個性は天使


天使とはキリスト教で天の使いとして人間界に遣わされ神の心を人間に、人間の願いを神に伝えるもの。比喩的にやさしくいたわりぶかい人。きよらかな人。であるが、天使エンジェルの個性をその身に宿した天廻イブは容姿こそ天使というに相応しい際立ったものを持っていたが、その頭の中は大層残念なものだった。まるで脳みその代わりにクリームでも詰まっているかのような壊滅的に脳内お花畑なメルヘン少女だったのだ。

その希少な個性と際立った容姿から幼い頃からヴィラン犯罪に巻き込まれてきた彼女は数多くのプロヒーローと知り合いになるほどだった。中学三年生、受験生になったイブも相変わらずで、いろんなことを危ぶまれ、考慮され、そしてその天使という珍しい個性を保護、解明、そして行使するためにもイブは超有名名門校雄英高校ヒーロー科に特例という形で入学を果たすのだった。


「あ、あいざわせんせ〜! イブこれわかんな〜い」
「泣きべそかくんじゃない。おまえはただでさえ学力が足りてない。入学までに偏差値上げないとまず授業についていけないぞ。ほら休むな、今日はこれわかるまで帰らせないからな」
「わぁああんっっ! わかんないよおおっ」

だがしかし壊滅的に成績が悪かったためイブは入学までの間超スパルタ教育を受けていた。
雄英の先生方ももれなくイブがお世話になったヒーローたちであり、小さい頃からちらほらよくない形で面識があったため、イブについ甘くしがちな教師も多い中、アングラ系ヒーローとして活動していた相澤との面識はほぼなかった。そのこともあってイブは相澤のクラスA組に配属される予定だった。
担任の責務としてイブを容赦なく鍛え上げる相澤に様子を見に来たプレゼント・マイクやミッドナイトが思わず同情した。イレイザーヘッドは容赦ないのだ。

それにこれは勉強をさせる過程でわかったことなのだが、イブの個性はイブの願いに反応するというものである。勉強を嫌がるイブが無意識で個性を使っているようで他の教師だと急用が入ったり具合が悪くなったりして勉強をやめるといったことが続いた。イブの天使という個性は異形型に入るが、それでも願いを叶えるというものはイブの頭上に光り輝く天使の輪っかを見てさえいれば発動しないことが判明したのだ。
故に相澤が教師である以上イブは勉強から逃げることができず、ちょっとずつだが学力を上げることに成功していた。けれども雄英の偏差値には遠く及ばず、入学してからもスパルタ教育からは逃げられなかった。







「ほらイブ、もたもたしない! ちゃっちゃと行くよ」
「は、は〜い!」

イブは雄英のヒーロー科一般入試の日、リカバリーガールに助手として駆り出されていた。何を隠そうイブが普通科でもなくヒーロー科に配属された所以である。
大変目立つ容姿のイブは入試会場で早くも注目を集めていた。シンプルに見たまんま天使と思う人間もいれば、並外れた美貌に見惚れる者もいた。リカバリーガールは怪我をした者の度合いを見ると、イブに任せたり自分で治癒してやったりと判断していた。


「ふむ……軽い捻挫だね。イブ、治してやんな」
「えっと……痛いの痛いのとんでけ〜!」

子供におまじないをするようにイブが手をかざして飛んでいくように手を振ると眩しい光が広がる。それがやむと捻挫が直っていた。


「すっげぇ! 治ってるありがとう!」
「どういたしましてー」
「なぁ、名前――」
「ほらイブ次行くよ。もたもたしてると置いていくからね!」
「まってまって! リカバリーガールまって〜!」

治療するのはいいが虫が寄ってしょうがなかった。リカバリーガールはわざとイブを急かし、イブを密かに守っていたのだった。なにせクリーム脳なので悪い男にころっと騙されそうで心配でしょうがないのだ。






「はいお疲れ様〜お疲れ様〜〜お疲れ様〜〜ハイハイハリボーだよ。ハリボーをお食べ」
「それイブもほしいな。お腹すいちゃった」
「あんたはまだ仕事残ってるでしょ! 終わったらあげるからちょっと我慢しな!」
「わ〜〜んっ! まだあるの〜〜!」
「ほらちょうど目の前にいるでしょ」
「目の前? わぁ! どうしたのその怪我! すっごく痛そう!」

イブが見たのは緑谷だった。何をどうしてこうなったのか、右腕がものすごく痛そうなことになっている。あまりに痛そうで見ていただけのイブが涙目になるほどだった。


「自身の個性≠ナこうも傷つくかい……まるで身体と個性≠ェ馴染んでないみたいじゃないか。……イブ、治しておやり」
「ええっ! イブがやるの!? こんなに痛そうなのに!?」
「このおバカ、痛いからだよ。すでにボロボロなんだ、あんたがやってあげなさい」
「ううっ、わかったよぉ〜」

泣きべそかきながら緑谷に「失敗したらごめんね」と言っているイブに「不安にさせない!」とリカバリーガールにぴしゃりと叱られる。「ごめんなさ〜い!」と言いながら緑谷の腕に手をかざしイブは祈りをささげた。


「綺麗に治りますよ〜にっ」

そうして眩しい光が降り注ぐ。青山が「ものすごいキラメキ!」と顔を輝かせていた。
みるみるうちに治っていき、緑谷が顔を上げる。そこで初めて見たイブの顔に緑谷は真っ赤になってしまった。クソナードである。


「気がついた? なんかすごい怪我だったね〜多分治ってると思うんだけどどうかな〜?」
「(羽……輪っか……本物の天使だ!!?)」
「聞いてる? あれリカバリーガールぅ! この人耳も怪我してるのかも。どうしよう?」
「怪我してるなら治してやんな! 当たり前の事聞かない!」
「ひゃいっ」
「あっいやそのごめんっ! 君天使の輪っかみたいなのあるし羽もあるし本物の天使だと思ってそれで驚いたって言うかなんていうかぼーっとしてしまってだからその」
「わぁすごい早口。イブ何言ってるのかわかんないや」
「ごめんっつまり大丈夫ってこと!」
「大丈夫ならよかったぁ」

近くでぐったりしている女の子を見つけてリカバリーガールに怒られる前に行動することにする。「じゃあイブあの女の子治しに行くからまたね」「あっありがとう!」ちゃんと治っているようで何よりである。
女の子は具合が悪いのかリバースして気を失う寸前だった。「もう大丈夫だよ〜」と気の抜ける声で治癒していく。元気を取り戻した女の子が「ありがとう! お見苦しいところを見せてしまった」と恥ずかしそうにしていた。イブもイブで「イブもね。あいざわせんせーとお勉強してるときはしかばねなんだよ。おそろいだねー」なんて言い出す。イブなりの気にしなくていいよということだと受け取り、お互い名乗ってありがとうとまた会えたらいいねとお別れをした。







「よしこれでとりあえず終わりだね。イブにしては頑張ったじゃないか。ほらハリボーあげよう」
「やったぁ〜! もうねイブねお腹ペコペコ! 個性使ってるときお腹ならないかな? って心配しちゃった」
「はいはい。今日は頑張ったからお勉強はお休みだよ」
「ほんとう!? ねーそれどっきりじゃない? あいざわせんせーのごーりてききょぎじゃない?」
「これのどこが合理的虚偽なのさ。本当だからあんたはまた明日からお勉強頑張りなさいね」
「はぁ〜い」

もらったハリボーを齧ってイブはさっそく明日が憂鬱になるのだった。


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