文化祭の準備


各々が体育祭に向けて準備をしている最中、こちらはバンドメンバーが集まって練習していた。
八百万が持ってきた高級な紅茶を飲んでいたときのこと、常闇の身体から黒影が出てきた。


「フミカゲ、俺もなにかやりタイ!」
「黒影、昨日言っただろう。ステージは眩しい照明が当たる。お前が一番嫌いなところだぞ」
「でも俺だけナニもしてナイ! 俺もヤル!!」

上鳴が軽い調子でいいじゃんやれば、ギターでも一緒にするかというのを耳郎が慌てた。バランスが悪くなるのでベースを勧めたが、細かな指使いは相当練習しなくてはならないため今からでは到底間に合わなかった。


「でもやりタイ! みんなと一緒に文化祭しタイ……!!」
「うるせえ! やりてえから騒ぐなんてガキか! ガキはガキらしく何か叩いとけや!」
「打楽器……あ、じゃあタンバリンは? それなら簡単だし、いいアクセントになるかも」
「タンバリン……ヤルー!」

そうして八百万がタンバリンを創造し、得意げに叩いてみせた黒影に爆豪が「ケッ」と毒づく。


「俺のジャマだけはすんなよ」
「任セロ!」

なんだかこのやり取りに既視感を感じると「そうだ、イブだ!」と上鳴が声を上げた。
訝し気に見てくる周りに上鳴が「ほら!」と付け加えた。


「黒影とイブって似てんだよ! だからほら、爆豪うまくまとめたし、常闇とも今じゃ兄妹さながらだろ!?」
「ああ、確かに……言われてみれば似てるね。二人とも無邪気」
「そう、ですわね。先ほどの爆豪さんとのやりとりもまるでイブさんと話されているようでしたし」
「(俺が前世兄妹だったと思ったのもそれか)」

妙に納得する3人とは逆に爆豪はんなわけねぇだろって感じであった。本人は意外とわからないものである。







「わぁ……! すごいドラゴンだねぇ!」
「!!? 君またっ!! 近いっていつも言ってるだろ!?」
「あ、ごめんねつい。すごいから近くで見たかったんだぁ」
「だからって君ほんといい加減学習して――ふがっ」
「いいよいいよ。ほら近くで見たかっただろ? 作業はほとんど終わってっから、ここで見てなよ」
「わーい! ありがとー!」
泡瀬ふぁあせ……!!」

B組が劇で使う小道具を作っているところを目撃したイブは何の迷いもなく飛んで行ってしまった。一緒にいた葉隠が「もうイブちゃん! 急に飛んでいくからびっくりしたよ〜!」と追ってくる。「あ、ごめんねとーるちゃん。でも見て! B組のドラゴンすごいんだよ!」ときゃっきゃっするものだから葉隠もどうでもよくなってしまった。だってかぁいいんだもん。
対して泡瀬は裏で物間を引き連れ、諭していた。物間の恋心はよっぽど鈍感でもない限りB組の知るところである。また照れや恥ずかしさが先行して説教しそうになるのを泡瀬が止めてくれていた。泡瀬は真剣な表情になると「いいか物間。このままじゃお前の恋は散るぞ」と宣告すると、物間は一瞬ショックを受けたように固まったが、すぐに調子を取り戻し「別に……そんなんじゃ……」というところを「違うって?」と圧をかける。「……なくもないけど……」と振り絞った声にとりあえず及第点だと肩を叩いた。これでも敵地に好きな子を救けに行くという馬鹿をやらかしたくらいであるので応援しているのである。


「君は文化祭なにやるの。ライヴ的なのするんでしょ」
「イブはねそっち出れないんだー」
「出れない? ……まさか、ミスコンでるのかい!?」
「わーすごい! ものまくんいつも当たるねぇ。そうだよ、イブミスコンでるのー!」
「なんだって!!?」

正直計算外だったし予想外だったし、そもそもその可能性を考えてもいなかった。何せ目立つことに対してものすごく嫌がっていたから。否が応でも目立つミスコンに参加するはずがないと高を括っていたのだ。


