幽霊騒ぎ


常闇の部屋で瀬呂や上鳴、峰田と障子、芦戸と蛙吹が怪談話に興じていた頃、歌声を見出されたイブは耳郎の部屋で残りの女子たちがギターを教わる中、それに合わせて歌を歌っていた。耳郎の歌もハスキーでとってもセクシーでかっこよかったが、イブのソプラノは聴くものの心を癒すような不思議な魅力があった。


「ねえちょっとイブちゃんの歌と耳郎ちゃんのギター合わせてみてよ! 聴きたい!」
「ええ、きっと素敵ですわ! ぜひ……!」
「あーうん、イブちょっと歌ってみて。ウチ合わせるよ」
「はーいっ」

イブが最も得意とするものがヴォカリーズだった。イブが紡ぐメロディーに合わせるように即興でギターを奏でる耳郎の腕前は相当のものだった。イブに合わせてハモリも入れ始めちょっとしたコンサートだった。


「すごーい! すてきー!」
「プロみたい!」
「アンコールですわ!」
「ちょ、めっちゃはずいんだけどっ……!」
「えへへ〜! イブうれしー!」

アンコールの声に押されるように耳郎とイブの小さなコンサートはしばらく続くのであった。








「え? 音? イブなんも聞こえなかったよ?」
「やっぱ聞こえたのは怪談組だけかぁ……」

昨夜、なにやら不思議な音がしたらしい。それを怪談に参加していたメンバーは聞いているらしく、峰田に至っては何やら名前まで呼ばれたらしい。
そして音のスペシャリスト、耳郎まで聞こえたのだと言う。聞き間違いとは思えないそれになんだか不気味なものを感じていた。飯田が複数人が聞いたというのなら寮の欠陥かもしれない、委員長として音の正体を突き止めるため責任もって起きていることにしたのだった。そしてその日もはっきりと峰田を呼ぶ声がし、同じ階の青山までそれが聞こえたというのだから相澤に相談することにしたのだった。







呪いだと騒ぐ峰田に相澤がふと思い立ったように口にした。


「呪いか……そういや、雄英にもそういう話があったな」
「本当ですか!?」
「雄英七不思議のひとつで、たしか……ヒーローになれなかった卒業生の霊がさ迷ってて、それを見ると呪われるって話だった。よく学校裏の森に出るっていって……あぁ、ちょうど今、寮の建ってるあたりだな」
「え」

まさに阿鼻叫喚だった。もうそれ間違いなく件の霊じゃん峰田呪われてんじゃんといった感じである。相澤も内心しまったと思った。思わず話してしまったが火に油だった。
麗日なんかは塩をまかないといけないと麗らかではない顔をしているし、透明人間の葉隠は透明だけど幽霊に気づかれるかなと気にしている。イブも長いこと雄英住みだが初めて聞く七不思議にもしかしたらイブもどこかで呪われてるかもしれないと心配しだしたのだった。


「そんなに音が気になるんなら、今夜見回りをする。ちょうど今夜は嵐らしいし、そのほうが合理的だろう。点呼もするからちゃんと部屋にいろよ」
「せっ、先生ぇ……!」

相澤の確かな愛情を感じ、生徒たちは瞳を潤ませるのだった。







「どうしてこんなことに……」
「あいざわせんせーおきてええっ」

点呼の時間になっても来なかった相澤を訝しんでいたところ、食事スペースのテーブル付近で相澤が倒れているのを発見した。イブが泣きべそをかきながら治癒をするが目立った外傷もないため直接的な効果はあまりなかったのだった。
誰かが相澤がやられたのなら敵かもしれないと言い出し、恐怖が伝染していく。パニックになりつつある中でさらに停電までおき、さらにパニックに陥るのだった。


「っ……落ち着け黒影ダークシャドウ……!」
「ちょっ、常闇! 黒影出すなよ!?」
「ぴゃあああ真っ暗怖いいいい」
「わあああ! 誰か俺を呪いから守ってくれぇ!!」
「みんな! 落ち着くんだ!」
「み、みなさん、落ち着いて!」

八百万が創造で懐中電灯を創ろうとすると、八百万の足元をフワっとした何かが通っていった。思わず悲鳴を上げる八百万に耳郎が心配すると、次は麗日の足を通り抜け、イブの顔にそのフワっとした何かがダイレクトアタックし泣いた。
「誰か灯りを!」と飯田の声に爆豪と上鳴が個性を使って一瞬灯りをつける。その瞬間イブの顔から飛び立った白い何かを一同目撃し、全員が声にならない悲鳴を上げた。


「なななななななななんかいたぁ……!!!」
「幽霊かよ、幽霊かよォ!! 幽霊ってあんな感じなんかよォ!? 初めて見るからわかんねぇ!!」
「イブのお顔になんかいたよぉおお! うわあああん」

もうパニックもパニックだった。轟は動揺しながら緑谷に幽霊には氷と炎どっちが有効かなんて聞いているし、峰田も自分たちは呪い殺されるんだと恐怖に震えながら叫んでいるし、イブもお化けと暗闇というダブルパンチでびゃんびゃん泣いていた。
その時、玄関のドアが開いた。稲妻と共にペタリと入ってきたのは――長い金髪だった。その髪からは滴が滴り落ちていた。


「ん……お前ら――」
「金髪の幽霊だー!!!!!!」

そう叫びながら全員で一斉攻撃した。金髪の幽霊が戸惑った声を上げるが攻撃の方が早かった、間もなく電気が復旧し黒影が「キャンッ」といって小さくなると、そこにいたのは……プレゼント・マイクだった。
いつもは立てている髪がまっすぐ落ちていて別人に見えていただけであった。


「おい、お前ら……」
「先生〜!」

相澤を目覚める。ヴィイイという例の音も聞こえるが、相澤が蛙吹に指示を出し取らせると小さな機械だった。それが音の正体だったのだ。なんでもこの機械は性欲の権化である峰田を夜監視するためのものであるという。相澤はこれを取ろうとしたところ台所にあった布巾に足を滑らせ気絶してしまったらしい。
そしてイブたちを襲ったあの白いフワっとしたものの正体も、口田が飼っているウサギの結ちゃんであることが判明した。イブは幽霊じゃなかったことに安心して腰が抜け、へなへなと座り込むと膝に結ちゃんがやってきた。かわいいから許しちゃうというもの。


「よかったぁ〜〜」
「どこがよかったんだ……?」
「え……」
「まだ建って間もねえっていうのに……。原因は怪談だったな? それくらいでパニックになるとは……明日までに全員反省文提出! しばらくの間、就寝時間は8時! 以後、この寮で怪談は禁止!! いいな!」
「はい……!」

呪いも怖い、幽霊も怖い、けれどそれより怖いのは本気で怒ったときの相澤であると身に染みた生徒たちであった。


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