雄英体育祭の始まり


いよいよ体育祭が始まった。イブも1年A組の控え室でどこか緊張したように羽をパタパタと揺らしていた。それをからかうように芦戸がつーっと指先で羽をなぞるものだからイブはくすぐったくて笑ってしまった。


「ひひっくすぐったい……!」
「へーくすぐったいんだぁ。イブの羽ってやっぱ神経通ってんのねぇ。抜けるときとかはどうなの? 痛い?」
「んーとね、引っ張られると痛いけど、勝手に抜けるときは痛くいないんだー」
「ふーん、そこは髪の毛と一緒かぁ」
「ブラッシングされるときもちぃ」
「じゃあ今度アタシしてあげるよ!」
「ほんと? うれし〜」

イブは羽をブラッシングされるときの心地よさを思い出していた。イブの羽をブラッシングしてくれる人はもうほとんどいない。なにせ高校生である。子供の頃はナガンが丁寧に手入れをしてくれていたがナガンがいなくなってから雄英預かりになると、ミッドナイトや13号がしてくれていたが生徒になった今あまり特別扱いもいけないとこういう甘やかしはめっきり減ってしまったのだった。それでも相澤の目を盗んでこっそりたまーにしてくれるのだけど。すっかりリラックスしていたイブだが、轟が緑谷に宣戦布告したりと不穏なことが起きてしまい不安げに羽をたたむのだった。







「どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!! ヒーロー科!! 1年!!! A組だろぉぉ!!?」
「わあああ……人がすんごい……」
「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……! これもまたヒーローとしての素養を身に着ける一環なんだな」
「めっちゃ持ち上げられてんな……なんか緊張すんな……! なァ爆豪」
「しねえよただただアガるわ」
「イブ……こういうの苦手……」
「まぁあんたは目立つもんねぇ……がんばろ」
「うん……」

見るからに希少個性天使エンジェルの異形型であるイブは入場から早くも注目を集めていた。単純な期待だけならいざ知らず、中には明らかに見世物を品定めるような不躾な視線もありイブは居心地が悪かった。気づいた障子がさり気なくイブを隠すように移動してくれた。同じ異形型同士何かを感じてくれたのだろう。優しいことである。
そして続々と他の科も入場し、いよいよ選手宣誓となる。今年の1年主審はミッドナイトが務めるらしく、18禁ヒーローということもあって、いいのか? いいに決まってる! とにわかに騒がしくなった。

「静かにしなさい!! 選手代表!! 1−A爆豪勝己!!」
「え〜〜かっちゃんなの!?」
「あいつ一応入試1位通過だからな」
「かっちゃんすごいねー!」
ヒーロー科の入試・・・・・・・・な」

イブがにこにこしていたら普通科から厳しい指摘が入った。しゅん、となるイブに瀬呂が「あんま気にすんな」と宥めた。マスコミとUSJの件からイブは妙に爆豪に懐いてしまっていたのだ。まぁそれはそれとしてかっちゃんいじわるの方程式もイブの中には存在している。イブは緑谷のことも大好きなのである。


「せんせー、俺が1位になる」
「絶対やると思った!!」
「調子のんなよA組オラァ」
「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」
「ヘドロヤロー」
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
「どんだけ自信過剰だよ!! この俺が潰したるわ!!」

爆豪の宣誓でA組全体が目の敵にされた。イブはおろっとしつつも漠然とかっちