イブのコードネームは……


体育祭明けの登校日、オリンピックに代わる祭典とだけあってみんな登校中に大注目されたらしい。イブはみんなからその様子を聞きながら密かにイブのお家ここでよかったぁと思うのだった。相変わらず注目されるのが苦手である。
イブは飯田が登校してくると、真っ先に声をかけに行った。体育祭のときお兄さんが敵にやられたと聞いて心配していたのだ。けれど飯田から返ってきた返事はは大丈夫、心配無用だというもので、でもイブはその顔に覚えがあったのだ。大丈夫じゃないのに大丈夫だというその顔。火伊那おねーちゃんもそうだったから、イブは踏み込んでしまった。


「イブ……いーだくんの力になりたいよ……」
「イブくん……」
「イブにできることあったらなんでも言ってね。イブたくさんがんばるよ」
「…………ありがとう。けど、大丈夫だ」

やっぱり踏み込ませてはくれなかった。見えない線が引かれた。イブはそれを悲しく思いながらもそれでも何か力になりたいと思うのだった。

一方飯田も葛藤していた。イブがなんでも言ってねと言ってくれた時、一瞬イブのお願い……奇跡を願おうとした。兄をヒーローが出来る身体に戻してくれと縋りたい気持ちだった。正直イブのお願いがどの程度の奇跡を起こせるのかはわからない。けれど敵に幾度どなく狙われ続けたその力に希望を感じてしまった。でもそれはあってはならないことだともわかっていた。友人の厚意を利用するようなものだ。その願いは敵がイブを狙うことと同じことだ。自分を慕ってくれているイブを思うと、一瞬でもそう願おうとしたことがとても恥ずかしかった。







「今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ。コードネーム、ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」
「というのも先日話した「プロからのドラフト指名」に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から……つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「大人は勝手だ!」
「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
「そ。で、その指名の集計結果がこうだ。例年はもっとバラけるんだが三人に注目が偏った」
「……ふぇ!? イブが一番!!?」

偏りに偏った集計結果だった。三人だけ一つ桁が違う。その中でも一番指名数が多かったのはイブだった。爆豪と轟も順位と指名数は逆転していたが、イブは3位である。それにヒーローに欠かせない戦闘技術においてイブはてんでダメだったにもかかわらず指名数1位である。本人が一番の驚きようだったが、クラスメイトたちはそこまで騒いでいなかった。


「イブの個性すげぇもんなぁ……治癒ってだけで激レアだし。相棒にいたら心強いもんな!」
「そうそう、それにうちじゃ完全マスコット的扱いだけどさ、イブ相当可愛いし。メディアに力入れてるヒーローもほっとかないでしょ」
「なー。おまけに競技そっちのけで救けちゃう根っからのヒーロー気質だしぃ?」
「たくさんのヒーローがイブをちゃんと見ててくれたんだな……! なんか俺めちゃくちゃ嬉しい!」
「はわわ……! みんないっぱいほめてくれるからなんかくすぐったい……!!」
「照れたかわいいー!」

わいのわいのと肯定的な意見が飛び交う中、爆豪は神妙な顔をしていた。
確かにみんなが言ってるものを目当てに指名したヒーローたちも多いだろうが、それでもイブのチート目当てに指名したヒーローもそれ以上にいるというのが爆豪の見解だった。ヒーロー飽和社会。その中にヒーローとは名ばかりの私欲を満たそうという輩がいるのも聡い爆豪は理解していたのだ。この指名を基に職場体験に行かないといけないことを考えると変なとこ行くんじゃねぇぞという気持ちであった。







「思ってたよりずっとスムーズ! 残っているのは再考の爆豪くんと……飯田くん、天廻さん、そして緑谷くんね」
「う〜ん……なんも思いつかない〜! もうみんなでイブのつけて!」
「やっぱイブの個性天使だし。エンジェルヒーローとかキュアヒーローだよね」
「キュアってプリキュアみたい! えーっとたしかヒーリンなんとかってあったよね!」
「じゃあこれなんてどう? エンジェリング! イブちゃん輪っかもあるし!」
「いいじゃんいいじゃん! キュアヒーローエンジェリング! イブどう!?」
「はなまる! イブそれにする! キュアヒーローエンジェリング!」

こうしてイブのヒーロー名も無事に決まった。飯田は何か悩んでいた様子を見せたが、それでも結局轟と同じように名前で提出したのだった。
イブに続くようにヒーロー名を出した緑谷に一同が驚いた。だってそれは爆豪がつけた蔑称「デク」だったからだ。


「えぇ緑谷いいのかそれェ!?」
「うん。今まで好きじゃなかった。けどある人に意味を変えられて……僕にはけっこうな衝撃で……嬉しかったんだ。これが僕のヒーロー名です」
「イブもいいと思うよ! デクくんのデクってなんか言いやすくていいよね!」

本当は親しみやすいと言いたかったのだがイブに親しみなんて言葉は難しかった。
その後爆豪も色々提案するもことごとく却下され、とりあえず保留という形になったのだった。







「うーん……みんなどんなヒーローかわからないなぁ……ねぇデクくん、イブどこに行けばいい?」
「ええっ! そういうことはちゃんと自分で考えた方がいいんじゃないかな? あ、でもどんなヒーローかわかんないんだよね。僕が教えるよ」
「ありがとー!」
「……あれ!? これってホークス!!? すごいよイブちゃん!! NO.3から指名来てる!!」
「? すごい人なの?」
「それはもう! それにホークスの個性って剛翼っていって大きな翼をもっててね、その一枚一枚の羽をコントロールできるんだ。スピードもさることながらパワーも相当なものなんだよ。しかも18歳でデビューしてその年の下半期にはビルボードチャートトップ10入りを果たしてて10代でトップ10に食い込んだ唯一のヒーローなんだ! 世間では彼のことを速すぎる男って呼ぶくらいの――」
「?? つまりイブこのホークスって人のところいけばいいの?」
「決めるのはイブちゃんだけど、この中じゃ一番有名な人でイブちゃんも羽があるから学べることはあるんじゃないかな?」
「じゃあここにいくー! デクくんありがとー!」

軽いノリで決めたイブに対し緑谷は「どういたしまして」と苦笑する。
イブは保護されているということもあっててっきり職場体験には行けないと思っていたのだが、相澤がヒーローになるには現場を経験するのは大事なことだとGOサインを出してくれたのだ。雄英の広大な敷地内の中にはイブが退屈しないようにと校長の厚意で昔作ってもらったテーマパークもどきもある。必要なものも手が空いた先生の誰かが買ってきてくれる。特に不自由はないが雄英から出るのは実に数年ぶりのことであったため浮足立っていたのだった。


戻る top