしている。その標的としてそこらの吸血鬼より王家の直系を選んだ方が胸はすくのかもしれない。でも氷華だって、父だって……理不尽に大切な人が奪われたのだ。これ以上父に辛い思いをさせるわけにはいかないと氷華は気持ちを持ち直したが、この特別製の拘束具を破ることはできなかった。
「くくっ、純血一家白雪家の至宝ねぇ。たしかにえらく整った面だ。さていくらまで釣り上がるかな」
「……私を売るつもりなのね……」
「賢いお嬢さんだ。でもただの闇市じゃねぇぜ。人外専門のオークションだ。ただでさえ純血種の血肉には価値がある。特殊な性癖抱えたコレクターたちばかりでよ、お姫様が五体満足の保証はねぇなぁ」
まさかこんな形で外に出ることになるとは思わなかった。氷華は恐怖を抱え、必死にそれを隠しながら拘束を解こうとするがやはり能力が封じられる。けれどこの拘束具さえ解ければ完封できる自信があった。吸血鬼にとって血統というものはそれだけで大きな武器だからだ。
それが分かっているのは向こうも同じで、狩人の男たちが傷をつけることなく激痛のみを感じさせる道具を使い、氷華を苦しめる。激痛に苛まれる中それでも拘束を解かんと頑張っていたが、どうしようもなかった。
吸血姫という尊い血筋にありながら、氷華は未だ未覚醒だった。父は氷華に優しく甘いものしか与えなかった。苦労をよしとしなかった。自身が守ることに重きを置いた。氷華もまたお姫様であることを選んだ。その結果が今だった。もしかしたらもっと鍛えていたら何かが違ったかもしれない。
父をこれ以上悲しませたくなかった。父の望む通りにいたかった。でも父だって、一番の望みは氷華が心安らかに健やかに幸せであることだっただろうに。結果悲しませてしまう。それがとても嫌で情けなくて父に対してものすごく申し訳ない思いだった。
もうだめだ、氷華は父のもとに帰れないかもしれない。そう思った瞬間、爆発音と共に氷華を苛んでいた激痛がとまった。代わりに聞こえたのは悲鳴と、酷く楽しそうな男の声だった。
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