「な、んで……君、目立つの嫌だったろ!? 誰かに強制でもされたのか!?」
「物間くん必死だねぇ……」
「強制じゃなかったよ。でもね、あいざわせんせーがイブが目立たないのは無理だし、今から慣れとかないといけないし、それに……なんかしんこう? が集まるとイブ強くなるんだって。イブ強くなりたいから出ることにしたんだぁ。みんなと一緒にライブできないのはすごく残念だけど……」
「……なんだ、個性のためか……僕はてっきり――」
「てっきり拒否権なしでうちのクラスが出したと思った?」
「だってこの子が出れば優勝確実じゃないか。こんなにかわいいんだか――いや!! 今のは一般論だけどね!!?」
「? ものまくん、イブのことかわいいって思ってくれてるの?」
「いやだから今のは一般論だって……」
「いっぱんろん……?」
「ああ、もうっ君はこんなこともわかんないんだから……一般論ってのは……」
「物間が天廻のこと可愛いって思ってるのはほんとだぞー!!」
「泡瀬!!!」

身内から裏切りならぬ援護射撃がでた。泡瀬は物間に「素直になれって!」と声をかけると他の作業に戻っていった。葉隠は目の前で繰り広げられる恋愛にそれはもううきうきだった。


「ものまくん、今のホント?」
「…………だったらなんなのさ」
「えへへ、ありがとう。イブもね、ものまくんのことかっこいいって思ってるよ。絵本に出てくる王子様みたい!」
「え……」
「きゃー! イブちゃんったらダイタン!」

物間の顔は真っ赤だったし、葉隠も大興奮していた。ちなみにイブの王子様発言は文字通り金髪碧眼の整った容姿だからということである。絵本の中の王子様っていつも金髪に青い目なんだよねって感じ。つまり深い意味はなかった。
けれどこれが物間にとっては大きな大きな一歩を踏み出す勇気をくれたのだった。


「…………髪飾り、君によく似合ってる」
「! ほんと!?」
「うん。本当に……かわいい」
「えへへ、これねかっちゃんがくれたの。だからずっと大切にするんだ」
「は……?」
「(イブちゃん……!!)違うんだよ物間くん! イブちゃんと爆豪くんはそんなんじゃなくて! そう! 親子みたいな感じなの! 爆豪くんイブちゃんのパパなの!!」

ものすごく失言だった。葉隠が慌ててフォローするも聞いちゃいない。
物間は本当に勇気を振り絞って素直になったこともあり、爆発してしまった。


「やっぱり君のことなんか好きじゃないからなああああ!!!」
「え」
「物間! まだやってんのか!!」
「僕は悪くない!!!」
「ああっ本当に違うのにっ!」
「ごめんなー! こうなったらもうだめだから解散ってことで! 物間の言ってることあんま気にすんなよー!!」
「泡瀬ほんとに僕は悪くないっ! 悪くないったら悪くないっ!!」
「はいはい、わかったから天廻に謝ろうなー」
「わかってないだろう!!」

泡瀬に抱えられて遠ざかる物間を何とも言えない表情でイブは見送った。好きじゃないって言われたのがちょっと、かなり痛かったのだ。葉隠がそれに気づいて「どうしたの?」と声をかけた。


「……ものまくんに好きじゃないっていわれたの、痛かった……イブはものまくん好きだから、かなしいね……」
「あー……大丈夫だよ。物間くん素直じゃないところあるからつい言っちゃっただけで、イブちゃんのことちゃんと好きだよ」
「そう……?」
「絶対。それにかわいいって言ってくれたじゃん!」
「……うん、そうだね!」

イブは葉隠の言うように気にしないようにした。もらった嬉しい言葉を大事にしまっておこう。
可愛いって言ってもらって嬉しかった、好きじゃないって言われて胸がちょっと痛かった。久しぶりにものまくんと話せて嬉しかった。その気持ちをイブは大事に日記帳に綴ったのだった。


戻る top