溶けちゃいそうな情熱を
緩やかな時の流れと共に、雪の妖精と見まごう少女は美しく成長していく。
6つの時に出会ったその運命との繋がりは、父親であるグレイズの協力のもと、今なお続いていて。既にプロになって数年が経ち、ビルボードチャートの上位に名を連ねるようになった爆豪は、今日も今日とて、決まった時間に決まった場所へ巡回に出ていた。
学校が終わって、部活動に参加していない生徒たちが帰路を辿る中、見慣れた超人気ヒーロー、大・爆・殺・神ダイナマイトの姿に気さくに挨拶をかわしていく。
それに適当に返事をしつつ、爆豪は静かに少女が現れるのを待っていた。
仕事用とプライベート用と分けた端末のどちらを見ても、少女からの返事は未だ来ない。爆豪の簡潔な「いつもんとこ」というメッセージは既読すらつかぬままだった。
(……雑用でも押し付けられてンのか?)
いつもならすぐに既読がついて画面越しにも分かるほど浮足立った返事がくるのだが、その気配は感じられなかった。所謂優等生である少女であるから、教師の手伝いをしているのかもしれないと爆豪は思う。
ここで友人たちとおしゃべりに興じているだとか、青春らしく告白されているという選択肢が浮かばないのは、ここが都内でも有数のお嬢様校で、少女の持つ美しさやその性格が妖精やお姫様と憧れの意味を持って遠巻きにされているからだった。
仕方なしに、爆豪は手持ち無沙汰な様子でどかりとベンチに座り込み、少女を待つ。
自然と、頭の中に少女との腐れ縁が浮かんだ。
少女と出会ってもう8年。8年も、爆豪はこの不可解な関係を続けていた。当時6つだったえらく面の整った幼女にお兄さんのお嫁さんにしてと強請られ、その父親であるグレイズに何かと接点を持たされ、プロになってもう数年が経つというのに、縁を切るどころか、少女の移住区である都心に事務所を構え、グレイズに依頼されるまでもなく少女の平和を守っている。
もう幼い頃とは違い、母親から継いだ個性も安定しているというのに、だ。
(……別に、やらねえならグレイズから依頼が来るだけだ。どっちにしろやることには変わらねェ)
それが何かを納得させるための言い訳だったと知るのは少し先の話である。
背もたれに背を預け、空を仰いで待っていると、不意に目元がひんやりしたものに覆われた。バニラの甘い匂いが爆豪の鼻腔を擽っていく。
「だ〜れだ?」
「氷華」
「ぴんぽーん、はぁい、正解ですっ」
ふわふわした声と共に、ぱっと手が離される。首を捻って振り返れば、そこには件の少女、白雪氷華の姿があった。
声と同じようにふわふわと笑う氷華に爆豪は僅かに目を吊り上げる。
「てめ、返事ぐらいちゃんとしろや」
「すぐにお返事しようと思ったんだけど、たまにはいたずらで勝己お兄さんを驚かせるのもいいかなぁって……ごめんね、怒ってる……?」
伺うように首を傾げる氷華の顔が僅かに爆豪に近づく。爆豪はピクリと眉を動かし、トンっと軽くその額を弾いた。
「近ェ」
「あうっ」
「連絡はしろ。おまえの場合、すぐそこで事件に巻き込まれてても可笑しくねえンだからな」
「はぁい……」
反省したようにしゅんと返事をする氷華に爆豪は内心でため息を吐く。
氷華は年々その美貌に磨きがかかっており、事件とまではいかずとも、トラブルに巻き込まれることもそれなりにあった。爆豪は自分がいてのうのうとそれを見過ごすつもりはなかったが、それでも心配のようなものが確かに存在していた。
「帰んぞ」
「あ、うん」
立ち上がって慣れ親しんだ白雪邸への帰路を辿る。
こそっと爆豪の手に自身のそれを重ねようとする氷華だったが、当然のごとく阻まれてしまう。残念そうな顔を浮かべる氷華だったが、そもそもこれも日常茶飯事である。明日も氷華はめげずに挑むであろうことは明白だった。
「あ。ねえねえ、勝己お兄さん」
「何だ」
「今日授業でね、お菓子を作ったの。ちょっと辛いクッキーにしたから、食べてくれる?」
「クッキーなのに辛いンかよ……食うわ。でも後にしろ。今は仕事中だわ」
