ものまくんしゅーらい


とあるハイツアライアンスの夜。その日もイブは女性陣に世話を焼かれていた。今日は麗日が髪を洗ってくれ、芦戸が乾かしてくれた日であった。遅い七夕のお願いをみんなでしてから少し経つが羽はまだ生えてきていなかった。それでも以前のように悲観することなく、イブはいつか生えてくるという希望を持っていた。なにせ大好きなみんながお願いしてくれたのだ。大丈夫な気しかしなかった。

そうしてお風呂から上がって、イブの服が揃って羽を通す穴の開いた服しかなかったため、八百万が創ってくれた可愛い部屋着に着替え、これまた八百万がブレンドしてくれた紅茶と砂藤が作ってくれたレモンシフォンケーキをご機嫌で食していたところその人は現れた。
初めは窓からニヤニヤとこちらを見ていたのを葉隠が目撃し、不審者と思い相澤に報告しようとしたところ、ドアがドンドンと乱暴に鳴り皆が警戒するように扉を囲んでいた。イブは今いつにも増して戦力外もいいところなので大人しくしていた。そして現れたのは――


「ハァア〜!? 客人がやってきたってのに、ヴィランでも迎え撃とうとするその出迎え!? さっすがA組、もうヒーロー気取りってワケ!?」
「あれ? ものまくんだー! いらっしゃーいっ」
「君……こんな時間にケーキ食べてるのかい?」
「何時に食べてもおいしいよ。これね、さとーくんが作ってくれたの。おいしいんだぁ」
「……それはよかったね」
「ものまくんにもおすそわけしてあげる。イブいつももらってばかりだもんね」
「は……?」

そう言ってイブがフォークで切り分けたレモンシフォンケーキを物間の口に運ぶ。物間はイブの無邪気な行動と持ち出されたあの合宿での飲み物の件を思い出し一気に顔に熱が集まった。


「君さァ!! 一度口をつけたものをやすやすと人に与えるんじゃないよ……!!」
「そうなんだ。イブいっつも先生ともお友だちともこんな感じだからわかんなかったや……ごめんね、ものまくん」
「!? 先生とも……友だちとも!?」
「……って、さっき窓から覗いてたのって物間くんっ?」

物間がぶっ壊れる気配を察した葉隠が追撃した。
イブのいう先生も友だちも全員女性であることを物間は知らないのだ。一瞬壊れかけた物間だったが葉隠の声で当初の目的を思い出し調子を辛うじて取り戻したのだった。


「人聞きの悪いこと言わないでくれよ。誰かいるかなって見ただけだよ」
「それを覗いてたと言うのでは?」

飯田の指摘もなんのその。どこ吹く風の様子で物間は興味深げにA組の寮を見渡していた。
ここにいる緑谷と飯田、轟は一緒に爆豪とイブの救出に赴いた仲であったが、それでも物間のことは依然よくわからない奴であったし、何なら嫌味な奴という評価は変わらなかったのであった。
このままでは埒があかないと緑谷が切り出す。


「それで……何の用があって来たの?」
「用がなくっちゃ来ちゃいけないって?」
「いやっ、そういう意味じゃなくてっ」
「視察に来たんだよ。A組とB組の寮に差があるかもしれないだろう?」
「違いも何もねーだろ? みんな一律で建てたんだから」
「ハッ、君たち、他のクラスの寮に行ったのかい? じゃあ違い何てわからないじゃないか」
「それは確かに……」
「じゃあ! 確かめさせてもらってもいいよね!? ね!? ね!!!」

こうして物間の部屋めぐりが始まったのだった。
イブもそういえばみんなのお部屋は見てないと乗り気になり一緒についていくことにした。だが肝心の物間は男子たちの部屋をことごとく一刀両断していく。緑谷はシンプルに「オタク!」だったし、青山の部屋も「目が痛い!」と思ったままの感想を言い、上鳴は「んー、ごちゃっとして落ち着きがない! おもしろそうなものにはとりあえず手を出す節操無しタイプだね」と辛辣であったし、飯田も真面目で面白くない、尾白も普通過ぎて逆に珍しいとバサバサ切り込んでいったのだった。ちなみに切島の部屋は鉄哲とまたしてもダダ被りであった。ただし鉄哲はカーテンまで鉄製の重いものをとり入れており、よりトレーニングを意識していた。
なんだかみんなが落ち込んできているのを感じたイブが提案する。


「ものまくん、今度はイブの部屋おいでよ! 女子寮はなんか違うかもしれな――」
「君ほんとそういうところだよっ!!」
「わぁ……! どうしたのものまくん、大きなお声だしてどっか痛いー?」
「そうだね……主に頭が痛いかな」
「治してあげる〜!」
「え、ちょ……君たしかまだ――」
「関係ないんだよ。そういうの。できないのをできるようにしなくちゃなんだよー。イブちょっと前より少し大丈夫なの」
「…………そう」

イブが鈍い光を放って治そうとするが、あいにく物間の頭痛は精神的なもののため効果はあまりなかった。けれど物間も一階の共有スペースにある笹の短冊はちゃんと見ていたし、思っていたより前向きに頑張っているのに少し安堵した。
救出まで赴いたというのに依然として物間はイブへの好意を認めるには至れなかったが、それでも以前より棘が抜けているのを緑谷たちは感じていたのだった。

だがそれはそれとして、物間の暴走はまだまだ始まったばかりであった。


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