チアァ……


騎馬戦が終わって昼休憩。リカバリーガールに丁寧に羽についたボンドを落としてもらい、真っ白な自慢のふわふわの羽を取り戻したイブは食堂でいつものように苺と生クリームのサンドイッチを頼んでいた。苺と生クリームなのにご飯で、ご飯なのに苺と生クリームなのだ。こんなにおいしいランチはなかった。
今日は八百万と耳郎に誘われて一緒に食べることにした。八百万はいつも高級そうなお弁当だったりで食堂利用とは珍しい。イブはいつも食堂なので一緒に食べれて嬉しかったのだ。


「イブずいぶん可愛いの食べるね。似合ってるけど」
「これねぇ、すごいんだよ。いちごとホイップなのにご飯で、ご飯なのにいちごとホイップなの!」
「はわ……かわいい……」
「ねぇ、見た目もかわいいよねー」
「(ヤオモモの可愛いはあんただっつーの)ま、幸せそうで何よりかな」

たまたまイブたちの会話を聞いていた物間が頼むものは可愛いなと耳ざとく会話をチェックしていた。可愛いと素直に思ってしまったことにまた情緒がおかしくなり、急に壊れた物間に回原たちが慌てた。情緒不安定である。
そんなことはいざ知らず、イブたちは席を探していると上鳴と峰田に呼び止められた。


「午後は女子全員ああやって応援合戦しなきゃいけねえんだって!」
「ええっ、あの格好するの……? イブ恥ずかしいな……」
「聞いてないけど……」
「信じねぇのも勝手だけどよ……相澤先生からの言伝だからな」

イブの食欲が一気に減退してしまった。でも苺と生クリームに罪はないのだ。ぺろっとパンを剥がしてフォークで生クリームと苺だけ食べ始めたイブに八百万が注意した。お行儀が大変悪い。いつもはちゃんとパンと一緒に食べるのだが食欲が減退した今苺と生クリームしかイブは受け付けなかった。


「やだ……これだけたべる……」
「まぁ! イブさんそんなにチアガールの衣装が嫌なのです?」
「とってもいや……」
「イブ注目されるの嫌だもんね」
「うん。目立ちたくない……」

目立たないのはどうあがいても無理である。あまりに人目を引きすぎる。一目で天使とわかる異形型であるし、お顔がパーフェクトすぎるのだ。胸元は精神年齢と比例しているが、それでもどこにいてもイブがどこにいるかわかるくらいイブは目立ってしまっていた。
今もお行儀悪く食べようとしているイブを見た物間が「やっぱり子供じゃないか!!」と荒ぶっていた。


「イブさん、その……私がお創りしても着る気はおきませんか?」
「百ちゃんが……?」
「ええ。皆さんの分を私が個性で創りますわ。みんなでおそろいにしましょう。いかがでしょう?」
「それいいじゃん。正直ウチもいやだけどさ、A組女子全員でやるんだったらまぁいいかなぁって思うよ」
「おそろい……みんなと…………イブもやる」

目立ちたくないという気持ちより大好きなみんなとおそろいというのが効いた。あと八百万ブランドである。大好きなお友達が創ってくれたおそろいの衣装でやるならいいかなと天秤が傾いたのだった。
それにほっとして、八百万が「お行儀よく食べましょうね」とイブが崩したサンドイッチの造形をもとに戻して差し出した。今度はイブもおりこうさんに食べ始めたのだった。
またも見ていた物間が「いや母娘かな!?」とツッコミを入れたのは知らない。







「最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……ん? アリャ?」
「なーにやってんだ……?」
「どーしたA組!!?」
「峰田さん上鳴さん!! 騙しましたわね!?」

相澤からの言伝というのは真っ赤な噓であった。女子がチア服を着て応援合戦なんてなかったのだ。騙されたA組の女子たちだけがチア服を着て注目を集めていた。


「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私……」
「アホだろあいつら……」
「まァ本戦まで時間空くし張り詰めててもシンドイしさ……いいんじゃない!!? やったろ!!」
「透ちゃん好きね」
「うがっ! イブちゃんが……死んどる……!!」
「! イブさんごめんなさい、私まんまと乗せられて……!!」
「ウ、ウンショウガナイヨ」

その瞬間フラッシュがたかれた。何やらイブを執拗に撮る者がいた。それに気づいた八百万がさっさとマントを創造しイブをくるんでやった。


「信じられませんわ! プロの方でもこのようなことをなさるだなんて……!」
「そうだそうだー! そういうのはいけないんだよ! 見るだけにしてよね!」
「見すぎも困るけどね」

イブはその個性故に狙われ続けてきたが、その容姿にも大変価値があった。気分は見世物小屋の商品である。八百万たちはイブが目立つのを嫌がっていた理由を察した。こんな扱いをされればそりゃ嫌になって当然である。
やはり気になってイブを見ていた物間はその所業にブチギレていたし、過保護代表の切島も飛び出そうとしたのを必死で周りが抑えていた。峰田と上鳴はほんの出来心のつもりだったが大変なことになり物凄く反省したのだった。

その後本戦トーナメントのくじ引きが行われた。心操チームだった尾白と庄田が棄権し、繰り上がりで鉄哲と塩崎が上がった以外は特に変動はなかった。イブは一回戦青山とだった。

レクリエーションを楽しむ気分にならなかったイブは大人しく座席に座っていた。その時峰田と上鳴が「ごめんなあああ!!」とすごい勢いで謝ってきたのを「気にしないで。大丈夫」と答えるも「もっと灸を据えたがいい」と切島が割って入り、それぞれ一発ずつ拳を入れた。「これに懲りたらもう妙なことすんなよ」と釘を刺す。治してやろうとしたイブを二人は止め、漢らしく傷を受け入れたのだった。







「……なんでよりによってこのお題なのかなァ」

レクリエーションの借り物競争に参加していた物間のお題は「可愛い人」だった。一番ともなんとも書かれていないのだから目についた可愛い子に声をかければいい話なのに、物間の頭の中にはたった一人しか思い浮かばなかったのだ。というか他のどんな子を見てももう可愛いと言った一般論さえ感じなくなってしまったのだ。重症である。


「……僕は認めないぞ……」

チア服を着て一部から見世物にされているイブを見たら怒りが湧いてしょうがなかった。そんな扱いをしていい人ではないとすぐ上着を着せて好奇の視線から庇ってやりたくなった。クリーム脳だとわかっていてもそう動こうとしてしまった自分が恥ずかしくて、「捻くれ者」のお題を持ってきた拳藤に問答無用で大拳でゴールに連行されるまで、やっぱり認めないと一人意地を張っていたのだった。


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