火伊那おねーちゃん


「彼女を連れてきてよかったのか」
「一番会いたがってるのはこの子ですからね」
「おねーちゃん……ここにいるの……?」

ナガンと緑谷が戦闘に入った。それと同時に緑谷と分断させるべくダツゴクも複数現れる。イブもまた行動を共にしていたホークスたちと一緒にいた。
雨が降っている。辺りは暗くよく見えない。それでもイブはずっと会いたかったおねーちゃんに会えるかもしれないと緊張していた。







「AFOの情報、教えてもらいます!!」
「勝ったとでも!? 言うわきゃねェだろ」
「がっ」
「公安に一通り仕込まれてる」
「っ……!! 何でAFOにつくんですか……! あいつは全部を支配しようと企んでる。イブちゃんだって狙われてる!! 何で……!! あなたはヒーローだったハズなのに!!」

イブの名前を聞いたとき、ナガンの表情が揺らいだ。緑谷はそこにイブを狙っていることは知らないのだと当たりをつけた。けれどナガンも揺るがない。


つくられた正義・・・・・・・しか見えてない。そんなに染まった人間には理解できねェさ」
「色……!? わっ、後ろ……!!」
「疲れちまったのさ。沢山殺した。偽りハリボテの社会を維持する為に。ヒーローへのテロを謀計していたとあるグループ。敵組織と癒着し名声と金を得ていたヒーローチーム。社会の基盤を揺るがしかねない人間たちは、皆法に裁かれることなく罪ごと消えた・・・。全て公安の秘匿命令だ」

超人社会の土台はヒーローへの信頼。それを維持する為の歯車がナガンだった。表の顔も裏の顔もどちらも欠ければ立ち行かないからナガンは従った。従い続け、そしてその脆さに目眩がした。


「イブだってそうだ。奇跡の個性を持って生まれた子。公安はイブの個性の有用性に目をつけ、オールマイトに次ぐ新たな超人社会の象徴に仕立て上げようとした。私は公安からイブを手懐けるよう命令を受け、従った」
「命令!? ……でもっイブちゃんはあなたのことを大事に思ってる! 今だって! ずっと!!」
「ああ、大成功さ。イブは本当に純粋だった。私の愛情を疑いもしないで、よく言うことを聞いた。大成功で終わるはずだった……。けれど、一つ誤算が起きた。――私はあの子を愛してしまった」

ナガンにとってイブはこの世で最もキラキラしたものだった。
イブを愛おしく思えば思うほど、このままではダメだとどんどん追い詰められていった。だからナガンは溢れてしまった、限界が来てしまった。
同じくその希少な存在故に過去に人間に弄られた経験のある根津を頼った。そして自分がいなくなった後もイブが公安に利用されないようお願いをして保険をかけた。
――それらが済むとあとは簡単だった。


「……!!? 当時の公安委員会会長を殺害……!? そんな報道は……ヒーローと言い争いになり殺害したって――!!」
「そうさ。公安はそこでもハリボテを守った。中枢の揉め事造反など見せられやしないのさ。知らなかっただろう? 誰もが空想し憧れた超人社会は、薄く、脆い虚像。そんなもの取り戻してどうなる。繰り返すだけだ。キラキラ輝く星だけを見せられ、また誰かが真実に蝕まれる」
「天廻イブの個性なら根本から解決することが出来る。反動はあるだろうが、それでも得るものが大きい。ナガン、頼んだぞ。天廻イブを使えるよう教育しろ」

ナガンの脳裏に幼いイブが浮かぶ。きれいでかわいい、キラキラした自慢の妹。ナガンの宝物。次はイブだった。蝕まれるのも使い古されるのも。あのキラキラしたイブがそんな風になるのだけは嫌だった。


「AFOの支配する未来の方がまだ幾らか澄んでるだろうぜ」
「知らなかった。でも……ちょっとずつわかってきたところなんです。白と黒だけじゃない……世界のほとんどはグレーで不安や怒りが渦巻いてる。だからこそ、そこに手を差し伸べなきゃ」
「……ハリボテ教育の賜物だ」

