脳みその代わりにクリームを


緑谷たちに代わり、爆豪に切島と共に勉強を教えてもらっているイブだが、勉強は難航していた。爆豪自身が勉強に苦労したことがなかったため、わからないということがわからなかったのだ。
実に斬新な方法で教えられて切島共々わからない地獄に陥っていた。


「かっちゃん……わかんない……」
「んでわかんねェンだよ。ここはこの公式当てはめてガーッと計算すんだよ」
「がーっと……わかんない」
「あ? こっち先にバーッと計算して、そっからそこガーッと計算すりゃわかるだろ」
「どうやって計算するのぉ……!」
「足したり引いたりすりゃでるだろうが!」

実に男らしい教え方だった。ぴぃぴぃ泣くイブに切島が内心でわかる、わかるぞイブ! その気持ちわかるぞ! と同意した。答えの出し方が分からない。計算の仕方がわからない。記憶の問題以前の話だった。


「爆豪、頼むから俺たちの頭のレベルまで一旦落として考えてくれ……!」
「そうだよかっちゃん、イブでもわかるようにお話して……」
「んだよ……まさかお前ら、九九から教えろってのか……!?」
「九九くらいわかるわ!!」
「イブも九九はできるよ。入学前にものすごく教えられたの」
「……逆に言やお前入学するまで九九怪しかったのかよ……クリーム脳にもほどあんだろ」
「そのクリーム脳?? にもわかるように教えて! かっちゃんならできるでしょー!」
「ああ゛? ったく、しょうがねーな」

クリーム脳にもわかる数学の始まりである。緑谷たちがお手上げだったというのがものすごく爆豪のやる気を上げた。正直緑谷たちの教え方の方がずっとイブのためになっていたが、それを言うものはここにはいなかった。
一旦クリーム脳にまで頭のレベルを落として教えなければならないというのが爆豪にとってだいぶ難しかったが、少しずつ教え方は上手くなっていた。才能マンである。


「イブ、これはわかるか」
「うん、わかる」
「じゃあこれがこう展開すんのは」
「わかんない」
「んでわかんねぇんだよ。これはここがこうなるからこうだろうが」
「……う?」
「だから! ここが! こうなって!! こうなる!!」
「……あー!」

やっと解けた。クリーム脳にわかるんだから切島もわかった。完全に理解した。イブのレベルに合わせるというのは名案で二人は着実に力をつけていた。爆豪は呆れかえっていたが。わからないということがわからないが、イブがどこまで何を理解しているのかを把握するというのは大事なことであった。
そして今日はここまでにしようとお開きになる。当然イブは部屋に戻ってもお勉強である。習ったことを忘れないために復習するのだ。

だがしかし、最適解スパルタ爆豪に教わっているにも関わらず、イブの知識はまたしても古いものからすっぽ抜けていた。







「――おいお前、舐めとんか」
「ぴっ……なめてない、なめてないよかっちゃん……!」
「じゃあなんで初日にやったこと丸っと忘れとんだ! おかしいだろうが!」
「イブもわかんないよ〜! ちゃんと復習してるのに記憶がなんか抜けていってるんだもんんっ!」
「ああ゛!? んな短時間で抜けるわけ……」
「ほんとだよぉ〜! みんなから教わってるのにっ、イブも合宿行きたいのにっ、なんかどんどん抜けていくんだもんんっ」
「おおっ、イブが頑張ってるのはちゃんとわかってるよ。爆豪、お前もそれはわかってるだろ? イブは俺たちの言うことちゃんと聞いてるし真面目に取り組んでる。ノートだってほら、復習した跡しっかり残ってるだろ?」

切島の言うとおりだった。解散した後もよほど復習したのだろう相当なページ数が毎日消化されていた。にもかかわらず知識が古いものから抜けていく。けれど叩き込まれたという九九は覚えているし、日常会話も古いものでもちゃんと覚えている。妙なそれに爆豪は一つの仮説を立てた。


「お前、九九は誰から教わった」
「あいざわせんせー。他の先生も教えてくれたんだけど、なかなか覚えられなくて……」
「お前が覚えてる知識、相澤先生に教えてもらったやつか」
「あー……? うん、たぶん? そうかもしれない。あいざわせんせーがずっと教えてくれてたの」
「……お前もしかして……先生に個性使われたりしたか?」
「わーすごい! なんでわかったの!? イブねぇ、お勉強いやでね、いやだなーって思うと先生たちに用事ができて終わったんだよ。でもあいざわせんせーが個性つかってね、それからは逃げられなくなっちゃった!」
「……なるほどな」
「え? どういうことだ?」
「こいつのクリーム脳、こいつの個性の影響ってやつだ。おそらく常時発動型のな」
「え……ええええ!!? イブそれ大丈夫なのか!?」
「? よくわかんない」
「チートにもそれなりのリスクあるだろうと思ってたが……こういう形で出るとはな」

爆豪と切島が深刻そうな雰囲気を出すのとは逆にイブはまったく事態を把握していなかった。
チートの願い事だったり、その代償は何で賄われているかに触れた瞬間であった。クリーム脳クリーム脳といったが、それがチートの代償だと考えると迂闊に口にできない。爆豪はダメ押しのように続けた。


「お前の両親、どんな個性だ」
「りょうしん……しらない」
「……無個性か?」
「わかんない、イブ、会ったことない」

今度こそ絶句した。確かに授業参観もイブの親は来てなかったが、雄英に保護されているくらいだから迂闊に出歩けない感じだとは思っていたが、会ったことないときた。頭が痛い話であったが、質問した手前爆豪はこの際だからと踏み込んでいった。


「お前、孤児かなんかか」
「ちょ、爆豪……!」
「触れねぇ方が気遣ってますって感じで気持ち悪いだろうが」
「だけど、デリケートな話題だぜ!?」
「大丈夫だよ、イブもよくわかんないんだけど、イブの個性見るからに天使って感じだったから、生まれてすぐ親と引き離されたみたいなんだよね」
「それって……いいのかそれ、親納得してねぇんじゃ」
「そうかな……でもイブ、一度も会ったことないし、お手紙ももらったことないよ」
「……悪ぃ」
「なんで謝るの? イブ平気だよ。イブにはおねーちゃんがいたし、先生たちもよくしてくれるし、みんなもいる」
「……そっか」

イブのクラスメイトたちへの大きすぎる信頼の理由に触れた気がした。きっとイブは家族に似た親愛の情を始めて深く接するクラスメイトたちに向けているのだ。それだけ他人と接してこなかった、おそらく親と引き離された先でも特殊な環境下にいたと思われる。それを考えればこの幼さにも、親愛の情にも合点がいった。


「とりあえず、お前勉強するときは先生にも見ててもらうぞ。抹消である程度はどうにかなるだろ」
「かっちゃん、まだイブに教えてくれるの……?」
「あ? ったりめーだろ。俺ァ一度引き受けたもんはやり通すんだよ。投げ出す奴は三下だわ!」
「爆豪……!」
「かっちゃん……! ありがとう! イブがんばるっ!」

そうして相澤に事情を説明するも新たなイブの個性事情の発見に相澤は「よく解明してくれた」と褒めると爆豪からも「別に」とそっけない返事がきた。
運命の期末試験が目前に迫っていた。イブの前に大きな試練が立ちふさがろうとしていた。


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