甘い物はもちろん、特にバニラを好む氷華がわざわざ辛いクッキーなんてものを作った理由には爆豪も気づいていた。ここに上鳴たちがいようものなら「いや愛だね! かっちゃんこれは愛だよ!」なんてふざけた様子でのたまわっただろう。
爆豪が受け取ってくれると分かると氷華はそれはそれは嬉しそうに笑った。それに何とも形容しがたい感情が湧き上がるが、落ち着かなくて爆豪はそれを無理やり押し込めるのだった。
最初からずっとこうだ。氷華は6つの時のまま、真っ直ぐに爆豪を見ている。お嫁さんにしてくれと無邪気に強請ったその瞳に浮かぶ雪の結晶の煌めきも、何一つ変わらない。
「夏休みが始まったら事務所にお弁当届けに行くね」
「毎日来る気かよ? 夏っていやおまえバテてんだろ。それどころじゃねえんじゃねえの」
「大丈夫だもんっ、リクエストがあったら何でも言ってね」
「ほー、んじゃキムチ鍋」
「わっ、意地悪だ……!」
お弁当と言っているのに鍋を所望する爆豪に氷華は瞳をぱちくりする。爆豪とて冗談だったが、氷華はそうとは受け取らず、真面目な顔で頷いた。
「わかった。下準備して、材料持ち込んで事務所で作るね!」
「いや冗談だわ。どこでもクッキングはじめようとすんじゃねえ!」
「3分で作れるようにがんばるっ」
「変なやる気見せンな!」
爆豪は本気でやり遂げそうな氷華の様子に若干遠い目をすると、ガシガシと頭を搔いて口にする。
「別に何でもいいわ」
「何でもいいの……? 玉子焼き甘めでも?」
「そんくらいで文句言うかよ」
伺うように聞いてくる氷華に、爆豪は若干溜息まじりにそう答えた。
「! じゃあ、オムライスに絵を描いてもいい?」
「変なのじゃねえならな」
「大好きって書くね!」
「それはやめろ! つか絵じゃねえのかよ!」
ふわふわ笑う氷華に爆豪はこいつ聞いてねえな、と思いつつも、それ以上怒る気にもなれず、口を噤む。
昔からそうだ。氷華は妙に爆豪の気を削いできて、怒るにしてもその怒りは長く続かず、まぁいいわという気にさせてくるのだ。それもこれもまるでわたあめのようなふわふわした雰囲気のせいだとは分かっていても、爆豪には今更氷華と距離を取るという選択肢はなかったのだった。
いつものようにバカでかい城と称しても差異ない白雪邸へと送り、別れ際に件のクッキーを爆豪は受け取ると、ちょっとしたいたずらだろう、背伸びをした氷華が頬にキスを贈った。
「オイコラ。何しとンだ」
「送ってもらったお礼。いつもありがとう。大好きだよ」
「……調子乗ンな」
そう言って爆豪は氷華の頬を軽く抓む。「あう」と氷華の口から声が出るが、爆豪はその冷たい肌と柔いそれを気にせずむにむにとするとぱっと離す。
「ほら、さっさと家ん中入れ。出歩くときは――」
「わかってるよ、ちゃんとお父様と勝己お兄さんに連絡するね」
「分かってんならいい」
「うん、じゃあまた明日ね。今日もありがとう」
「ん」
背を向けて去っていく爆豪に「またね〜!」とふわふわした声がかかる。振り返らずとも小さく手を振っている姿が目に浮かんで、内心ではよ入れやと思う。けれど、そう思う割に口元は僅かに緩んでいたなんて、爆豪は夢にも思わなかったのであった。
夏休みに入ると、氷華は約束通り毎日のように爆豪にお弁当を作って持って行っていた。それを夏休みの間の日課として、眩しい日差しに参りながらも、氷華はそれなりに夏休みを謳歌しているようだった。
「何でも好きなもん頼めよ。遠慮しなくていいからな」
「ありがとう、焦凍お兄さん」
氷華はその日、氷華が夏休みに入ったと知った轟から誘いを受け、とあるカジュアルなレストランに来ていた。
あのインターンの出会いから、爆豪のみならず轟と緑谷とも交流は続いており、こうして主に轟からご飯や遊びの誘いが来ることも多々あった。
緑谷が一緒にいることもあれば、こうして二人のときもある。轟が氷華が他人とは思えないと言ったとおり、その交流は兄が妹を甘やかすようなものだった。
「えーっと……じゃあ、このひんやりパフェにしようかな」
