目的


超大型の敵がまっすぐに北上してきて避難区域が広がった。ヒーローもインターン生たちも最善を尽くしていたが、大型敵はとても速く、もうすぐそこに来ていた。怪我人も多く、イブは急ごしらえの救護所を起点として治癒範囲を広げて頑張っていたが、それでも区域が広すぎるのもあり、圧倒的に人手が足りなかった。


「ねぇ! そこの治癒の子!」
「は、はいっ!」
「範囲外に重傷の子どもがいる! 動かせないから一緒に来て治癒をお願い!」
「うんっ!」

教えてくれたその人はヒーローだったし、その隣にいる人もヒーローだった。だから何の迷いもなくついて行った。そのうちの一人がトガヒミコだとも知らないで。







「かぁいいねぇイブちゃん。とっても素直で、とっても優しい」
「放してー!」
「放しません。イブちゃんは弔くんの希望なんです。かぁいいイブちゃん。ちょっとだけ眠りましょうね。ついたらちゃぁんと起こしてあげます」

何かを嗅がされてイブは眠りに落ちてしまう。
バーニンたちがイブがいなくなった報告を受けていた。改造された脳無たちを相手にしながら、すでに少ない人員を割いてイブの捜索に当たっていた。大変なことになってしまった。







「あ、よかった。これは我ながらナイスタイミングです」
「トガちゃん!」
「トガヒミコ! !! エンジェリングもいるのか……!!」
「さぁイブちゃん出番ですよー、起きてくださいねー」

やや乱暴にトガに起こされる。イブは目を開けるとエンデヴァーたちのボロボロになった姿に目を見開いた。それに野暮用と言っていなくなった爆豪も緑谷も、それを追った轟もいる。その後合流したのか波動と飯田、それに通形にベストジーニストまで。皆が皆満身創痍であった。


「イブちゃん、弔くんを治してください」
「え……」
「さもなくば今すぐあなたをここで殺します」
「イブちゃん……!!」

イブの首にトガのナイフが突きつけられた。少し動かせばイブは激痛後死んでしまうだろう。怖くないと言ったら嘘だった。けれど、イブは決めていた。敵の望み通りになんてさせない。イブがやるべきことはただ一つ。


「わかった」
「本当です? 理解が早くて助かります。私もイブちゃんに怖い思いをさせるのは本意ではないので」

そうして始まった治癒にトガはすぐ異変を察知した。治癒はされている、けれどその治癒が向かう先はエンデヴァーや爆豪たちである。強い意志が働いているのかみるみるうちに回復させていくイブを殺さんとトガがナイフを振りかぶった。


「〜〜っ!!」
「ああ、そうでした。私が愚かでした。イブちゃんの治癒は天下一品。自分だって治せるんですよね。あ〜すごいなぁ、厄介です、本当に厄介です……!!」

何度もナイフを振り下ろされ激痛が襲う。治癒を重傷の複数人にかけているせいで痛みを感じるより速く治癒できない。でもやめるわけにはいかなかった。
動ける荼毘が面白そうに蒼炎を繰り出す。羽にも燃える感覚があった。痛くて痛くて涙が出てくる。けれどそれでもイブ決して治癒をやめなかった。

やめなかったら……ヒーローが助けてくれた。かっこいいヒーローたちが……イブの、ヒーローが。


「ありがとうエンジェリング……おかげで俺たちはまだ動ける。ヒーローで在れる……!!」
「ブッ殺す!!」

霞む視界の中、イブが見たのは見たこともないくらい怒った爆豪の表情だった。イブは願う。負けないで、勝って。みんなが最高のヒーローで在れるように、たくさんの人を安心させられるように。
もっと速く、もっと力強く、もっと強靭な身体を。治癒を応用させる。
どんな傷も癒せるヒーローに。さぁ、エンジェリング、みんなが最高のヒーローであれる手伝いを。







イブの個性で持ち直したように見えた戦局も、たった一人の覚醒ですべてが覆った。死柄木と共生するAFOオール・フォー・ワンの意識の覚醒。


「……今日はやめておこう。けれど天廻イブ。次は君を必ず殺しに行く」

意識が落ちる最後、AFOの言葉だけは聞こえた。
AFOが奪えなかったイブの個性。神の力。
ただその言葉を聞いて漠然と思った。イブはもう、みんなと一緒にはいられないのだと。







「気がついた?」
「ものま……くん?」
「君、自分の怪我後回しにしたでしょ。色々傷が残ってたから僕が呼ばれたんだよ。君の個性をコピーした方が治るのはやいからね。痛いところとかない? 目に見える範囲しか治せてないからまだ残ってるかも」
「大丈夫、痛いところないよ。イブの羽……どうなってる?」
「火傷してたけど綺麗に治したよ。一番君が気にするところだからね」
「ありがとう……」
「髪、ちょっと燃えてたから毛先切ってる。長さはそんなに大きく変わらないとは思うけど……」
「うん、大丈夫……ねぇ、ものまくん、みんなは?」
「……君がトガヒミコに連れて行かれた先にいた爆豪たちなら大丈夫。君の治癒が効いてるからわりとピンピンしてるよ。緑谷はまだ目を覚まさないみたいだけど、そんなに深刻に考えなくて大丈夫だってさ」
「そっかぁ」

物間はお見舞い品としてテーブルに置いてあったフルーツバスケットから林檎を取ると剝いてくれた。ご丁寧にうさぎの形にしてくれる。


「……爆豪たちは大丈夫って言ったけど、今回の作戦で殉職したヒーローも多くいる」
「じゅんしょく……?」
「……使命を全うして亡くなることだよ」
「そう、なんだ」
「どうせ後から知ることだから教えるね。……ミッドナイト先生が殉職した」
「え」

ころっとお皿から林檎が落ちる。ぼろっと涙をこぼして「うそ……」と泣くイブに物間は何も言えなかった。ミッドナイトはイブの面倒をよく見てくれた。青春に重きを置く人だから、制限のある生活ながらイブがそれなりに青春を謳歌できるように色々気を遣ってくれた。
イブのお姫様チックな趣味だって、ミッドナイトがいろんなものを教えてくれてわかったイブの好きだった。イブにとってそれは、とても辛い事実であった。


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