君がいなきゃ息もできない


緑谷とイブが雄英に帰ってきたとき、避難民から抗議はもちろんあった。
二人はAFOに狙われていて、そのことは断片的に人々に伝わってしまっていた。不安に思う気持ち、それが牙となって緑谷とイブに向かった。
でも、麗日が戦ってくれた。繋ぐためのあと一歩までの道を作ってくれた。避難民の中には緑谷が助けた人や洸汰くん、あのおねえさんやおにいさんもいた。考え直して許容してくれる人もいて、雄英を変わらずイブたちのヒーローアカデミアで、イブのお家であることを許してくれたのだった。


「痒いところはない? イブちゃん」
「耳のところがちょっとかゆい」
「ここかしら?」
「あ、そこそこ〜!」

緑谷が男子たちにやや乱暴に風呂に入れられている間、イブは丁寧にお風呂を手伝ってもらっていた。緑谷はお風呂もご飯も睡眠もろくにしていなかったが、イブは女の子であるしそこはちゃんとしていた。それでもこんなにリラックスすることはなかった。

シャンプーを蛙吹にしてもらい、トリートメントを耳郎がしてくれた。
身体を自分で洗おうとしたら、もう芦戸と葉隠がスポンジに泡を立てて待ち構えていた。
洗顔まで麗日にされ、仲良くみんなで湯船に浸かったら八百万がヘアオイルをつけて乾かしてくれた。
もう至れり尽くせりであった。ご丁寧に風呂上がりの一杯とばかりに砂藤が苺ミルクを準備してくれていた。作りたてである。


「ぷはぁ! 生き返る〜!」
「ヒゲできてっぞ」
「うにゃ」

ゴシゴシと拭ってヒゲをとる。爆豪がとれたのを見るとこっち来いと膝を叩いた。
よくわからず首をかしげていると、「俺だけには許可してやる。膝乗れ」とバシバシ自分の膝を叩いていた。それを理解するとイブはぱああっと表情を華やがせて思いっ切りダイブした。叩かれた。


「誰がダイブしろっつった!?」
「つい……」
「ったく。お前はちったぁ落ち着け。ほんと手がかかるガキだわ」
「んふふ……かっちゃんパパ〜」

誰がパパじゃ、といういつもの言葉は返ってこなかった。その代わり羽にオイルを揉みこまれる。ブラッシングをしてくれるらしかった。


「で、ジーパンの方がいいって?」
「……ジーニストも上手だったけど、みんなの方がいいよ」
「だろうなァ」
「わかってるくせにぃ……」
「分かってても訂正はさせねェと腹立つンだよ」
「みみっち……ぎゃふっ」
「うっせ」

そうやって爆豪にブラッシングしてもらっていると、来客があった。
爆豪は誰かわかっていたようで「しっかりやれよ」とイブを向かわせた。


「はーい? どなた〜?」
「……」
「あれ、ものまくん? なんで……わっ」

いきなり抱きしめられた。しかもそれなりに力が入っている。
慌てて周りに助けを求めようとするけれど、なんだかみんな何とも言えない視線を向けてくるだけだった。


「ど、どうしたの? どっか痛い……?」
「……」
「ものまくん……?」

ひたすら無言で抱きしめられいる。もう何が何だかわからないけれど、最初に見た物間の表情がどこか泣き出しそうな感じだったので、イブはとりあえず大人しくした。
しばらくすると安定したのか、物間がやっと口を開いた。


「……っいした……」
「え?」
「ほんとにっ心配した!!」
「お、おおう」
「寝るっていったから出て行ったのに! いつの間にか退院になってるし! 雄英には戻ってこないし!! 心配でA組周辺探ってたら緑谷と一緒に外にいるって言うじゃないか!! 外は地獄だってのにもう気が気じゃなかったんだけど!? 僕だって出来ることなら一緒に行きたかったさ!! でもA組の問題だって僕だけ除け者にされて……!! ああもうまたA組だ!! A組じゃないと君の王子様にはなれないっていうのかい!? そんなの僕は認めないね!! 僕は君がいなきゃ息もできないんだぞ……!!!」
「……へ?」

すごい勢いで捲し立てられた。イブは物間の言っていることを半分も理解できなかった。一気にしゃべらないでほしいクリームには理解できない。
わくわくして見守っていた葉隠がこれはダメだと助け船を出してくれた。


「あの〜。お節介かもだけど、今のじゃイブちゃん何言われたのかわかってないよ〜。一つずつ喋ってあげて〜」
「A組……!! ああ、もうっかっこ悪い……!!」

前髪をぐしゃっとして物間は心底恥ずかしそうに吐き捨てた。イブがクリーム脳なばかり申し訳ないといった気持であったが、多分今のはイブじゃなくても理解できなかった。
八百万が「とにかくまずは座って話されては?」と紅茶と一緒に席を用意してくれた。


「……まずは、なにより無事でよかったよ……」
「あ、うん……イブはヒーローたちの傷を治してただけだから……」
「それでも立派に力になってるよ」
「そ、そっか……」

紅茶を一口飲んで物間は息をつくと、今更になってとんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。けれど今更なしというのもそれはそれでかっこ悪い。物間は腹をくくって少しずつ話していった。


