奇跡を起こせ!


「エンジェリング! 緊急任務だ!」
「ふぁ」

何やら連絡を受けたホークスは通信を切るや否やそれだけ言って、イブを抱き上げて上昇した。突然のことに常闇が何があったのかと聞くと、矢継ぎ早に返答が返ってきた。


「指定敵団体の解体任務で瀕死のヒーローが出た! リカバリーガールも向かってるそうだがあの人の個性じゃ難しいかもしれない。今から俺たちは出向するけど、ツクヨミはここでインターン続けて。あとの指示はサイドキックたちに従うこと! エンジェリングはくれぐれも酔わないように!」

それだけいうとそれはもう意味の分からないスピードでイブは福岡からサー・ナイトアイが運ばれた病院までホークスに連れていかれることになった。同じ羽を持ってるとは思えないくらい速い。多分どんな乗り物より速かった。
途中でこれはやばいと思って酔いませんようにとお願いしたはいいが、それはそれとして初めて飛ぶの怖いと思った瞬間である。こんな風冷たいと言うか痛いのは初めてだ。
大変な思いをしながら向かうと、そこには相澤と緑谷、それにオールマイトもいた。


「デクくんたちもいたんだぁ〜」
「イブちゃん!? どうしてここに……!」
「俺が呼んだんだ。婆さんの個性じゃ意味がないかもしれないからな……」
「あ……。そうか、イブちゃんの個性ならノーリスクで……!」
「ま、そんなことよりさっさと治癒に入りましょう。福岡からここまで文字通り飛んできたんですから、間に合わなかったじゃシャレになりませんって」
「ホークス!! (……って福岡から飛んできたんだ!?)」
「天廻少女……こちらへ」

さっそく案内された先には、たくさんの管でお腹を繋いだ男の人がいた。オールマイトは「私の大切な人なんだ。天廻少女……どうか彼を救けてくれ……!!」と頭を下げて懇願した。イブは慌てたが、別ルートで先に急行していたリカバリーガールからも「あんたが頼みの綱だよ」と背中を押された。
とんでもないものを背負わされた。これはもしかしてもしかしなくてもイブが救けられなかったらこの人は死んでしまうのだ。今まで背負ったことのない重圧にイブは委縮してしまった。


「エンジェリング。君ならできる」
「ホークス……」
「この人はさっきの緑の髪のもっさりした男の子のインターン先の人で、彼もお世話になっている。それにビッグ3の通形くんの師匠だよ。そしてオールマイトの大事なサイドキック。これだけ揃ってて、君が頑張れないわけがないだろう?」
「デクくんと、とーかたくんと、オールマイトの大事な人……」

その時ミリオがボロボロの身体で駆け寄ってきて、イブに「ごめんイブちゃん! 一生のお願いだ!! サーを救けてくれ……!!」と泣いて頼んできた。ナイトアイのサイドキックたちも同じだった。相澤も「頑張れ」と短く口にした。みんながイブの力を最後の希望だと信じていた。それを受けるようにイブの心は決まった。


「だいじょーぶ! エンジェリングにお任せ!!」

にっこりと安心させるように笑うと、イブは治癒を使いつつ強く願った。願いが力になる。強く願えば願うほどそれは形となって応えてくれる。代償はイブの記憶。
予感があった。なんだか今回のお願いはただお勉強したことを忘れるだけじゃすまない気がした。けれどそれでも、そうだとしても……イブはイブの大事な人たちが生きることを望んでいる人を生かしたかった。

これは神の御業。大きな願い事を叶える度イブの神格は上がっていく。その度に大事なものを少しずつ失って。







「むにゃ……」
「ふぅ、これで一件落着ですかね。全快とはいきませんでしたけど一命は取り留めた。もうこの子連れて帰っても?」
「今から福岡まで……? いくらなんでもそれは……」
「いやいや、さすがにそれはないですって。だいぶ無茶な大仕事無事に終えてくれましたから、今度はご褒美あげないと」
「……あんまり甘やかさんでくださいよ。ただでさえその子は他人より頑張らないといけない」
「わかってますって。でもそれはそれとして、頑張れば頑張った分だけご褒美はやらないとね。ただでさえ引っ張りだこの個性ですし。やってられなくなりますからね」
「まぁ……ほどほどによろしくお願いします。どうにもうちには揃って過保護な奴が多いもんで」
「そりゃ大変だ」

ではこれで、とすやすや眠るイブを優しく抱きかかえるとホークスはゆっくり眠れるように手配したホテルに飛んだ。そこにイブを寝かせると、起きた時に驚くようにいちごを使ったケーキをあちこちのケーキ屋で買い占めてきた。
それから一つ懸念される記憶について。ホークスは常闇に電話をかけた。


『ホークス! そちらはどうだ!? イブは……!?』
「あーうんうん大丈夫大丈夫。立派に果たしてくれたよ。ヒーローは一命をとりとめたし、イブちゃんは今疲れて眠ってる」
『そうか……無事で何よりだ』
「それはそうと……杞憂だったらいいんだけど。今回のでイブちゃんの記憶が部分的になくなってる可能性がある」
『記憶? それならばいつもと変わりない。そういう個性だと聞いている』
「あーそれがさ、今までは勉強で得た知識に限定されてたけど、それ以外に及んでる可能性がある。例えばそう……思い出、とか」
『思い出……確かにそちらは今まで異常なかったな。だがそれは……あまりにも酷では』
「ちょっと今回お願いした内容が大きかったからね。知識だけ吸われてるならいいんだけど……もしそうだとしても責めないで優しくしてやって」
『勿論だ。例え記憶を失おうとも、イブは大切な友だ』
「友って言うか……君たち見てると兄妹にも見えるけどねぇ。君面倒見良いし」
『兄妹……』

ホークスの言葉を受けて常闇は考える。妹のイブというのが一人っ子ながら想像できた。むしろピッタリとパズルのピースがはまるような気さえした。


『ああ、そうだ……イブは俺の妹のようなものだ。きっと前世で縁があったのだろう』
「(青いなぁ……)じゃ、よろしく頼むよ。お兄ちゃん」
『御意』

そうして通話を切るとちょうどイブが起きたところだった。お疲れ様と声をかけるとイブが苺のケーキが所狭しと並んでいるテーブルを見て感嘆の声を上げるのだった。


戻る top