天廻イブ:オリジン


「イブが爆豪と当たるなんて……ウチ今から心配で仕方ないよ……」
「爆豪さん、容赦ないでしょうし……」
「イブちゃんの個性警戒しとるみたいやし、痛いのくるやろな……」
「そうね。でもイブちゃんは意外と平気みたい。むしろ――」
「なんかはしゃいでるね!?」

準決勝試合爆豪とイブが当たることになった試合は、意外にもイブが大はしゃぎだった。かっちゃんが好きすぎる。騎馬戦を経て爆豪への好感度が上がりに上がっていた。その様子に余計な心配だったかもしれないと女子たちが安堵したのもつかの間、いざ試合が始まるとそれは一転してしまうのだった。







「このっ!! ちょこまかとうぜェんだよ!! 当たれやクソがっ!!!」
「わーー!! かっちゃん! かっちゃん怖いよ!! 当たったらイブ怪我じゃすまないよおおお!!」

案の定泣きべそをかきながらイブは逃げ回っていた。爆豪も爆破で上昇しながら迫り、至近距離で撃たれる派手な爆発にイブは大層怯えていた。正直第一種目の地雷とか上鳴が見せてくれた電撃よりずっと怖い。
逃げるだけのイブに対して爆豪は苛立ったように言葉を荒げた。


「おめー!! いい加減にしろよ!! ここに立ってる以上はお前も全力で来いや!! 出来ねぇとは言わせねェ!! お前は出来るんだろうが!! やれ!!」
「かっちゃんが怒ってるうう!」
「何のためのチート個性だ!! 使えや!!! クソッ!!」
「かっちゃんがちーと? ズルっていったのにいいい」

その瞬間イブの背中に爆破が炸裂した。悲鳴を上げて落ちるイブに周りが騒然となる。あまりに容赦がない。イブの個性は大変希少なものだが攻撃手段というものを見せていないため、イブは正直非戦闘員にしか見えない。その相手にも容赦なく爆破を繰り出したことで一部でブーイングが起きていた。


「可哀そうに……泣いて逃げる相手にも容赦ねぇか」
「激レア個性の天使だぞ……てか騎馬戦でチーム組んでたよな。情ってもんがねぇのか……」
「試合とはいえこれは……いやでも、あの子もここまで勝ち上がってる。勝ち方は大分特殊だったが……なにかあるのかもしれない」

イブが弱いばかりに爆豪が責められている。イブだってなんでここに自分がいるのかわからない。他人ひとの役に立つのが好きだ。イブは弱くて頭も悪くて、何も一人じゃできないけど。役に立てたらとても嬉しい。イブがたくさん周りにお世話になっている分、イブも周りに返したかったのだ。なのにイブがこんなだから爆豪が責められてる。何も悪いことしてないのに。イブが弱虫だから爆豪が悪者にされているのだ。


「かっちゃんのこと……悪く言わないでよおおおっ」
「はぁ……天廻。みっともなく泣くのはやめろ。泣いても何も変わらない。変えたいなら自分を変えなさい。お前がそう・・である以上状況はこれから先もずっと変わらない」
「あいざわせんせー……」
「自覚を持って挑め。自分はヒーローになるチャンスをここにいる沢山の者たちから勝ち取った人間だと。甘えは許さん、それはここに立てなかった者たちへの侮辱に等しい」

イブは侮辱という言葉を飯田から教えてもらったのを思い出す。バカにする。ここに立ちたくてでも立てなかった人たちをバカにしているということ。イブはそれに大変衝撃を受けた。ここに立って、でも泣いてるだけのイブはたくさんの人たちに無意識ながらひどいことをしていたのだ。


「お前……ヒーローになる気あんのか!? なりたくねぇならもうとっとと消えろ!!」
「かっちゃん……」

爆豪にも厳しい声を掛けられ、イブはクリーム脳なりに必死に考えた。
正直イブに戦う手段などなかった。戦ってこなかったからだ。イブはいつだって救けてと願うだけだった。ヒーローになりたいとか、なりたくないとかよくわからない。イブの大好きな火伊那おねーちゃんはイブにヒーローになってはダメだと言った。でもイブが生きていくには個性を使えるようになるしかなくて、そのためにヒーロー免許が必要で、ヒーロー科に入らせてもらって……でもA組のみんなが大好きで、傷ついてほしくなくて、みんなが怪我したらイブが治してあげるんだと思ってる。


「お前が治さなくたって、リカバリーガールがいる。病院だってある。別におめーがいなくても特に困んねェ。それでもお前はヒーローになりたいンか」
「イブは……」
「なんで迷ってンだ! おめーもあるんじゃねェのか! 自分がヒーローになるって決めた瞬間が!! 思い出せ・・・・!! このクソクリームがっ!!」

目の前で散った爆豪の爆破が出した火花にイブは何か導かれるように遠い昔の記憶を思い出していた。
忘れていた記憶。いや……忘れてしまいたかった記憶。大好きな火伊那おねーちゃんが目に見えない傷を負って苦しんでいた記憶。イブが癒せなかった傷。


「かいなおねーちゃん! またけがしてるー!」
「え? どこも怪我してないぞ?」
「けがしてるよー!! イブがなおしてあげるー!!」
「? おー。ありがとな」
「かいなおねーちゃんのおけがはぜーんぶイブがなおすんだー! イブがおねーちゃんのヒーローになるの! おねーちゃん、いたいのいたいのとんでいけ〜」
「……もう治ったぞー! イブはほんとに優しい子だね。素直で優しくて、可愛くてきれいなイブがお姉ちゃんは大好きだぞー!」
「イブもかいなおねーちゃんがだいすきー!」


イブ治したかった。そうだ、イブはたしか……何かに苦しんでいる火伊那おねーちゃんの傷をずっと治してあげたくてヒーローになりたいって言ってたんだ。イブがヒーローになりたいと思った原点オリジン。どうして忘れてたんだろう。イブは確かに、ヒーローになりたいと願ってたのに。


「かいな……おねーちゃん……」
「――で、どーするよ? ヒーローになるの諦めっか!?」
「……あきら、めないっ! みんなの傷は……イブが治してあげるんだ……どんな傷だって、イブが治すんだもん……! イブも……イブもヒーローになるんだ……!!」
「ったく……クリーム脳が(……おめーがヒーローになりたいと思ってることなんて知ってるわ。じゃなきゃ治すことにも救けることにもそこまでこだわらねぇもんなぁ)」

お願いの規模にイブの意志が左右されることは見抜いていた。USJで雑魚敵を眠らせた願い事が他のゾーンにまで及んだのはイブのみんなを救けたいという強い意志があったからだ。
そして体育祭、イブは競技そっちのけで治したり救けたりして回っていた。お節介にもほどがあるがただのお人よしで出来ることでもなかった。イブは誰より救けることにこだわっている。そんな人間がヒーロー志望でないはずがないのだと爆豪は誰よりも先に見抜いていた。だから他の者がイブを庇護対象として守る中、爆豪だけはイブに何かをやらせ続けてきたのだった。

爆豪勝己は知っている、原点を持っている人間の底力を。跳ねの良い踏み台になったイブに対し、爆豪は容赦なくねじ伏せにかかるのだった。


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