ホワイトデーのお返し


「これやる」
「なになに〜?」

ホワイトデーのお返しとして爆豪からやや乱暴に紙袋を受け取った。中には透明なクマの入れ物の中にカラフルなこんぺいとうがたくさん入っていた。


「ふぉお! かわいい! それにイブこんぺいとー好き! ありがとうかっちゃーん!」
「一日で食うなよ。砂糖の塊だかンな」
「何粒まで?」
「5粒にしとけ。お前他にも菓子食うだろ」
「わかったー!」

もうるんるんである。中のこんぺいとうがなくなっても、入れ物を取って置けるというのが気に入った。いつまでも形に残ってくれるというのは記憶の問題を抱えているイブには嬉しいものだった。そして爆豪もそれを考えて渡してくれたというのもイブにはちゃんと伝わっていた。最後にまた「ありがとう、かっちゃん!」と笑うと爆豪も不器用ながらに「おう」と返してくれたのだった。







「む。爆豪と少し被ってしまったな。俺からはキャンディだ」
「被ってないよ被ってないよ! こんぺいとーとキャンディはちがうし、入れ物も……! ふぁあこれも可愛い! ありがとうおにーちゃん!」
「気に入ったのなら何よりだ」

常闇がくれたのはガラスの入れ物に入ったキャンディだった。蓋の部分にはこれまた宝石を模したチャームとリボンも巻かれている。とってもかわいいキャンディポットだった。もうご機嫌でポットを持ったまま可愛い可愛いとくるくる回っていると、スマホに通知が来た。見てみると黒色からで今から寮に来るというものだった。
せっかくだからと常闇も深淵を理解する者同士、イブの兄同士一緒に黒色を出迎えることにした。


「イブ、これこの間のお返し……」
「それは……もしや」
「ありがとー! あ、おにーちゃんまたおそろいだね!」
「!? またダブったのか!?」
「のようだ」

袋を見た時から常闇は予感がした。本当に被った。リボンとチャーム違いのキャンディポットである。気が合いすぎる。多分部屋も似た感じだろう。どっかの切島と鉄哲と同じである。


「でもでも、イブうれしいよ! キャンディがなくなってもとっとけるね!」
「イブ……」
「それにおにーちゃんたち仲良しでイブなんだかうれしい」
「フッ、そうだな。俺たちはイブの兄だからな」
「ケヒヒ、宿命と運命」
「左様」

お兄ちゃんたちの言っていることはあまり理解できなかったが、仲良しと言うことで完結した。そしてそうだ、と黒色が思い出したように声に出す。


「物間がイブに寮に来てほしいと言っていた」
「ものまくんが?」
「色々準備してたから行ってやってくれ」
「わかったー!」

はて、色々準備していたとは。疑問が残るがとりあえずB組の寮に行ってみることにする。
常闇はイブがバレンタインに物間にチョコを渡したであろうことに少しだけ驚いていた。これはもしかしてもしかするかもしれない、何はともあれ兄として見守ろうと思うのであった。







「す、すごい……」

B組の寮に行くと待ってましたとばかりに物間が出迎えてくれて、あれよあれよと共有スペースに連れてこられたのだが、その時点ですごかった。浮いちゃうタイプの動物のバルーンが飾ってあったり、テーブルには花があった。
バレンタインの時に使ったティーカップに紅茶を淹れてくれて、イブ専用というのは本当らしかった。


「まずはこれね。マドレーヌ。これが僕の気持ち・・・・・。苺は君の好物だからね。外せないよね」
「おいしそー!」
「……まぁ、とりあえず召し上がれ」
「いただきますっ」

物間の言葉に何か含みがあったのだがイブは気付いちゃいなかった。ホワイトデーのお返しでもらうお菓子に意味があるなんて知らないのだ。ふんわりと柔らかで優しい甘さが広がる。お皿に添えてあるいちごはあまおうだった。本当にイブの好物である。


「おいしぃ……!」
「よかった。あ、ほら……また頬っぺたについてる」
「う?」
「いいよ、取ったげるから。ほんと君は……世話が焼けるなぁ」

世話が焼けると言う割に物間の表情はとても優しかった。冬になってからの物間は優しい。ちょっとだけそわそわする。
穏やかな物間はなんだか本当に王子様みたいだった。特別な空間に整えられた場所も相まって、イブはお姫様にしてもらったような気がした。


「最近どう? 困ったことはない?」
「困ったこと……お勉強が大変」
「あーうん、それは……僕もだ」
「おそろいだね」
「うん、おそろい」

思わず二人でくすりと笑った。お勉強は苦手なのである。でも物間は作戦を立てるのがうまいし、立ち回りもすごいとイブが言うと、少し照れたように「パンド・デシネのおかげかな」と笑った。


「パンド・デシネ?」
「……漫画のこと。君は漫画は読む?」
「少女マンガなら読んだことあるよ。とーるちゃんが貸してくれたの」
「少女漫画かぁ……君は恋とかわかる?」
「うーん、わかるかどうかはわかんないけど……いいなぁって思うよ」
「そっか。それなら十分だよ」

物間は食べきったのを見計らって、会話もそれなりに弾んだところで席を立った。「ちょっとだけ待ってて」と言われて待っていると、本当にすぐ戻って来た。少し大きな紙袋を持っている。


「これ、君に」
「え? もうもらったのに?」
「お菓子とは別。ちゃんと残るもの渡したかったから」
「……開けていい?」
「うん、いいよ」

中に入っていたのはぬいぐるみだった。誕生日プレゼントに貰った時より大きなテディベア。テディベアの首元にはネックレスが光り輝いていた。


「かわいい……」
「誕生日と被っちゃうけどね。どれだけ考えても、君は花よりこっちが喜ぶ気がして……」
「お花も好きだけど、こっちのがうれしいよ。ありがとう」
「どういたしまして。僕こそ楽しい時間をありがとう、君に会えてよかった」

そう言って笑った物間にイブは驚いた。そんな風に思ってくれていたことが嬉しかった。胸にじんわりとぬくもりが広がる。「イブもね、ものまくんに会えてよかったって思ってるよ」フランス料理のおいしさを教えてくれて、助けにきてくれて、怒られるときもあったけどいつも心配してくれた。物間のことが好きだった。
物間が赤くなった顔で「うん」と頷いて、そのままイブを寮まで送ってくれた。A組の数人と鉢合わせしたけど、物間はいつもの憎まれ口を叩いたりせずイブに「またね」と言って帰っていった。

いつもと違う物間の様子にみんなが訝しがっていた。イブもなんだかその日はおやすみするまで君に会えてよかったといって笑った物間の表情が忘れられなかった。きっと蛙吹や芦戸、葉隠あたりに相談していたなら教えてくれただろう。それはきっと恋のはじまりだよって。


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