ほんとうのきもち


「ねぇ、イブちゃん」
「なぁに、ホークス」
「雄英、戻りたくない?」
「……変なホークス。今戻ったら意味がないよ。戻るときは……全部終わってからだよ」
「……そっか」

緑谷は以前にも増して精力的に活動している。精力的というか、何かに取り憑かれているかのようだった。イブの治癒もあってか緑谷はもうオールマイトの100%だって引き出せる。第二の刺客と遭遇しても即撃破した。同じ狙われている者同士なのに、なんだかとても遠い存在になってしまった。


「ありがとう。あなたも疲れてるでしょ。ちょっと休んだら?」
「大丈夫だよMt.レディ。ちゃんと寝てるし、お風呂も入ってるし、羽だってブラッシングしてもらってるよ。まだまだ全然やれる!」
「……そう。でも無理はしないで。あなたはまだ子どもなんだから」

Mt.レディが気遣うようにイブの頭を撫でた。
イブも緑谷ほどではないけれど、拠点を次々に移し、傷ついたヒーローたちを治癒しながらいつ自分を殺しに来るかもわからないAFOを迎え撃つ生活は大分精神的な疲労をもたらしていた。
小さな物音にも過敏に反応し、大きな羽で自身を包むように閉じこもる。
ホークスが気を利かせてあまおうを持ってきてくれても、あまり喉を通らない。唯一の安らぎはジーニストが率先して整えてくれるブラッシングの時間だけだった。


「イブちゃん、ちょっと外に出るよ。緑谷くんに会いに行こう」
「うん、わかった!」

緑谷の傷を治癒しなくては。そう思って外に出たのに待っていたのは緑谷だけじゃなかった。







「な、なんで……みんなが……ホークス……!?」
「このままじゃいけないと思ったんだ。君たち・・・に必要なのは俺たちじゃない。あの子たちだ」

緑谷を連れ戻そうとA組のみんなが頑張っていた。
久しぶりに見るみんなの姿に思わず涙がこみあげてくる。ずっと会いたかった、でも会うわけにはいかなかったみんなの姿。
ついに緑谷を飯田が掴んだ。迷子の手を引いてくれるインゲニウムの手。
爆豪が緑谷に今までの本音をさらけ出して謝った。みんなで全部救けて勝つんだと言ってくれた。緑谷は……みんなの手を取った。みんなと戦うことを選んだ。


「で、次はおまえな訳だが。なんか言うことあるか」
「……あるよ、たくさん……あるよ」
「なら全部言え。聞いてやる」

イブは声が震えそうになるのを必死で耐えて、また涙が零れそうな顔を俯いて隠した。


「イブ、こっちにいる方が全然楽しい。だって雄英からずっと今まで出れなかったし、いざ出てみると自由で羽ものびのびとして過ごせるし、それにブラッシングだってジーニストがしてくれるんだよ。いつもより……いつもよりつやつやだし。いちごだって好きなだけ食べれるし……それに、それに……」

ぼた、っと地面に雨じゃない滴が落ちた。本当はこっちの方がいいなんて思ってない。
雄英から出られなくたって、根津がイブのためにたくさんいろんなものを与えてくれた。
ブラッシングだってみんなにされた方が嬉しい。
いちごや甘い物を爆豪に制限されたってイブのためだってちゃんとわかってる。
それになにより、ここには……みんながいない。


「とにかく、イブは平気。デクくんだけ連れて帰ってよ。イブは治癒が必要な人がいるから帰らない」
「……イブ、俺はお前がいてくれないと心配で林檎も喉を通らない。黒影もそうだ。帰ってきてくれないか」
「イブ……! 帰ってキテ!」
「イブは大丈夫だから心配しないで。安心してりんご食べてて」

ぼたっと、また地面に染みができる。もうバレバレの嘘である。次々にみんなが「帰って来い」と声をかけた。「もう頑張らなくていい」「一緒にいよう」「ブラッシングもさせてほしい」「砂藤のケーキも八百万の紅茶もある」その言葉全部に揺れる。

だからイブは逃げた。逃げるしかなかった。大切だから、逃げた。
でもそれをみんなは追ってくるし、涙でぼやける視界じゃ雨が降っているのもあってうまく飛べなかった。あっという間に捕まってしまう。


「おまえ……嘘がクソ下手なんじゃ」
「ううっ……嘘じゃない〜!」
「どこがだよ」
「全部だもん〜!」
「駄々っ子が」

ずぴっと鼻水を啜っていると緑谷が前に出てきた。イブと同じ狙われている者同士。みんなと離れている間唯一接したクラスメイト。


「もういいんだよイブちゃん。もういいんだ……」
「デクくん……」
「みんなと一緒に……全部救けて勝とう」
「俺らが心配なら、お前が俺らを守れ。出来ねぇハズねぇだろ。俺らのために出ていけるんだからよ」
「うっ、ううっ」

爆豪の言うとおりだった。みんなが危険にさらされると思ったらものすごい行動力が発揮された。今まで雄英から出るなんて考えたことなかったのに。危ないと分かってる外に出る選択ができた。実際出てみて想像以上に怖いことがいっぱいあった。でもそれでも帰ろうとしなかった。みんなが危険な目にあうくらいならこんなことへっちゃらだった。イブにもそんな選択が出来たのだ。


「で、本当のところの気持ちは?」
「イブもみんなといだい゛よお゛〜〜!!」
「……知っとるわ。ったく、手がかかるバカ娘が」

びえーんと泣いたイブを爆豪が乱暴に頭を撫でてあやしている。
緑谷への謝罪に続いてイブをバカ娘と言って娘と認めるような発言に少し驚いた。掃討作戦から爆豪にはかなりの心境の変化があったらしい。
ぴぃぴぃ泣いて「いじわる言ってごめんね〜〜!!」と泣くイブに「いいのよイブちゃん。本心じゃないことはわかっていたわ」「ええ、わかりやすかったですもの」と笑う蛙吹と八百万にうんうんとみんなも同意する。
爆豪がついでとばかりにイブに教えた。


「見えない傷も治してくれンだろ。おめーがいなくなっただけで発狂寸前の奴もいるわ。なんとかしろ」
「ずぴっ……う?」

それが誰かわかるのは雄英に帰ってからだった。


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