カレー作りだ女子会だ


初日にピクシーボブたちが言った通り、世話を焼いてくれるのは初日だけだった。自分たちのごはんは自分たちで作らねばならない。疲労が残る中カレーを作ることになったのだった。


「お前はこっちだ」
「なになにかっちゃん、イブなにするの?」
「包丁、お前どうせつかえねーだろ。覚えろ!」
「ふぁ」

爆豪に首根っこを掴まれ連行された先にはたくさんの野菜やら肉が置いてあった。
イブに包丁を使わせようとするのを見た切島が「イブにはあぶねぇんじゃねぇか? こっちで一緒に米見てるよ」と引き取ろうとしたのを「そうやって甘やかすからできねーままなんだよ!」と一蹴した。意外と教育熱心である。


「いいか! 猫の手だ!」
「にゃーん?」
「可愛こぶってンじゃねぇ! それを寝せろ! 立てるな!」
「ねせ……る?」
「こうしろ!」
「こう!」
「ん!」
「まーた始まったよ爆豪パパの教育レッスン」
「イブ、指切ったりしなきゃいいんだが……」
「眠そうだったからなぁ……ま、爆豪あれで結構見てるし大丈夫じゃね?」

そこから始まった爆豪のスパルタ料理教室。実際イブが指を切りそうになると助けてくれたがその分「ちゃんと感覚掴め! 見ろ!!」と怒られた。ぴぃぴぃ泣きながら包丁を扱うイブに同情し、「爆豪さん、もうすこし優しく!」と苦言を呈した八百万を無視し、爆豪はスパルタ指導を続けたのだった。


「よし、こんなもんだろ」
「できた……?」
「まぁ、及第点だわ。お前明日も包丁扱わせるからな」
「ぴぃ……」

というわけで明日もイブは包丁係である。反復練習というのはイブのクリーム脳でもある程度の効果が期待できるのだ。難しいものほど忘れやすいが、教えたら子供でもできるものである。そこに手を抜くことは爆豪的に論外であった。


「みんなで作ったカレーをみんなで食べるのっていいね! お外で食べてるしちょっとピクニックみたい!」
「聞きました? ピクニックですって」
「あらやだかわいい」
「しっかしよー! イブの個性が天使じゃなかったってのは驚きだよなぁ」
「だな。しかも女神と来た! グレード上がりすぎだろ!」
「なんかね、ラグドールから聞いた話なんだけどね、元々はちゃんと天使の個性だったみたいだよ。なんかそれがへんい? したみたい」
「変異かぁ……それって信仰みたいなんが増えて神格化したってことじゃね? ゲームとか漫画では大体そんな感じだろ」
「イブ優しいしなぁ……いい事いっぱいしたからかもな!」
「よっ女神ー!」
「えへへ」
「あんま持ち上げんな! 個性だけチートで中身が詰まってなきゃ意味がねぇ!」
「教育熱心だなぁ爆豪」
「うっせ!」

正直味はそんなに美味しいわけではなかったが、個性を酷使してお腹が空いた身体にはうまいと感じるには十分だった。午後からも個性伸ばしが行われるので今のうちにちゃんと栄養をつけなければならない。
油断するとちょっとうとうとしだすイブを爆豪が軽く叩いて起こし、また食べてはうとうとしだして叩かれるというのを何度か繰り返し、イブはやっと完食すると今度は爆豪に皿洗いを覚えさせられるのだった。本当に教育熱心である。







イブは今日も今日とて蛙吹に髪を洗ってもらい、八百万にお高いヘアオイルをつけて乾かしてもらい、芦戸がやっているのを羨ましがった葉隠にブラッシングをしてもらっていた。もう至れり尽くせりである。補習前のつかの間の休憩時間をイブは部屋でうとうとして過ごしていた。
何やらイブ以外のA組女子は慌ただしく用事があるとかで出て行ってしまった。イブは葉隠にブラッシングしてもらったのもあって眠さが限界に達していたのもあり、少し寝てしまっていたのだった。