「パフェ……? 飯はいいのか?」
不思議そうな顔をする轟に、氷華は少し恥ずかしそうにメニュー表から目元を覗かせる。
「……いっぱいパフェ食べたいなって……ダメ?」
「だめじゃねえ。好きなだけ食うといい」
「やったぁ。ランチの代わりにパフェ尽くしって一度やってみたかったの」
秒で出た許可に氷華がはしゃいだ声をあげると、轟は目元を和らげながらふと懸念が浮かぶ。
「腹は……まぁ、おまえの個性なら心配ねえか」
「冷えてお腹壊したりはしないから大丈夫だよ」
「じゃあ食い放題だな」
「うん。あ、でもね、勝己お兄さんには内緒にしてね。怒られちゃう……」
「ああ、そうだな。多分俺も怒られちまうから内緒にしよう」
二人の脳裏には「飯くらいちゃんと食え!」だの「おまえも変に甘やかしてんじゃねえ!!」だの怒り狂う爆豪の姿が過っていた。
氷華たちはもう一度確認するように頷き合うと、轟が店員を呼んで注文するのだった。
「最近はどうだ? 暑い日が続くが、バテてねえか?」
「今は夏休みだからなんとか大丈夫。暑すぎる日はお家に籠ってるから……」
「おまえも大変だな……気候ばかりは俺たちヒーローにもどうしようもねえ。ワリィな」
「ううん! いつも平和を守ってくれてありがとう、ショート」
ふわふわした声と笑みに轟も相好を崩すと、そういえばと思い出したように口に出す。
「爆豪の弁当作ってるんだって? 猛暑日も続けてんのか?」
轟がそう尋ねると、氷華はきょとんとして小首を傾げた。
「あれ? 私そのこと話してたっけ?」
「緑谷から聞いた。爆豪の事務所行ったらおまえの作った弁当食ってたって」
「なるほど……うん、家の人に送ってもらったりしてなんとか続けてるよ」
ヒーローとは時にチームアップを組むものである。緑谷が知っていたのはその関係かと氷華は納得すると、轟は少し心配そうな表情を氷華に向ける。
「あんま無理すんなよ。暑いのはおまえにとっちゃ大敵だからな……溶けちまったら大変だ」
「相変わらず焦凍お兄さんは心配性だねぇ。大丈夫だよ、そんなに簡単には溶けたりしないから」
「そうか……?」
「そうだよ」
大丈夫という氷華に轟はあまり納得していないようだったがとりあえず頷く。小さい頃から見てきた氷華が夏になるたびに「溶けちゃいそう……」と泣き言を言っていたのが印象深いのだろう。
その度に、公共の場でもある程度の個性使用が大目に見られている轟が右で冷気を送ってくれていたのを氷華はどこか懐かしむように思い出していた。
「爆豪とは最近どうだ? もう付き合ったのか?」
「ううん、残念だけどそこまではいけてないんだぁ」
「? 弁当作ってんのにか?」
「お弁当作ってるのにね」
くすりと笑う氷華に轟は不思議そうに首を傾げる。それに氷華はでもね、と続けた。
「あともうちょっとだとは思うの。勝己お兄さんの胃袋はもうほとんど掴んだといっても過言じゃないと思う!」
「? 胃袋……?」
「お父様が言ってたの。『胃袋を掴むことは勝利を手にすることと同じだ』って。ご飯が美味しいとまた食べたくなるでしょう? 私の作ったご飯が毎日食べたいなって思ってもらえたら、お嫁さんにしてくれるかも」
きゃっとはしゃぐ氷華に轟はなるほどと思いつつ納得するように頷く。あの爆豪が素直に氷華の作った弁当を受け取り続けるあたり、胃袋を制す者は恋を制すとはあながち間違いではないかもしれない。
「いつか俺もおまえの作ったもん食ってみてえけど、やめた方が良さそうだな」
「? どうして?」
「ほら、ダメだろ。横恋慕は。馬に蹴られて死んじまう」
真面目な顔でそんなことを言う轟に氷華は瞳をぱちくりとすると、ふっと笑った。
「焦凍お兄さんが? 私のこと好きになっちゃうの?」
「胃袋掴まれちまったら俺も為す術がねえよ……毎日おまえらの家に突撃しちまう」
「わぁ、にぎやかだねえ」
「爆豪の目が九十度になっちまうぞ」
おっとり笑っていた氷華が爆豪の九十度になった目を想像して耐え切れずにくすくすとお腹を抱えて笑う。目尻に浮かんだ涙を指先で拭って、氷華は口を開いた。
「でも、焦凍お兄さんの中じゃ私と勝己お兄さんは一緒に住んでるんだ?」
「? 別居すんのか?」
「ふふっ、どうだろうね? 私はしたくないけど勝己お兄さんは人気ヒーローだから、どうなるか分かんないなぁ」
「そうか……それは寂しいな」
氷華と爆豪が一緒になることを微塵も疑っていない轟に氷華がまたもくすくすと鈴が転がるような笑い声をあげた。
「焦凍お兄さんが私をそういう意味で好きになることはないと思うよ」
「そうか?」
「そうだよ。だって焦凍お兄さんにとって私はずっと妹だもん」
そう言うと、氷華はバニラアイスをぱくりと口に含んで「美味しい」とふわふわした笑みを浮かべる。それを見ていた轟はそれもそうだなと頷いた。
「まぁ……そうだな。俺にとっておまえは……妹みてえなもんだ」
「でしょう? 勝己お兄さんもここは疑わないと思う。焦凍お兄さんと出掛けるっていってもいつも通りだったし」
「そうか? 俺の方は「甘やかしすぎんなよ」って来るぞ」
「ふふっ、そりゃそうだよ。だってこんな風に食べるの許してくれるの、お父様と焦凍お兄さんくらいだもん」
ずらっと目の前に並んだパフェを食べすすめる氷華に、轟もそれもそうだなと納得する。そういう優しくて大らかなところと、天然気味なところは似ているなと氷華が思っていると、轟はどこか嬉しそうに口を開いた。
「爆豪とおまえが付き合ったら、こうしておまえを連れ出すのもやめなきゃなんねえと思ってたんだが……遠慮しなくてよさそうだな」
「え、焦凍お兄さんそんなこと考えてたの?」
「流石に他人の彼女を連れ出すのはまずいだろ」
「わぁ、律儀だねぇ」
お兄さんだからいいと思ってたという氷華に轟はふっと表情を緩める。出会ったころから他人とは思えないと妹扱いしてきたが、氷華もすっかり自分のことを兄だと思ってくれているようで、それがとても嬉しかった。
「まぁ、なんだ……これからも、おまえが好きにわがままを言える場所で俺はありたいと思ってる」
「お兄さん……」
「これからもよろしくな」
「……うんっ、よろしくねっ」
元気よく返事をした氷華に轟は「他に食いたいもんあるか?」とメニューを片手に尋ねる。それを一緒に覗き込みながら追加注文をとったり、氷華の学校の話などを聞いたりしてその日は別れた。
この氷華の一人パフェパラダイスwith轟は幸いにも爆豪の耳に入ることはなかったが、その代わり轟が嬉しそうに「氷華と飯行ってきた」と緑谷に報告したことで、彼が何年経とうと変わらない、轟の氷華への甘やかしっぷりに若干頭を抱えたのは余談である。
その後月日は流れ、氷華の「あなたの胃袋を鷲掴み! お嫁さん大作戦!!」は功を奏し、見事に氷華の誕生日に爆豪と籍を入れる運びとなった。
それまでの間、キス一つ許してくれないなど爆豪のガードは硬かったが、いよいよそれも解禁となる日が数秒に迫っていた。
(あと10秒……9……8……7……)
時計とにらめっこをしている氷華の瞳には、常のように雪の結晶がちらついている。それらが一層煌めいて、その秒針を見つめていた。
彼女の誕生日までのカウントダウンを刻むそれが、日付の移り変わりを示すと同時に氷華は爆豪へと電話をかけた。
『お――』
「勝己くん! 結婚して!!」
ワンコールも鳴り終わらないうちに繋がった電話に氷華はそれを口にした。電話口の主は話を遮られ、それはそれはもう悔しそうな声を出していた。それに氷華は不思議そうに声を掛ける。
「勝己くん……?」
『おめえは……ほんっっとーにっ!! 押しが強えなァ!?』
「えっえっ、ダメだった!?」
『ダメなわけあるか!! そうじゃねえ!! プロポーズくらい俺からさせろやこの積極性の塊が!! 何度見た目裏切りゃ気が済むんだ!!』
「わっわっ、ごめんなさい……?」
反射的に謝った氷華だったが、秒で『謝んな! そういうとこも好きだわクソ!!』とやけくそ気味な告白が返ってきてふわふわ笑う。
