イブの理由


雄英体育祭が迫っていた。敵の襲撃があったことで警備は例年の5倍に強化され開催される。雄英体育祭は日本のビックイベントの一つであり、かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂したが今やそれも縮小され形骸化している。そして日本において今オリンピックに代わるのが雄英体育祭である。
スカウト目的でプロも見るため、ヒーロー科の生徒としては気合が入るものだが……相変わらずイブはぼんやりしていた。


「皆すごいノリノリだ……」
「君は違うのか? ヒーローになるため在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」
「ほへー……」
「飯田ちゃん独特な燃え方ね、変」
「僕もそりゃそうだよ!? でも何か……」
「デクくん、飯田くん、イブちゃん……頑張ろうね体育祭」
「顔がアレだよ麗日さん!!?」

顔が全然麗らかじゃなかった。麗日のあまりの変わりようにイブはぽかんと口を開けた。
そして4人でランチラッシュのメシ処へと足を運ぶ途中、麗日のヒーローを目指す理由を聞いた。究極的に言えばお金のためだったが、それも麗日らしい優しい理由だった。麗日の両親は建築会社を営んでいるが全然仕事がなくスカンピンなのだという。麗日の個性ならば許可をとればコストがかからないが、それを両親に言った麗日に対して両親は麗日の夢を叶えてくれる方が嬉しいと断ったそうだ。大変出来たご両親である。
将来ヒーローになって、お金を稼いで、父ちゃんと母ちゃんに楽させてあげるんだと語る麗日は酷く眩しかった。


「お茶子ちゃん、すっごくえらいねぇ!」
「あははそうかな……そういえばイブちゃんは? どうしてヒーロー目指してるの?」
「イブくんの志望動機も聞いていなかったな。差し支えなければ教えてほしい」
「あーうん……イブねぇ……ヒーローになりたいというか……ヒーローにならなきゃいけないだよねぇ……」
「? ならなきゃいけない……?」

らしくもなくどこか言いづらそうにするイブに「無理には聞かない」と飯田が言ってくれるがイブもちゃんと話さないといけないと思うと言って言うことにした。


「イブねぇ……この個性がなんかすごい珍しいみたいでね。小さい頃から敵に狙われるみたいで……」
「なに!? いやそうだな確かに物凄く希少な個性だ。悪さをたくらむ連中からしたら誘拐対象か……」
「うんうん……だからイブここで保護してもらってるんだけど……これから先もずっとってわけにはいかないから……じえーするためにも個性を学んで、使えるようになんなきゃなんだー」
「イブちゃんリカバリーガールのとこよく行ってるもんね……治癒の腕前上げとるんよな。頑張っててえらいよイブちゃん!」
「そーかなぁ? ……個性を堂々と使うにはヒーロー免許がいるんでしょ? だからイブここにいるんだよねぇ……」

以前A組だけが21人の理由を誰かが相澤に聞いたことがある。そのとき返ってきたのはうちには特殊な事情を抱えたやつがいるとのことで、みんなそれが誰なのか薄々理解していた。だってイブはあまりに幼かったし、ヒーロー志望にはみえなかった。むしろ助けなきゃいけない側の人間で、それを感じ取ってみんなイブに対して過保護になっていた。緑谷でさえイブに対してはさほど抵抗なくちゃん付けできている。
緑谷はイブのどこか寂し気な瞳を見て思わず口に出した。


「イブちゃんは……ヒーローになりたい……?」
「……わかんない。イブ、ヒーローのおねーちゃんがいたんだけどね、おねーちゃんはイブがヒーローになるの嫌がってた。でもイブは……おねーちゃんの怪我治したかったし、今もみんなの怪我はイブが治してあげたいなって思ってるよ。ヒーローになりたいとか、なりたくないとかは……ちょっとわかんないや」
「え!? お姉さんいたの!? だ、だれ? 僕知ってるかも!」
「血のつながり? とかはないんだけどね。んーっとね。たしか……ナガン。レディ・ナガンだよ」

イブに唯一残った優しい子供の頃の記憶。そこにあるのは筒美火伊那という優しいお姉ちゃんがとても可愛がってくれたという記憶だけ。ただイブがヒーローになるのをとても嫌がっていた。何で自分がヒーローになると言い出したのかもわからない。わからないのに火伊那お姉ちゃんは「ヒーローになんてなっちゃダメだ」とイブを抱きしめていたことはとてもよく覚えていた。







「天廻イブ……先輩の宝物。もうそんな年なんすねぇ……まぁ俺と6つしか違わないし、そりゃそうか」

公安から連絡がきたそれにホークスは独り言ちた。資料として送られてきた少女の写真と書類。そこには確かに成長した姿があって、俺のことは覚えてないだろうなぁと当たり前のことを思う。
雄英体育祭が迫っている。ナガンの愛した宝物が世に出てしまう。その意味をホークスは誰より理解していた。


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