そしてなにやら賑やかな声にイブは眠そうな声を上げながらごしごしと目をこすった。


「あ、イブ起きた? 今B組の女子たちが何人か来てるよ」
「んー? お客さん……?」
「そー! 女子会してるの! イブもしよー!」
「じょしかい……?」
「私も先ほど教えて頂いたのですけれど、女子が集まって、食べたりしながらお話するのが女子会だそうですわ」
「たのしそー! イブもやるー!」

ぴょんと飛んでイブも入れるようにと空けてくれたくれたスペースに身体を滑らせる。あまり接点のない顔ぶれに「ねえねえお名前なに? イブはね、イブっていうの。イブって呼んでね」とにこにこすると名前を教えてもらい、さっそく下の名前で呼ぶのだった。


「じゃ、さっきの続き! A組B組で彼氏にするなら誰がいい!?」
「耳郎ちゃん上鳴くんはなしでしょー、峰田くんも当然なし!」
「B組に峰田みたいなのっているの?」
「いないいない。ウチの男どもはわりと硬派だよ。あ、物間みたいなのもいるけど」
「物間はなー……」
「ん」
「物間だなー……」
「ん」
「ものまくん?」
「あれ、イブ接点あるの?」
「! あるよあるよ! すごくあるよ! というか絶対物間くんイブちゃんの――ふがっ」
「透ちゃん、それは秘密にしましょう。混乱しちゃうわ」
「!! ほほう……」

もうすべてを芦戸はそのやりとりで察してしまった。葉隠は食堂の件のときに一緒に食べていたのもあってばっちり目撃していたのだった。けれど蛙吹の気遣いによって口にするのは阻まれた。
イブはおそらく恋愛もよくわかっていないのが察せられたからだ。なにせ男子に対してもあまりに無邪気なので。芦戸もそれはわかっていたのであまり弄らない方向でいくことにした。それはそれとして気になるのでイブの話は聞くが。


「ものまくんの選ぶやつなんでもおいしいんだー。昨日もね、飲みもの飲んでたからなに飲んでるのーって教えてもらったの」
「珍しいの飲んでると思ったらあれ物間のおすすめだったんだ」
「最近イブちゃん食堂でフランス料理頼んだりするもんな……」
「名前よくわかんないんだけどね、ランチラッシュにフランス料理食べたいっていったらいつもおまかせで作ってくれるの」

あれからイブはたまにフランス料理を食べていた。おすそ分けしてもらったのが美味しかったのだ。
素直に物間のおすすめを受け入れているイブに拳藤が何とも言えない視線を向けた。


「……イブはその、物間の憎まれ口とかは大丈夫なのか?」
「にくまれぐちってなに……?」
「人に憎まれるような言葉の事だよ。ほら物間、嫌なことすぐいうだろ?」
「嫌なこと……あーうん、体育祭で当たったときはなにか怒ってたみたいで怖かったけど、なんかものまくん、お話するときずっと怒ってるみたいだからたぶんあれがものまくんのふつうなんじゃないかなぁって思ったら、なんか平気になったよ」
「平気になった……!?」
「それにものまくん聞いたらちゃんと答えてくれるし、そんな悪い人じゃないのかなぁって思ってる」
「悪い人じゃない……!? いや、天使か」
「あ、それね。イブの個性へんい? してて女神ゴッデスなんだって。もう天使じゃないんだよー変な話だよねー」
「ええっそうだったの!? いつから!?」
「いつからかはわかんないけど、知ったのは今日」
「今日!! めっちゃホットじゃん!!」

もうB組女子は情報が大渋滞していた。物間のイブへの若干ストーカーを疑う観察振りといい、イブの一挙一動に対する情緒の壊れっぷりといい、大体の人間が物間の大変拗れに拗れた恋心を把握していた。その上で好き避けなのかなんなのか、イブに絡んでは憎まれ口を叩く物間に呆れていたが、イブはその持ち前の人の好さで物間を受け入れていたことに驚きが隠せなかった。
拳藤は内心でため息を吐くと、無邪気で無垢なやはり天使のようなイブの様子に物間にはもったいないと静かに結論付けるのであった。


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