花園の邂逅


イブはボロボロと涙を流してそれはもう悲しんでいたが、物間はそれを嫌がりもせず慰めてくれた。にわかに外が騒がしくなるのに気付いた物間が気分がいいなら中庭に行こうと声をかけてくれた。なんでも花畑があるらしい。イブはその提案に頷いて、一緒に中庭に向かおうとしていたら、廊下で上鳴達に会った。


「あれ、イブ。もういいのか?」
「うん。ものまくんが治してくれた」
「そっか、ありがとな物間」
「……別に」
「今からどっか行くのか? 爆豪たちの見舞いなら今はちょっとやめといたがいいぞ」
「なにかあったの?」
「爆豪はまだ安静じゃねぇといけねぇのに、緑谷の病室前でひと暴れして連れ戻したところ。轟は来客中」
「かっちゃん元気だねぇ。イブたち中庭に行くの。花畑があるんだって!」
「花畑……」
「何だよ」
「いや別に? 楽しんで来いよ」
「うん!」

上鳴たちと話してからようやく向かう。なんだか妙にニヤニヤしていたのが変だなと思った。







「わぁあすごいねぇ。イブ前もこの病院にいたことあったんだけど、ちゃんと中庭とか見てなかったからなんかもったいないことしちゃった気分」
「前って……あの時か」
「うん。あっという間だよねぇ」

もう入学して一年が経とうとしている。イブたちももうすぐ二年生だ。二年生になってもみんなと一緒にいられるのかイブはちょっと考えていた。
物間が急に黙りこんで複雑な表情を浮かべるイブに何か言おうとして、ふと前を見ると……イブとそっくりな顔をした女性を発見し、思わず口に出した。


「ドッペルゲンガー!?」
「え、なになに」
「……じゃ、ないな。目の色も……なにより年が違う……」
「? どうしたの物間くん」
「いや……」

なんと言っていいものか、親戚の有無を尋ねるのはできない。何故ならイブにそういうことを聞いてもわからないと知っているからだ。物間が考えていると、なんとその女性の方から物間たちの方にやって来た。


「こんにちは」
「! こんにちは!」
「こんにちは……」
「綺麗な羽ね。個性は天使様かしら?」
「あ、イブの個性は……」
「ええ、そんな感じです」

馬鹿正直に女神だと答えようとしたイブを物間がカバーした。どんなに綺麗で優しそうな女性だろうと危機感というものは大事である。女性は気にした風もなく和やかに会話を続ける。


「急にごめんなさいね、あまりに綺麗だったからお話してみたくて……」
「ふふ、イブ羽が自慢だからそう言ってもらえると嬉しいな」
「よく似合っているわ。あなたたちは恋人かしら?」
「こいびと……」
「いえ、残念ながらそうじゃないんです」
「まぁ……がんばってね。応援しているわ」

ほわっとお姉さんの頭から花が舞う。イブはそれに目を輝かせた。


「今のおねえさんの個性? とっても素敵!」
「ええ、そうなの。感情に合わせて花がでるのだけど……ちょっと問題があってね」
「問題?」
「自分ではコントロールできないし、花が出るたびに記憶が少しずつ飛んじゃうのよね……ここに何かをしようと思ってきたはずなんだけど、忘れてしまったわ」
「それって……」
「えーおねえさんちょっとイブとおそろいだね? イブもお願い事すると記憶なくなっちゃうんだー」
「まぁ、イブちゃんも大変なのねぇ」

物間は確信した。この二人間違いなく親戚だ。
しばらくすると彼女の夫らしき男の人がスケッチブックを片手に慌てた様子で駆け寄ってきた。そして傍にいるイブを見て驚いたようにイブの名前を口にした。


「? イブのこと知ってるの?」
「あ、いや……ああ。雄英生だろう。体育祭で見たんだ」
「まぁ、イブちゃん雄英の子だったの? すごいのねぇ」
「えへへ、そうかな?」
「三位までいったんだからすごいでいいんだよ」
「じゃあイブすごいー!」

物間はもう世間は意外と狭いのかもしれないと思わずにはいられなかった。この男の人の目の色はイブとそっくりだ。イブを見た反応といい、おそらくこの二人がイブの両親だろうと推測した。


「そろそろ風が強くなるから戻ろう」
「あら、残念だわ。もう少しおしゃべりしたかったのだけど……なんだかイブちゃんのこと他人とは思えないのよねぇ」
「……そう、か」
「イブもおねえさんのこと好きだよ。また会える?」
「ええ、きっと……あなたのことは忘れたくないわ」
「大丈夫だよ。忘れてても、また思い出は作ればいいんだってお友だちがいってくれたの。おねえさんが忘れてても、イブが忘れてても、きっとまた仲良くなれるよ」
「素敵なお友だちがいるのね。ええ、また仲良くなりましょう」

彼女の夫は何か衝撃を受けたようだった。「少し待ってくれ」とだけ言うと持ってきていたスケッチブックにさらさらと何かを描きあっという間に仕上げてイブに渡してくれた。
そのスケッチブックにはおねえさんの絵が数枚描かれており、まるで写真のようにイブとおねえさんの二人が描かれていた。


「いいの?」
「ああ、僕にはこんなことしかできない……」
「? 素敵な絵だよ。ありがとう、おにいさん!」

なんだかおにいさんは泣きそうだった。おねえさんが困ったように「あらあら、困った泣き虫さんね」と笑った。そうしてまたねと去っていった背中をイブはずっと見ていた。



「なんでおにいさん泣いちゃったのかな」
「さぁね。お兄さんって年でもないのにお兄さん呼びされて嬉しかったとかかもよ」
「えー!? そうだったの!?」
「冗談だよ。僕たちも戻ろう。風が強くなるそうだから」
「はーい」

物間はなんとなくおにいさんの気持ちが理解できた。
多分、おねえさんは……イブの母親は生まれてすぐイブと引き離されたこともあって、イブを産んだことを忘れてしまったのだ。子どもの存在を示唆したところで記憶がない母親は混乱するだけであるし、じゃあ会いたいとなるのが普通だろう。けれどイブとは簡単に会えるわけではないし、会ったところですぐに忘れてしまう。それはイブだって辛い思いをするだろう。その度に苦しむのであれば……いっそなかったことにしてしまおうと思っても不思議ではなかった。


「難儀な個性だよね」
「なにかいった?」
「ん。病室に戻ったら次は何剥こうかなって。何がいい?」
「えっとね……オレンジ!」
「いいよ。かわいくしてあげる」

元気が出たようなイブに物間はほっとした。もう大丈夫だろうと思っていたのに――イブは緑谷と一緒に雄英から姿を消した。


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