爆豪はギリッと奥歯を噛みしめながらも、目に浮かぶ氷華のふわっとした表情に溜飲を下げた。
『外見ろ。窓からでいい』
「うん? なぁに」
『いいから見りゃわかる』
何だろうと思いつつ、爆豪の言われた通り窓を開けると、明かりが見えた。庭に誰かがいると思ったと同時に、それが誰か分かり、氷華は驚いた声を上げた。
「えっ! 勝己くん来てたの!? すぐ行くっ」
『バッカ! 家ん中でも夜に外出たりすんじゃねえ! 俺が行くからいい子で待ってろ!』
「はぁーい!」
素直に頷いた氷華に爆豪はいいお返事だなァと思いつつ、通話をしながら家の中に入る。グレイズからは予め許可をもらっていたようで、屋敷の使用人たちも心得たように爆豪をもてなした。
そうして氷華の部屋の扉からノック音が響くと、氷華が熱烈に出迎える。「勝己くん!」と飛びつくように抱き着いてきた氷華を慣れたように受け止め、爆豪は口を開いた。
「ったく、人がせっかく最高のプロポーズ決めてやろうって前々から入念に準備してたのによォ……おまえときたら……ちっとも待てねえなァ?」
そういう割に爆豪の表情はどこか緩んでいて、むにっと頬を抓んだその力も優しいものだった。
「だって、早くお嫁さんになりたかったんだもの……」
「わーっとる。だからこうして婚姻届持って来たんだろうが」
「! 婚姻届!? 持って来てくれたの!?」
「ったりめーだ。これがねえと結婚出来ねえかンな」
ぴらっと見せたその紙に氷華が感嘆の声をあげる。もう一度ぎゅうっと抱き着いてきた氷華の背を爆豪は抱きしめ返した。
「おら、さっさと記入しろ。そんでそのまま役所に出し行くぞ」
「うんっ、うんっ」
婚姻届にはとっくに爆豪は記入済みで、グレイズが未成年である氷華の婚姻に同意する旨も記載されてあった。もう氷華が書けば完成する婚姻届に緊張してか、万年筆を持つ氷華の手は微妙に震えていた。
「はわぁ〜……緊張して上手く書けない……間違えたらどうしよう」
「弱気か。さっきまでの押しどこやりやがった」
「それとこれとは別なの〜!」
そんなことをいいながらも、一字一字丁寧に心を込めて書いたそれは、失敗せず無事に完成した。
その仕上がりに爆豪は満足げに頷くと、氷華を外出着に着替えさせ、市役所へと車を走らせた。
「はぁ……ドキドキする。本当に勝己くんのお嫁さんになるんだ……」
「嫌なんかよ」
「そんなわけないよ〜! むしろ逆……嬉しくて今も夢みたい……夢じゃないよね?」
運転する爆豪の方へ伺うような視線を向ける氷華に、爆豪はそのまま前を見ながら答える。
「夢であってたまるかよ。こちとらおまえに振り回されっぱなしなんだわ。責任取ってもらわねえと割に合わねえ」
「一生じゃなくて来世もだったね?」
「そうだ。今度は同い年に生まれろ。絶対だぞ」
「ふふっ、はぁい」
爆豪の何度目かもわからない来世の同じ年への約束に氷華はふふっと笑う。夢ではないのだとそう実感しながら。
役所につくと、時間外窓口に婚姻届を提出し、不備がないか確認されるのをドキドキしながら待っていると、それは恙なく受理された。こうして名実ともに夫婦になった二人は数時間後ネットニュースに載り、トレンドを独占することになる。
その帰りに車に乗り込むや否や、氷華は爆豪に頭を引き寄せられ、その唇が彼のそれと重ねられるのを呆然と受け取っていた。
雪の結晶が煌めくその瞳を爆豪はじっと見つめて、暫くして離れる。
「……もう、俺らの間に邪魔な法はねえ。これからは俺のターンだわ」
「……え……あ……」
「完璧な結婚記念日と誕生日にしてやるから覚悟しろや。氷華チャン」
雪のように白い肌が桃色に染まったのは必然で、氷華はあわあわと口をもごつかせ、両手で顔を覆うと小さく頷くのがやっとだったという。
この日を誰より待ち望んでいたのは、ひょっとしたら氷華ではなく彼だったのかもしれないと、後に爆豪と親しい者は語ったという。
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