待ちに待ったお茶会当日、結局氷華はデスソースを使った。
周囲は口々にやめた方がいいと止めたが、氷華の爆豪への信頼が厚かった。聞きつけたグレイズもそうしなさいとまさかの肯定派であり、ただの人間がこんなものを口にできるはずはないと揃って心配したものだ。
ただ物間だけは醜態をさらしてお嬢様に愛想を尽かされろと別の意味で乗り気であった。敬愛するお姫様が人間という叶いもしない恋に身を焦がしているのが面白くないのだ。


「爆豪くん、どう……? うちの子たちはみんなダメだったんだけど……」
「……辛ェ」
「! そう、ごめんなさい、やりすぎちゃったみたいね……今片づけ――」
「待て。辛いって言っただけでまずいとも食えねえとも言ってねぇだろうが」
「え? でも……」
「俺は辛いのが好きなんだよ。だからこれでいい。前よりうめェ」
「そっかぁ……!」

氷華はぽわんとした表情を浮かべる。うまいというのは本当のようで、その証拠に爆豪の手は止まらなかった。純血の吸血鬼が揃って陥落したデスソースが入っているというのに、事も無げに口に運ぶ爆豪を取蔭と拳藤は信じられないものを見たような眼差しで見ていた。
うわ、まじかと驚く一佳に、切奈はさすがお嬢様の想い人。見どころあるわぁと感心していた。

そして爆豪は本当に完食した。最後に「うまかった」とまた言ってくれたものだから、氷華はそれはもうふわふわしていた。デスソースでさえ胃袋に収めてしまえるのがまたかっこよく映ったのだ。惚れ惚れしてしまうというもの。


「それじゃあ改めて、爆豪くん昇格おめでとう!」
「おー」
「ささやかだけどプレゼントを用意したの。受け取ってくれる?」
「? 何くれんだよ」

メイドたちの手で綺麗に片づけられたテーブルの上に氷華は箱を用意させた。白いいかにも高級そうな化粧箱である。爆豪にそれを差し出し、開けてみてとふわふわっている。
爆豪は世間知らずのお姫様だし、宝石とかの類か……だったらいらねぇなと思いながら開けると――中に入っていたのは狩人ハンターが使う武具だった。


「は!? おまっ何でこれ!?」
「狩人が使う道具って、基は吸血鬼の一部を使ってるんでしょう?」
「そりゃそうだけどよ。まさかおまえ、自分の使ったンか!?」
「ええ……髪と血をちょっとだけ」
「…………ふざけんなっ!! 俺はこんなもん目当てにおまえと過ごしんてンじゃねェ!!!」

バンッとテーブルを叩いて立ち上がり「帰る。こんなもんいらねェ」と酷く怒った様子で帰ろうとするから氷華は慌てて、駆け寄って泣き縋るように爆豪の腕を掴んだ。


「爆豪くん待って! いやだった? 髪とか血とか入ってるの気持ち悪かったかな? ご、ごめんなさいでも私、私――」
「放せよお姫様。もうアンタと会うのもこれっきりだわ」
「待って、待って……! やだ、それはやだよ。いらないなら受け取らなくていいからっ、だからお願いこれっきりだなんていわないで……!」

お願い、これが最後なんていや、お願いと泣く氷華に爆豪は視線をやると、ふわふわとした髪の毛先が前より短くなっているのを嫌でも感じた。
爆豪は「ハッ」と鼻で笑うと氷華の手を振り払った。


「アンタ、そうやって気に入った男のためなら簡単に髪も血も渡して、自分を殺すかもしれねぇもん渡しちまうんだな」
「え……?」
「考えねぇのかよ。俺がアンタに取り入るためにアンタの気持ち利用して、協会じゃ厳しく管理されてる武具誂えてもらって、アンタたちを殺すかもってよ」
「爆豪くん……?」
「チョロいのもいい加減にしろよお姫様。今度は間に合う保証なんてねぇんだ」

そう言った爆豪の表情は言葉の棘とは裏腹に、悲しいものだった。
氷華はそこに誤解と、爆豪の心配があるのを確かに感じた。去ろうとする爆豪に氷華は今度こそ思いっ切り抱き着いた。


「は!? ちょ、アンタ!」
「簡単じゃない! 全然簡単なんかじゃないよ……!!」
「あ!?」
「私っ、爆豪くんが死ぬまで爆豪くんを好きでいるって決めたのっ! 吸血姫はっ、あなたに恋することを許したの……!!」
「まて何の話だ……!」
「これはっ! これを渡したのはっ……私のため! 私があなたを少しでも愛せる時間が長くなるように、あなたに死んでほしくないからだよ……!」

ボロボロ泣きながら「誰にも殺されないで、長生きして」と訴えるものだから、頭のいい爆豪はそれに至る経緯の大体を察した。
この世間知らずのお姫様は期限付きの恋をする覚悟を決めたらしい。人間の一生は吸血鬼にとって瞬きのような時間だ。その吸血鬼にとって短い時間を自分の唯一の自由な恋愛にすることを選んだらしい。
その恋を少しでも長く続けるため、爆豪に寿命以外で死ぬなという。吸血姫の髪と血を基に作った武具を渡したのはそのためだった。

爆豪はもう呆気にとられた。このお姫様、本当に予想外である。
恋にどこまでも一直線で、押して抱き着いて離れない。もう今のだって完全に終わった感じだったのにこのお姫様ときたら体当たりで巻き返してきたのだ。これには流石の爆豪も勝てる気がしなかった。このお姫様から逃げるのは無理だと思ってしまったのだ。絶対地の果てでも追いかけてくるだろう。


「……俺の意志は無視かよ……」
「私のこと好きになって! 爆豪くんのこと絶対世界で一番大好きだよっ」
「…………滅茶苦茶すぎんだろ……」

本当に滅茶苦茶だった。好きになれと言われて好きになるはずもないのに。でも、自分のことが世界で一番好きというのはもうそうだろうなと思ってしまったから。こいつ俺が死んだらどうなるんだと心配はあるが、それでもここまで求められるのも悪くないと、思う自分もいるのは分かっていた。


「精々惚れさせてみせろや……」
「がんばる! 勝己くん大好きっ」
「……あ?」

気付いた時には恐ろしく整った顔が零距離だった。ぷるんとした唇がふにっと自分のそれに重なった。メイドたちが興奮したように悲鳴を上げる。


「私の狩人、私の王子様。心からあなたを愛しています」
「…………バッカじゃねェの」

文句を言おうとしたのにあまりに氷華の笑顔がふわふわ眩しくて、そんな悪態しかつけなかった。

 


戻る

top