蜜月と暗雲
「氷華、飲まなくていいンか」
「飲みたい……」
「我慢しなくていいって言ってんだろ。ほら、好きなだけ飲め」
「ちゅ……」
「ん……こら遠慮してんなって」
「だって……かつきくんの血美味しいから飲み過ぎちゃう……」
「そりゃよかったな。別にちょっと飲みすぎたくらいじゃどうもならねェわ」
「じゃあ、もうちょっとだけ……」
二人はまさに蜜月であった。一度一線を越えてしまえば歯止めが切れたとばかりに蜜月を謳歌していた。もうかれこれ蜜月に入ってから数年が経過し、爆豪は成人を迎えているが本当に仲がいい。いつも通り好き好き言ってくる氷華に「俺も」と少し素直になった爆豪は返し、繋がってとそれはもう仲がよかった。
だが二人の間に少し暗雲が立ち込んでいた。
「……」
「……どんなに見てもやらねェからな」
「……かつきくん……」
「ダメなもんはダメだ。約束したろ、ガキは作らねぇって」
「……うん」
目下の気がかりは子どもの問題だった。爆豪は今や結婚適齢期に差し掛かっている。子どもがいてもおかしくはないが、相手が吸血姫の氷華であるというのが問題であった。
「おまえもわかってんだろ。純血の王族のお前と人間の俺の子は生まれてもいいことにはならねェって。おまえがどんなに大事にしても目の上のたん瘤にしかならねェよ」
「……でも、私たちの間にも、赤ちゃんがほしいって思っちゃう……」
「氷華……」
「ちゃんとわかってるよ。子どもは作らない。わかってるもん……」
爆豪によって人間の世界というものを多少なりとも見聞きするようになった氷華は、爆豪くらいの年齢になると人間は家庭を築いたりすると知ってしまった。決して自分では叶わない願いだと理解しているが、自分も爆豪との子どもがほしい家族になりたいという気持ちと、決していい事にはならないとわかっていながら、爆豪がいなくなった後も爆豪を身近に感じれる子どもに救いを見出していたのだった。
「氷華」
「……わがままいってごめんなさい……もう言わない……」
「アホ。俺だって別におまえとの子が欲しくねぇわけじゃねぇわ」
「かつきくん……」
「ん。悪ぃが……俺がおまえに遺してやれるのは思い出だけだ」
「謝らないで。分かってて勝己くんと一緒にいるって決めたんだよ。ごめんね勝己くん、ごめんね……」
「おまえこそ謝んな。俺はガキいなくたってお前がいりゃ……それでいい」
いっそ人間と吸血鬼では子どもができないというのならよかったかもしれない。それだったらしょうがない、そういうものだといくらでも諦められただろう。けれど実際二人の間には作ろうと思えば作れてしまう。面倒な事情なんてすべて取っ払って気持ちだけを叫べたのなら、二人の気持ちは一緒だったのに。
氷華は大丈夫だろうかといつだって爆豪は自分がいなくなった後の氷華が心配でならない。こんな調子で立派にやれるのだろうか、自分ではない純血の誰かの子を身籠れるのだろうか。そんなことを考えると嫉妬が渦巻いていく。もし、自分が純血の吸血鬼だったのなら……そんな考えてもしょうがないもしもの話を夢想した。
「子ども……? まだ俺らには早くねェか?」
「焦凍、氷華ちゃんの彼氏は爆豪くん。人間だよ。もう爆豪くんも適齢期だもんねぇ」
「ああ、そうだったな……人間は成長が早ェ」
「うん、本当に早いや……早すぎて……困っちゃう」
「氷華ちゃん……」
白雪の屋敷に轟姉弟がお邪魔していた。浮かない顔をしていた氷華を心配した冬美が話聞くよと声をかけ、お茶会をしながら悩みを相談したのだった。本当は子どもが欲しいけど、色々事情を考えて作れないのが辛いと。焦凍は早すぎるのではと疑問を浮かべたが、相手が誰だったのか冬美の言葉で思い出し、納得したのだった。
「作っちまえばいいじゃねぇか」
「焦凍!?」
「好きな奴との子どもが欲しいと思うのも自然なことだろ。おまえらの気持ちが同じなら作ればいい」
「簡単に言うわねぇ……氷華ちゃんはきょうだいもいないし、白雪のお家継がないといけないのよ?」
「それこそ理解のある純血の男と番えばいいんじゃねぇか? 連れ子の一人や二人、目くじら立てなくてもいいと思うけどな……」
「そんな都合のいい話があると思う? 第一そんな人格者がどこに──」
「俺は気にしねぇぞ? 大事なのは氷華が幸せかどうかだからな」
「しょ、焦凍……!?」
「え……」
ダメ押しのように「俺は構わねぇ」と言ってなんでもない事のようにお茶を飲むのだから氷華も冬美も混乱してしまった。
「え、なに焦凍……氷華ちゃんのこと好きだったの!?」
「? 氷華はずっと好きだぞ。幸せでいてほしい。姉さんのこともそう思ってる」
「あーうん、そうね……そういう好きよね……」
「だから俺は氷華がこれからも幸せになれるならそれでいいんだ。一つの選択肢として頭に入れておいてくれ」
「焦凍くん……」
正直魅力的な提案だった。爆豪と自分の子どもを作れて、それを容認してくれる焦凍の存在。それは氷華の夢を叶える奇跡のような選択肢だった。
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