「君の病室に行ったらもぬけの殻で……僕は驚いたんだ。また攫われたんじゃないかと気が気でなかった」
「あっごめんね……イブあれからすぐホークスにお願いして退院したの……」
「うん。退院したのは病院に確認したらわかった。でも、君は雄英に戻ってこなかった」
「……イブはAFOに狙われてた。イブがいたら、みんなも酷い目にあうんじゃないかって怖くて……出て行ったんだ」
「……A組が何か知ってるんじゃないかと思って、僕は聞きに回った。誰も知らなかったみたいだけど、手掛かりが入るならきっとA組だと思って、ずっと張り込んでた」
「え、ものまくんそこまでしてくれたの……?」
「……何かしないと気がおかしくなりそうだったんだよ。実際A組は君たちの手掛かりをつかんだ。校長に直談判に行くって知って僕も行こうとした。でも、同行することは叶わなかった。A組は君たちについて行く気だったからね。B組の僕ではついて行くことができなかった」

物間の握りこんだ拳が震えていた。悔しいとか情けないとかそんな気持ちがないまぜになっていた。


「僕はA組が妬ましい。当たり前に君に大事にされて、君を救けに行ける。いつだって君の隣にはA組がいる」
「ものまくん……」
「……僕は、君がいなきゃ息もできないくらい、君が好きだよ」

何を言われたのかイブは理解できなかった。イブがいなくちゃ息もできない。それくらい好き。
物間は大きくため息をついて、こんなはずじゃなかったと口にした。


「君と出会ってこんなはずじゃなかったことばっかりだ。こんな風に告白するはずじゃなかったし、勝算のないまま、憎きA組の奴等の前で告白するなんてどうかしてる……」
「……え、告白されたのイブ!?」
「ああうん。そうだよ……ほんと、スマートじゃない……」

もう物間は項垂れていた。こんなはずじゃないことだらけだ。イブみたいな子どもっぽい子を好きになる予定なんてなかったし、その後も関わるつもりはなかったのに気になってしょうがなくて。いつだって気づいたら目で追っていて、無邪気なところも、お人よしなところも、頭が弱いところもいつの間にか全部可愛く思えて仕方なかった。

笑ってほしいと思うようになって、他の誰にも見せたくなくなって、心配で仕方なくて、もう取り返しがつかないところまで来てしまった。この子が好きだと認めざるを得なくて、この子の王子様になりたいと思ってしまったから。


「君は僕にとってお姫様なんだよ。小さい頃憧れたお姫様。いつか自分にもそういうお姫様が現れるんじゃないかと思ってた。少し前まで忘れてたんだけど、思い出したら……ああ、君だって腑に落ちたんだ」
「イブがお姫様?」
「そう。だから僕は君の王子様になりたかったんだよ」

物間のことを王子様みたいだと思ったことはある。けれど多分、物間が言っている意味とは違うのだとイブは思った。物間は紅茶を飲み干すと、「ごちそうさま」と言って席を立った。


「ごめん、混乱させた。僕の気持ちは以上だけど、忘れていいから」
「え」
「邪魔したね、A組」
「おい」
「なにかな爆豪」
「いいンかそれで。こいつがいねー間のおまえ、いつもの八割増しでうぜぇンだよ。ンな簡単に諦めらえるもんじゃねぇだろ」

物間は爆豪の言葉にピクリと反応すると、やはり何か思うところがあったのか、わなわなと震えだし、いつもの対A組の顔になった。


「あれれええええ!? 僕いつ諦めるっていったかなああああ!? 次告白するときはロマンチックに決める気しかしないんだけどおおおお!?」
「やっぱクソうぜェな?」
「ハハハハハ! 君も! これを機にちょっとは僕のこと意識することだね!! 多分すぐ好きになるから!!!」
「お、おお……」
「(忘れろっていったのてめーだろうよ)」
「それじゃA組! 良い夜を!!」

まるで嵐のようだった。
爆豪はブラッシングの途中だったこともあり、もう一度イブを膝に乗せてブラッシングを再開した。イブなりに先ほどの物間の告白のことを考えているようで、爆豪も決して口にはしないがイブの上辺だけ見てラブレターを送ってきた輩よりはましだと採点する。
けれどまぁ、物間の気持ちは本物だと認めざるを得ないのも事実だった。


「避難民の奴が言ってたろ。ここはおまえの家だって」
「あ、うん。言ってたね」
「それ、あいつが訴えて周ってたんだと」
「ものまくんが?」
「情緒不安定でクソほどムカツク野郎だが……おまえに対しては疑いようもなく本気だわ」

爆豪は自分たちが校長にエンデヴァーを呼び出してもらえるよう話に行ったときも、エンデヴァーの招致に成功したときも、それ以外もイブがいなくなったと知ってからずっと物間が必死だったのを思い出していた。
自分がついていけないと分かったときは泣きそうになりながら「絶対あの子を連れ戻せよ。じゃないと僕は一生君たちを許さないからな」と呪ってきた。イブがいなきゃ息もできないというのはあながち間違いでもなさそうだった。

その後も物間は物間なりに出来ることを模索して、イブが帰ってきたとき少しでも火の粉を払えるように奔走してくれていたのだ。


「イブ、ものまくんにいつも助けてもらってばかりだなぁ」
「好きでやってンだろ」
「うーんでも、イブもいつかちゃんとお返ししたいなって思ってるんだ」
「そーかよ」
「ねえ、かっちゃん。恋ってなんだろうね、イブのものまくんへの好きは、恋じゃないのかなぁ」
「俺が知るかっての」
「うーん、むずかしいねぇ」

正直爆豪から見て脈無しとも思わなかった。王子様になりたかっただ、なれないだ言ってはいたが爆豪が知ってるだけでも神野といい今回といい、対抗戦といいわりと王子様なんじゃねェのって感じである。
好きという感情だけでイブのピンチに立ち上がれるのだから、素養はある。だが未だにイブの名前一つ言えないのはどうかと思うが。

まぁ、でも。今はまだいいかと思う。こいつに彼氏は早ェというのがパパとしての意見であるので。


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