見えない傷を癒したい


「かっちゃんかっちゃん! イブの羽ブラッシングして!」
「はぁあ? んで俺が」
「羽が生えてはじめてのブラッシングはかっちゃんって決めてた!」
「俺は了承してねぇぞ」
「やってやって! かっちゃんがいい! ねえかっちゃん! お願いー!」
「だぁああ! 駄々っ子か!! 貸せ!!」
「わああいっ!」

これぞ粘り勝ちである。女子たちにやってもらうように爆豪の膝に俯せになろうとするとバシッと頭を叩かれた。「お前一応女だろうが! 何気安く乗ろうとしてンだ! いいか、他の野郎共にもやンじゃねぇぞ!!」「ふぁ、ふぁーい……」怖かった。しゅんと縮こまって床に座ろうとすると「んなとこ座ってんな!」と今度はソファをボンボン叩く。指示通りにソファに座って爆豪の方に羽を向けた。
爆豪は向けられた羽をじっと観察すると口を開いた。


「……っし、前より丈夫でデカいな」
「うんうん、イブね。ホークスみたいな羽がほしいって強くイメージしたんだよ。そしたら本当に生えてきた!」
「まぁ、NO.3の羽なら間違いはないわな。もう落っことすんじゃねぇぞ」
「落っことさないー!」

軽く爆豪が羽を撫でるとそのもふっとした感触に思わず目を見開いた。なんだ今のともう一度触る。もふっとした。女子たちが揃ってブラッシング係を日々勝ち取ろうとする訳に触れた気がした。これは……癖になる。
だが爆豪はそんなものはおくびにも出さず、鋼の精神でブラッシングに集中した。鍛え方が違うのである鍛え方が。


「ふふっ……んふふ……きもちぃ……」
「喉鳴らしやがって……ネコかお前は」
「だってきもちぃんだよぉ……イブ羽持って生まれてきてよかったぁ……」
「ハッ、おめーはほんとチョロいもんだなァ」

苦労の方が絶対多かったろうに、ブラッシングひとつで羽を持って生まれてきたことに感謝するのだから笑ってしまった。丁寧にブラッシングしてやるとイブが次第にうとうとし始めたのを察して「オイコラ。人にやらせといて寝るんじゃねぇ」と抗議するが「うん……うーん……うん」と聞いちゃいなかった。
また叩いてやろうかと思ったが、まぁなんだ。死んでも言わないが仮免試験で助けられた意識はあるし、何よりイブが本気で自分を慕っていることは理解していた。イブの親になったつもりはないが、それでもイブがそういう風に自分を見ていることはまぁ……今までのイブの行動もあり、許容できていたのだった。


「ったく、聞いちゃいねぇな」
「んー……かっちゃん」
「んだよ」
「痛いの……ちょっとは……治った……?」
「……は?」

何のことだかわからなかった。イブが上体を起こして眠い目を爆豪に向けてくる。
イブは爆豪の額に自身の額をコツン、と押し付けた。


「いたいのいたいの……とんでいけ……」
「…………おまえ」
「…………すぅ」
「いや寝んのかよ!?」

もうぐっすりだった。ソファにとすん、と倒れたイブに吠えるが夢の中である。
当然だがもうブラッシングどころじゃない。後方兄貴面で見守っていた常闇が「俺が部屋まで運ぼう」と申し出てくれた。常闇は信頼できる男である。爆豪も生返事でイブを預けると先ほどのイブの言動を考えた。


「(ガキが……いっちょ前に気ぃつかってんじゃねぇ……)クソッ」

一番に爆豪にブラッシングしてもらうと決めていたというのに嘘はないだろう。イブにとって自分が特別であるという自負はある。
けれど喉を鳴らしていたイブの輪っかが鈍く光っていたのを見るにおそらく爆豪の傷に気付いていたのだろう。神野以降自分がオールマイトを終わらせてしまったという傷。緑谷に感じる焦躁とオールマイトとの絆。考えないようにしていてもふとしたときに思い出してしまう。その傷をイブは気づいていたのだ。

それはきっとイブが見えない傷とやらを治すのにこだわっているのと、神野で共に攫われたという仲間意識のようなものからくる勘。爆豪が感じていたのは怒りとも、恥とも似ていた。
けれどイブの行動を思い出せばものすごく不本意であるが「パパ元気出して」と同じである。そう思えば文句もでてこない。イブがあまりに無垢であるから、爆豪も怒りのままぶっ殺せなかった。







爆豪と緑谷は仮免試験があったその日の晩、ガチの喧嘩をした。
心の内をぶつけあって、そしてちゃんと秘密を知った。その上で爆豪もここだけの秘密にすると誓った。爆豪は聡かった。この大喧嘩を経て緑谷と爆豪はなんだか少し真っ当なライバルっぽくなった。
だがこれでめでたしめでたしとはいかない。ルールを破ってしまったので相澤によりふっかけた爆豪は4日間、緑谷は3日間の寮内謹慎。その間の共有スペース清掃を朝と晩に。そして反省文の提出となった。
また怪我については痛みが引かないようなら保健室に行くことは許されたが、リカバリーガールとイブの個性を使うのは禁止された。

仮免試験のあったその日はまさに目まぐるしい一日だった。


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