狙われる者同士


物間が宣言通りオレンジを可愛く剝いてくれてご機嫌で食べた後、イブは眠くなったと言って物間を部屋から追い出した。ちょうどお見舞いに来てくれたクラスメイトたちも物間がもう寝るからと一緒に返してくれた。
そしてイブはホークスにメールを出した。イブのお願いを叶えるにはそれしかなかったから。そしてイブのお願い通りホークスは来てくれた。一緒にベストジーニストも連れて。


「ホークス!? わああすごいボロボロー! イブが治してあげる!」
「ありがとう。やっぱイブちゃんの治癒が一番効くねぇ〜」

思った以上にボロボロでびっくりした。包帯だらけである。イブはたったか治癒すると傍で見ていたベストジーニストが「やはり君の個性はすごいな」と感心していた。


「はぁ……喋れるって最高」
「もう大丈夫? 痛くない?」
「痛くない痛くない。で、あー……ごめんね。俺大分強引だったでしょ。さっき焦凍くんともちょっと話してたんだけど、怒られたよ。イブが泣いてたって」
「とどろきくんはやさしいから……でもホークスも大変だったんでしょ。イブを守ろうとしてくれてありがとう」
「……結局守れなかったけどね。まぁ、それはそうと……俺を呼んだってことは……イブちゃん、雄英出るつもり?」
「……うん」

イブはAFOが最後に言った言葉を思い出していた。次は必ず殺しに行く。緑谷のOFAを狙うのも、イブの命を狙うのもAFOの目的である。つまり、自分たちの傍にいる人間が危ないということ。
イブがこのまま雄英に帰ったら、雄英にいるみんなが危なくなる。今度死ぬのは……大好きなクラスメイトたちかもしれない。


「外はダツゴクがうようよしてるし、市民の反発もすごい。わりと地獄だよ」
「それでも行く。イブはみんなが好き……イブのせいで危険な目に遭わせたくない。だから、お願いホークス。イブを遠くに連れてって」
「……」
「理にはかなっている。だが君は自身を囮にされるというのも理解しているのか」
「わかってる。イブだけ助かろうなんてそんなこと思ってない。どんな怪我もイブが治して戦えるようにする。だからヒーロー、あいつを倒して」
「ふむ……意外と肝の据わったお嬢さんだな」
「まさか。俺たち・・・が据わざるを得なくしたんスよ。……いいよ。ちょうどもう一人の方も同じことを考えてたから。ちょうどいい」
「もう一人……?」
「緑谷出久。彼もまたAFOに狙われてる。君の治癒があれば……或いは」

こうしてイブたちは退院後すぐに作戦を決行した。ダツゴクを捕まえつつAFOに繋がるダツゴクを見つける。その前にAFOが向かって来てくれればいいが、そう上手くはいかなかった。







「デクくん、だいじょうぶ?」
「うん、僕は大丈夫。イブちゃんが治癒してくれるおかげでまだ全然やれるよ!」
「でもちょっと寝たら? イブの治癒じゃ睡眠とかはどうにもならないよ……」
「大丈夫。ちゃんと寝てるから」
「……寝てないのイブ知ってるぅ」

イブは緑谷たちの治癒を買って出ていたが、緑谷は働き通しだった。オールマイトも心配している。イブも緑谷から個性の秘密を教えてもらい、時間がないと無茶な戦い方をする緑谷を助長させるように治癒をした。相澤が最初に止めた使い方をしていることに罪悪感を感じないわけではなかったが、それでも時間がないのだ。掴むために無茶でもやる。どんな無茶をしてもどんな怪我をしても治せるイブがいた。


「あ、そうだ。これオールマイトから。頼んでた日記帳」
「! ありがとう! これだけはどうしても手元にほしかったの……」
「イブちゃんも記憶は大丈夫? この間大分無理したんじゃ……」
「……大丈夫。平気」

ぎゅっと日記帳を抱きしめた。葉隠がデザインしてくれて、八百万が創ってくれた世界で一つだけの日記帳。思い出がたくさんつまった日記帳。今唯一、みんなを身近に感じられるもの。
スマホの電源は切った。だってみんなからの連絡がたくさん来てるから。見たくなかった。見たら……どうしても泣いてしまうから。


「イブちゃん。僕の前でまで強がらなくていいんだよ」
「……そういうデクくんこそ」
「……そうだね、僕たちの気持ちは同じだ。狙われる者同士、一緒に頑張ろう」
「うん……がんばろう」

頑張ろう。大好きなみんなが笑って過ごせるように。
いつかまた一緒に毎日を楽しく過ごすために。
イブたちは秘密の指切りをした。







「イブちゃん、レディ・ナガンのことはどこまで覚えてる?」
「ながん……火伊那おねーちゃん?」
「そう」
「気付いたらずっと一緒で、いろんなことを教えてくれて……すごくかわいがってもらった。イブがヒーローになるのを嫌がってて、見えない傷を抱えてた」
「約束をしたことは?」
「やくそく……?」
「なにかお願いされなかった? 例えばそう……何かを忘れるように」
「忘れる……」

「イブ、今から言うことをよく聞けよ。ここ・・での記憶は忘れるんだ。そして大人の言うことは聞いちゃダメだ」
「うん? なんで?」
「火伊那おねーちゃんからのお願い・・・だからだよ。いい子なイブはお願いを聞いてくれるな?」
「うん、わかった」
「ありがとう、イブ(……さよなら)」


はっとする。確かにイブはナガンがいなくなる直前にお願いをされた。イブは言われた通りに記憶も消して、大人の言うこともあまり聞かないようにした。それでも火伊那おねーちゃんのことを覚えていたのはイブが忘れたくなかったからだ。
ナガンもまたタルタロスからダツゴクしている。

――イブとナガンの運命の邂逅が近づいていた。


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