ナガンの銃身が一緒に連れていた治崎に向かった。けれど緑谷は迷いなく助けに行った。敵だと認識した上でそうすることが当然だというように。それはナガンが最初に憧れた、キラキラした星の輝き。ヒーローの在り方だった。


「治崎に撃った弾。軌道がズレてた。あなたが本当にAFOに与してたのなら、そもそも初撃で僕の腰を撃ち抜いて終わりだった……!! 闇を知ってるあなたならこれから照らすべき方向もわかるハズだ。僕らと一緒に戦ってください。あなたの心はまだヒーローのままです」
「(――どんだけだよ)緑谷出久。おまえは本も――」
「ナガン!!」

ナガンの身体が爆発した。AFOから新たに個性を貰った時に何か仕掛けをされていたのだろう。
落ちるナガンをホークスがキャッチし、イブも飛んで来た。


「死んじゃ駄目です! 先輩!!」
「火伊那おねーちゃんっ!!」
「(イブ……?)」
「ホークス!! 本人の意思とは思えないタイミングで爆発しました!! ナガンはAFOから個性を付与されていた!! 恐らく何か仕掛けをされて……!!」
「俺はホークス!! あなたの……後釜だ!! AFOなんかに唆されよってから!!! あなたの事は知ってる……あの子・・・と戦ったならわかったハズだ!! 放り投げるにはまだ時期尚早だったって!! 知ってる事を教えて下さい!! 希望を次に繋いで下さい!! 利用されて終わるな!! あなたはヒーローレディ・ナガンだろ!!」

イブがボロボロのナガンに泣きながら治癒をかける。身体の内側から爆発している。酷い傷だった。
ナガンがホークスの瞳を見て同じ公安としてろくでもないことをされているはずのにキラキラした目をしているからなんでなんだと思う。緑谷もホークスも混沌の中でキラキラ輝いている。
ナガンは力を振り絞り情報を落としてくれた。二か月以内に灰堀の森林洋館へ標的をつれくること。


「なァ……後輩くん……私は心が保たなかった……君は……なんでそんな顔でいられる……」
「支えてくれる人がいた……俺楽観的なんす」
「火伊那おねーちゃんっ、大丈夫だよ、大丈夫だからねっイブがちゃんと治すからねっ」
「イブも……なんで、私のこと……覚えて……」
「忘れたくなかったからっおねーちゃんのこと、忘れたくなかったからだよ……!!」

大きくなったなぁとナガンはイブの姿を見て思う。でも泣き虫なのは変わらないなとも。
始まりがどんな形だとしても、たとえ命令だったとしても、イブとナガンが築いた関係が嘘だというわけではない。イブはナガンが大好きで、ナガンもイブを愛していた。たったそれだけのことだった。


「なァ……イブ」
「なぁに?」
「私はまだ……おまえの……おねーちゃん、か……?」
「当たり前だよ! 火伊那おねーちゃんはずっとイブのおねーちゃんだよ……!! イブ、おねーちゃんの言いつけ破ってヒーロー目指してるけど! それでもイブはおねーちゃんの妹だもんっ! いやっていっても妹だもんんんっ!!」
「そうか……そう、だったんだな……」

イブの羽が幼い頃のものと変わっていた。後輩だというホークスと同じ色違いの羽。イブはあの頃と同じキラキラしたままだった。心底安心した。イブは、宝物は……穢されることなく育ってくれたのだ。それが分かると安心したようにナガンは気を失った。
その後イブの治癒が終わるとナガンはセントラル病院に運ばれる。

ナガンのくれた情報を頼りに灰堀の森林洋館へと向かったが、そこにはAFOの映像とビデオメッセージだけが流れもぬけの殻だった。ビデオメッセージが終わると洋館は爆破した。手掛かりは依然としてつかめないままだったが、この一件は緑谷を更に追い込むのであった。


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