ちょっとだけ休憩


美味しいご飯を食べた後はお風呂だった。なんと温泉があるらしく、初めての温泉にイブは浮足立っていた。それにクラスメイトと一緒にお風呂に入るのもとっても新鮮。芦戸が前言ったように羽をブラッシングしてくれるらしく、イブはお風呂から上がった後も楽しみだった。


「う、うー……(シャワーどこ……)」
「はいイブちゃん。探してるのこれかしら」
「! ありがとーつゆちゃん! 流したかったのー!」
「ええ。そうだと思ったわ。でもイブちゃん……ちゃんと髪を洗えてないわよ」
「え……!?」
「これだと洗えてるのは表面だけね。よかったらだけど、私がイブちゃんの髪を洗ってもいいかしら?」
「! いいの? うれしー! 洗って洗って!」
「じゃあ失礼するわね」

泡が目に入らないようにきつく目を瞑って洗っていたが、そもそもちゃんと洗えていなかったということに衝撃を受けた。身だしなみには気を遣っていたけれど自分の不器用はあまりよくわかっていなかったのだ。蛙吹が代わりに洗ってくれるとイブはその丁寧な手つきに夢見心地になっていた。それに気づいた蛙吹がイブが寝てしまわないように話題を振る。


「イブちゃんの輪っか、これ触れないのね。びっくりしたわ」
「あーうん。なんかねーイブも触れないんだよねぇ。ふしぎだよね」
「光の塊なのね。いつも輝いてるからちょっと気になってたの。良い発見だったわ」
「ふふ、おどろいたー?」
「ええ、とっても。……さ、洗い流すわよ。目をつぶっててね」
「はーいっ」

それからトリートメントまでしてもらいイブの髪はつやつやであった。乾かすのがまた楽しみである。そして身体を洗い――これはちゃんとできた。まぁ当たり前である――いざ温泉デビューである。


「気持ちいいねえ」
「温泉あるなんてサイコーだわ」
「イブね、温泉初めて! あったかくてきもちぃ……!」
「おお……羽がふにゃんってなっとる! 気持ちいいんや……!」

存分に満喫していた。もうイブここに住むとまで言い出したときはみんな笑ってしまった。大層気に入ったようである。だがそんなリラックスタイムも長くは続かなかった。
にわかに騒がしくなる。すると性欲の権化、峰田が塀を登って女子風呂を覗こうとしていたのだった。けれど相澤に警戒するよう言われ、マンダレイから頼まれ予め待機してくれていた洸汰くんがそれを阻んでくれたのだった。


「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「なになに? みねたくんA組みんなと一緒に入りたかったの?」
「そんな純粋なもんじゃないよ」
「ありがと洸汰くーん!」
「わっ……あ……」
「わー! 洸汰くん落ちちゃう!」
「あ、イブ……!」
「お待ちになって!」
「わっ!」

洸汰が女子たちを見てしまい、思わずよろけて落ちるのを見たイブが飛んで救けようとしたのを八百万が抱き着いて止めた。なにせイブも素っ裸である。そのまま向こうに行こうとしたのだから焦ってしまった。イブはなんというか、個性の影響で知力に制限があるのを差し引いてもあまりに幼かった。男女の違いをあまり認識していないというか、幼子のまま育ったかのような感じである。
話を聞く感じわりと特殊な環境下で育てられたようなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それだけに目が離せなかった。


「緑谷ちゃんが洸汰くんを救けてくれたみたいね」
「よかった〜」
「ほっ……イブさん、救けようという姿勢はご立派ですが、あちらは男湯です。こちらに男性が来てはいけないように、あちらも女性が行ってはいけませんの」
「あ、そうだね……ごめんね」
「わかってくだされば十分ですわ。さ、ゆっくり温泉を楽しみましょう」
「たのしむ〜!」

それからのんびり温泉を楽しみなおし、上がると髪を八百万が乾かしてくれた。あまりに乾かすのも不器用で見ていられなかったのだ。ひそかに蛙吹がイブの髪を洗っているのをうらやましく思っていた。八百万愛用のお高いヘアオイルまで馴染まされ、イブの髪はいつもよりつやつやと輝いていた。それになんだかいい匂いまでする。もうルンルンであった。







「あれ? ものまくんだー! なに飲んでるの?」
「!!? ゲホゲホっ! 君ねぇ……! いきなり話しかけないでくれるかな!? しかも至近距離で……!」
「おどろかせちゃった? ごめんね。イブもなんかのみたいなーって来たんだけど、迷っててね。この前ものまくんがわけてくれたお料理おいしかったから、今度もおいしいののんでるのかなーって思ったんだぁ」
「……そうかい」

物間の心臓はバクバクだった。顔も熱い。なにせ好みドンピシャの顔がいきなり現れて話しかけてきたのだ。それになんだか無性にいい匂いがした。もうドキバクにもなるというもの。
それに寝間着であろう可愛いデザインのワンピースがこれがまた似合っていた。本当に容姿だけはドストライクである。


「……僕が飲んでるのはこれだよ。でも君は得意じゃないかもね。ちょっと炭酸が入ってるから」
「でもものまくんはおいしいんでしょ? じゃあイブもこれにしよー!」
「え、ちょっと待ちなって。飲めなかったらどうすんだい!?」
「うーん……誰かに飲んでもらう?」
「……君ねぇ……子供じゃないんだからそういうのはやめなって、だいたい君は――」
「あ、わかった。ものまくんひとくちちょーだいっ」

正直物間は何を言われたのか理解していなかった。なんというかとてもありえないことを聞いた気がしたので。なにも言わないのを肯定とでも受け取ったのか、イブが物間の手から一口飲んでしまった。


「……あ、これイブすきだよ。やっぱりものまくんが選ぶのおいしーね?」
「……」
「でも一本は多いかなぁ。……あ、そーだいい事思いついた」
「……」
「はい、これ。新しいのあげるからものまくんが飲んでたのイブにちょーだい。いーよね?」
「……は」
「じゃあねものまくん、おすすめありがとー!」

そう言ってしっかり物間に新しい同じジュースを持たせ、物間が飲んでいたものを取って去っていくイブが見えなくなると、ようやく事態を理解した物間が爆発した。







「君ねええええええ!!? ちょっとそれはないんじゃないかなあああああ!!?」
「うわっ! 何だよ物間、うるせぇぞ」
「静かにしろよー」
「僕は悪くない! 悪くないぞ!! 全部あの子が悪いんだあああああ!!」
「またかよ物間。あんま拗らせんなって」
「合宿来てまで虐めたりすんなよ」
「理不尽ッ!!!」

日頃の行いというやつである。悲しきかな、物間の味方はいないのであった。


「あれイブ珍しいの飲んでんねー?」
「そうなの。おすすめしてもらったんだぁ。おいしいよー」
「そっかーよかったねぇ」

一方イブは女子部屋で芦戸にブラッシングしてもらいつつにこにこしていた。物間の叫びなど露知らず、今日も今日とて無自覚に物間の情緒をかき乱すのであった。


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