期限付きの恋
爆豪と約束をしてからというものの、氷華はそれはもう毎日を楽しみに過ごしていた。
グロリアのことがあり屋敷の人員見直しもあり、氷華付きの使用人には古参からの信用できる者と、新しく身元確かな同年代の貴族の子女を迎え入れることになった。
「お嬢様ご機嫌ですね。例の狩人の男の子ですか?」
「せ、切奈……! えっとそれは……その……!」
「図星ですね? いいじゃないですか身分違いの恋! ものすごく燃え――いたっ」
「こーら! お嬢様を困らせない! すみませんお嬢様、切奈には後でしっかり言って聞かせておきます」
「いいの一佳。あまり気にしないで、気軽に接してくれて嬉しいの」
「ほら、一佳。お嬢様もこういってるし……!」
「全くおまえは……お嬢様、あまり切奈を調子に乗らせないでくださいね……」
「え、ええ。気をつけるわ……?」
新しく傍付きになった取蔭と拳藤は以前とは違い、主従でありながら友人のような関係を築くことに成功していた。極端に見聞を狭めるのも良くないと、グレイズが友人ができるようにと見直してくれたのだった
切奈は大分気安く話しかけてくれるし、氷華の知らない世界を色々知っているようだったが、反対に一佳は大変しっかりもので頼りになった。
後何人か親しくなった者はいるが、みんな総じていい子たちであった。
そしてパタパタと伝書鳩が戻ってくる。
「あ、帰ってきましたよ。……はい、お嬢様の王子様から!」
「もう、切奈ったら」
「(王子様って柄かぁ……?)」
拳藤がそう思いつつも、氷華があまりに嬉しそうに手紙を読むものだから何とも言えなかった。
氷華お嬢様は若き狩人にすっかりご執心なのだ。恋する乙女よろしく雪のように白い頬を桃色に染めてきゃっきゃっする様を見れば、取蔭と二人でかぁいいなぁと思うしかなかった。
「王子様は何ですって?」
「……次のお休みに来てくれるんですって。それとまた昇格したそうよ。本当にすごい才能を持っているのね」
「え、また!? まだ随分若かったような……?」
「ええ。まだたったの14歳よ」
どこかうっとりした様子で文字を細い指先でなぞる氷華に、14歳と聞いた拳藤がそれはそれは驚いた。
「じゅうよっ……それはすごいですね。人間が成長するのは早いですけど、まだまだ私たちからしたら赤ちゃんみたいなものなのに……」
「あか、ちゃん……そうね、そうよね……」
「あっいえ! 決して変な意味では! 人間と私たちでは時間の進み方が違いすぎますし……」
「そうそう! だからお嬢様が彼の事好きでも何もおかしくないんですよ。ほら、彼14っていっても物知りでしょう?」
「え、ええ……私が知らないことをたくさん教えてくれるわ」
「そういうことです。私たちよりずっと早いスピードで彼らは大人になってるだけですよ」
普段はしっかり者で頼りになるが、拳藤は色恋沙汰には疎いところがあった。それを取蔭が上手くフォローできるというのもあって、この二人が傍付きというのは実にバランスがとれていた。
氷華は赤子に想いを寄せてしまったのかとショックを受けた様子だったが、取蔭のフォローもあり持ち直したのだった。
けれど氷華はわかっている。どんなに好きになってもこの恋は実を結ばないことを。
――爆豪くんが亡くなるまでは……この恋を大切にしましょう。
氷華は純血の王家の跡継ぎである。グレイズは母を愛しすぎて再婚が出来ない。そういうものなのだ。純血の吸血鬼は運命を決めてしまったらもう誰とも番えなくなってしまう。
氷華はまだ大丈夫、だって終わりが来るのが最初からわかっていたから。まだ引き返せる。爆豪勝己が亡くなるその日まではこの恋に殉じることを許した。けれどそこからはちゃんと王族としての責任を果たすとも心に誓った。だからきっと大丈夫。
「お茶会の準備を進めましょう。辛い物を用意しないと」
「この間のも好評でしたよねー。次は何にします?」
「中華料理? が好きみたいだから、そちらを試してみようと思うの。スパイスもいいものが入ったはずだから」
「デスソースですか……あれ人間の食べ物とは思えない辛さですけど……」
「大丈夫よ。だって爆豪くんだもの!」
「(理屈になってないんだよなぁ)そうですか……」
お姫様でありながら料理が得意と知ったときには衝撃を受けたものだが、二人はもう慣れたものだった。これが料理長を凌ぐほどの腕前というのだからすごいったりゃありゃしない。
グレイズが料理を趣味としていた人らしく、政略結婚のようなものだった母とはこれがきっかけで一気に距離が縮まったという。それを受けてグレイズが氷華にも運命が現れたときのためにと、幼少の頃からこれだけは力をいれていたらしい。
実際爆豪も正気に戻った後はもうこれっきりだと言う感じであったのだが、氷華の料理の前に陥落した。ものすごくお気に召したらしい。以来飯代くらいは話し相手になってやると氷華の相手を嫌がることなくするようになったのだ。胃袋を掴んでおけばなんとかなるものである。
「〜〜〜〜っ!!! かっかかかかかからっいった!!?」
「お嬢様何入れました!?」
「ちょごほっ!! これマジでげほっ!! これが人間の食いもんかよ!?」
「水! 水をくださっ!!」
「まぁ……! こちらをどうぞ! ごめんなさい、まさかここまでのものだなんて……!」
「お、お気になさらずお嬢様……! お嬢様のお役に立てるのなら喜んで火の中水の中、たとえ毒であろうと食らってみせます……!!」
常識人四天王と名高い円場、鱗、泡瀬、回原が陥落する中、物間はものすごく顔色を悪くしつつも最後まで忠誠を尽くした。この物間、氷華に出会ったその日からこんな感じなのである。
こんなこともあろうかと用意していたヨーグルトドリンクを配り、一息ついたところでデスソースなるものを入れたというと口々に「やめた方が良い」「これを平然と食べる奴は人間じゃない」「さすがに無事じゃすまないでしょう」猛反対したが、氷華は少し考える素振りを見せるだけであったという。
ちなみに氷華が食べようとしたところ、傍付き二人のメイドによって手早く五人の口に放り込まれ問答無用で消費された。五人はしばらくの間つかいものにならなかったのは言うまでもない。
純血の吸血鬼に毒はよっぽどのものでないと効かないが、デスソースはそのよっぽどであったという。
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