あの日夢見たお姫様


第五セットが始まった。物間は場所を移動しながら心操に語り掛けた。


「よく言われたよ「その個性じゃスーパーヒーローにはなれないね」って。一人では何もできないそんなヒーローがいてたまるかってさ」
「何の話?」
「出来ない≠アとを知ってるって話さ。僕は本当に君を気に入ってるンだぜ。清濁併せ吞まなきゃあ生き残れない。同じタイプだ」
「やだな」
「でも事実さ! 体育祭で緑谷くんを洗脳したとき、どうやって口開かせたの?」
「どんな奴か知らなかったからクラスメイトを貶した」
「フーン、僕らはヒーローになる為にヒーローらしからぬ立ち回りをしなきゃならない。でなきゃ何でも出来る@ヘには敵わない。憧れとは似ても似つかない。こんな感覚ない? 幼い頃に描いた夢や希望がだんだん重荷になっていく。まるで呪いのように」

これは呪いだと物間はいう。キラキラしたものだけを抱えて追いかけられたらいいのに。そうあれない。それでもなりたいから足掻いている。物間はイブを思い出す。最初はあまりに清らかでキラキラして、理想そのものを体現しているようなイブに惹かれた。
けれど話してみたらそうではなかったし、幻滅さえした。なのに気になってしょうがなくて、どうしてこんなに気になってしまうのか物間は物間なりにずっと考えていた。

それはきっと、劇であれば決まって王子役をしてきたからだろうと思う。物間は舞台映えがする。当然のように王子役を勝ち取ってきた。今回の文化祭でもそうで、だからふと思い出してしまった。そういえば自分も子供らしくお姫様に憧れたこともあったな、と。イブはきっと幼い頃に描いたお姫様像である。金髪碧眼の美少女。無垢なる癒し手。
それだけだったのに、いつしかイブの幼さにさえ惹かれている自分がいる。あまりにも真っ直ぐに善良であるから。彼女を脅かす全てが憎く感じたのは……きっと神野で羽を捥がれた姿を見てからだろう。


「心操くんとこんな話をしたよ。恵まれた人間が世の中をブチ壊す#゙の友人なら教えてよ、爆豪くんさ! 何故彼は平然と笑ってられるんだ? 平和の象徴を終わらせた張本人がさァ!!」

また一つ、二つ、偽りの言葉を重ねる。
イブへの恋心を認められないのは何も意地を張っているだけではない。いや、最初はそうだった。プライドが邪魔して酷い言葉で傷つけた。でも少しずつ、否が応でも惹かれているのを自覚するしかなかった。
けれど一方でこうも思う。あの子が無邪気で無垢であるほどに、自分の汚さが浮き彫りになる。いつだって分け隔てなく癒しの手を差し伸べてくれた。優しさを振りまいてくれた。真っすぐで素直な子だった。自分とは正反対だ。

正反対だからこそ惹かれ、そして悩み、立ち止まる。
想像できないのだ。彼女の隣に並び立つ自分が。後姿を眺めている姿しか想像できない。どれだけ想像しても、彼女の隣にいるのはいつだってA組だった。

――ああ、もう嫌になるな。ここにきてまた新たな力を見せる緑谷に物間は羨望にも似たものを感じた。
でも、それでも、自分はそう在れなくても。物間は自分の強みを、良さを、ちゃんと理解している。







――一人で強くなれはしない。主役を張れる性質からだにない。君たちのように真っ直ぐ過程を歩めない。でも僕はこの性質を恨みはしないのさ。名作には必ずいるものだから。主役を喰らう脇役ってやつがね!!


「君の力*痰チたよ!!」
「(ワン・フォー・オールが!!?)待って物間くん、危――」
「遅い!!」
「デクくんのパワーじゃないハッタリだ! 行って!」
「ああもう……っスカ≠ゥよ!」

賭け自体には負けた。全くいやになる。それでも足掻け。自分はそういう戦い方しかできない。そしてそれが向いているって自分でもわかっている。足掻け、足掻け、足掻け。
例えヒーローらしからなくても、あの子に相応しくなくても。負けたくない。A組だけが特別なんじゃない、B組だって負けてない。それを証明するために。A組でなければ彼女の隣に立てないなんて、そんな言い訳はごめんだ。








麗日に投獄こそされたが、物間は緑谷を殴ったときに庄田の個性、ツインインパクトをかけておいた。解放ファイアと心操が隙を作れるように発動をするなど奮闘したが、結局負けてしまった。
A組とB組の対抗戦はA組の勝利で終わり、この対抗戦が心操の編入試験も兼ねていたらしく、2年から心操もヒーロー科に編入することが決まったのだった。


「ものまくん……」
「……どうしたの、何の用?」
「スカってものまくんでもコピーできないってこと?」
「そうだよ。よかったね、おかげで計算狂って負けだよ」
「? けいさんとかはよくわかんないけど……ものまくんが怪我しなくてよかったなって思ったの」
「え?」
「デクくんのね、自分の身体も壊しちゃうくらいすごいから、ものまくんがコピーしてたらそうなっちゃうのかなって心配だったんだ。どんなお怪我もイブが治すけど、痛いのは嫌だもんね!」
「君……」

やっぱり眩しいなと感じる。どこまでも無垢で純粋だ。そういうところが少しずつ好きだと認めざるを得なくさせてくる。手に入らないとわかっているのに。


「お人よしだなぁ……」
「あ、それ優しいってことでしょ? じゃあものまくんもお人よしだね!」
「はぁ!? 僕がなんで!」
「だってものまくんにいっぱい優しくしてもらってる。いつもありがとう!」

八百万に創ってもらった毛布を纏い、くるりと得意げに回ってみせる。なんだかそれに少しだけ泣きたくなった。
イブの優しいは些細なことをきっと宝物みたいに一つ一つ大事にしまっているのだろうとわかってしまったから。


「……どう、いたしまして」

あの日夢見たお姫様は今日も可愛いくそこにある。僕はいつかお姫様を攫えるんだろうか。そんな名脇役に僕は――。


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