バレンタイン


2月14日。バレンタイン。A組女子は砂藤と一緒にチョコレートを作っていた。上鳴や峰田のチョコくれくれという圧もあり、どうせならみんなで食べようという流れになったのだ。
温度調節をしているチョコレートを味見してあまりのおいしさにふぉぁあとなっているとそういえば、と葉隠に話を振られた。


「イブちゃんは物間くんにチョコあげないの?」
「あげるよー」
「え!? イブいつの間にそんな感じになってたの!?」
「そんなかんじ?」
「物間のこと好き? ってこと!」
「うん? 好きだよ」

なんてことないように即答したイブに苦笑する。耳郎が「そういう好きじゃないみたいだね」と笑った。蛙吹が「イブちゃん爆豪ちゃんにも常闇ちゃんにもあげるんでしょう?」と言うと「くろいろのおにーちゃんも!」と元気よく返した。まぁ、それでもお兄ちゃんでもパパでもない物間に渡すという選択肢があるのはちょっと気になるところだった。


「ねぇねぇ、なんでイブ物間にもあげようって思ったの?」
「ものまくんにはいつもお世話になってるからお礼したいなって思ったんだ」
「お世話……」
「ものまくんがフランス料理教えてくれて、飲み物もおいしいの教えてもらったし、助けにきてくれたでしょー、あとね色々……それに誕生日プレゼントくれたんだ」
「誕生日プレゼント!? なになになに貰ったの!?」
「可愛いテディベア。お部屋に飾ってるの」
「あーあれかぁ! てっきりあれ葉隠かと思った!」
「物間くん可愛いものに理解あるよね〜!」

ぐいぐいくる芦戸に情報が丸裸にされる。八百万は相手が物間というのに考える素振りを見せ、内心で嫌味や情緒不安定な面が目立つ物間より、冷静で穏やかな轟の方があっているのではないかと思った。仮免試験での二人の様子が微笑ましかったのである。けれどこれはイブの気持ちが何より大事だと思い直すのであった。心配性である。







「おにーちゃん!」
「お、イブ」
「どうした? 俺に何か用か?」
「バレンタインのチョコ持ってきたの! いつもありがとう!」
「おお……!!」
「イブ……! ありがとう。大事に食べるよ」
「よくできた妹だな」

黒色と一緒にいた円場と回原がよかったなと声をかけた。B組の女子はバレンタインをやらないようで、黒色は小森にもらえるかもとそわっとしながら朝声をかけたが、もらえなかったのだ。だが思わぬところでチョコをもらった。かわいい妹からのチョコはそれはもう嬉しかった。


「それでね、ものまくんしらない?」
「物間……!?」
「え、イブ、物間にチョコやるのか!?」
「うんっ、いつもお世話になってるし、かわいいテディベアももらったから。お礼!」
「あーうん、そういう感じか」
「礼儀をわきまえている……物間なら寮の方にいると思う」
「そうなんだ。ありがとー!」
「転ばないように気をつけるんだぞ」
「はーいっ!」

イブの後姿を黒色がどこかはらはらした様子で見守っていた。そそっかしいのだ。心配性なお兄ちゃんだなぁと円場と回原はやれやれと肩をすくめたのだった。







「こんにちはー!」
「はーい、あれ。イブ? どうしたー?」
「ものまくんを探しに! いる?」
「ああ、いるけど……え、まさか……チョコ?」
「そう!」
「えええっ」

拳藤は嘘だろと声を上げた。とうとうイブが物間の毒牙にかかってしまうのかと少し心配になったが、よくよく聞いてみればそういう感じじゃなかった。早とちりである。聞けばA組の女子はクラスでもバレンタインをやっているようで、その延長と知ればなるほどと頷けた。
拳藤は「物間呼んでくるよ」と言って呼びに行ってくれた。しばらくして拳藤に散々変な期待はするなと釘を刺された物間がやってきた。


「お待たせ。僕に用だって?」
「うん。これものまくんに! ハッピーバレンタイン、いつもありがとう!」
「……ありがとう」

好きな子からのチョコというのは義理とわかっていてもやはり嬉しかったし、照れ臭かった。受け取るともう帰ろうとするイブが名残惜しく、思わず口から出ていた。


「よかったら一緒に食べる?」
「え……」
「紅茶くらいなら淹れてあげるよ。飲みたくないなら、別にいいけど……」
「飲む! ものまくんのおこーちゃ好き!」
「ならちょっと待ってて。ほら、中入って」
「おじゃましまーす!」

B組の共有スペースの一角にお邪魔して物間が紅茶を淹れてくれるのをわくわくして待った。この間来た時とは違う、持ち手にちょこんと陶器のうさぎがのったカップを出された。思わず「かわいい!」と声を上げると物間が少し照れくさそうな顔をした。近くにいた小森が「それね、物間がイブのために用意したの」「こ、小森!?」「本当のことでしょー! こういうのはアピールしてかないと!」と爆弾を投下した。


「ありがとうものまくん。うれしい」
「……それなら、よかった……」

そうして始まった二人のお茶会を邪魔しないようにと小森はどこかへ行ってしまったが、二人のお茶会は穏やかなものだった。物間はイブが細部までこだわったであろうデコレーションを素直に褒めたし、イブも物間の淹れた紅茶を美味しいと褒めたたえた。なんだか結構いい雰囲気であった。







「やっぱり二人で食べるとあっという間だね。今度はイブの分も持ってくるね」
「うん。いつでもおいで。待ってるから」
「ありがとう、またね」
「またね」

なんだかちょっと恋人っぽいやり取りに物間はイブが去った後、大きく息をついてその場にしゃがみこんだ。今日も最高に可愛かった。紅茶のことお紅茶っていうの多分八百万の影響だろうけど可愛いなとか、デコレーションすごかったなぁと今日一日で供給過多ってやつであった。
それに今度は自分の分も持ってくるとイブから次を約束されたようなものである。気持ちはきっと自分とは違うけれど、それでも少しまた近づけた気がして嬉しかった。

一方、イブは寮に帰るとみんなで食べるチョコレートの最後の仕上げを手伝い、デコレーションの技量をいかんなく発揮し、とても見栄えのいいものに仕上げるのだった。
丁度帰ってきた爆豪と常闇に駆け寄り、イブの個人的なチョコレートを渡した。パパとお兄ちゃんへの家族チョコである。爆豪はげんなりしていたが、大人しくチョコを受け取り乱暴にイブの頭を撫でて部屋に戻っていった。対して常闇は「有難う、大事に食そう」とイブの乱れた髪を優しくなおしてくれるのだった。

その日みんなと一緒に食べたチョコレートはいつもよりおいしかった。


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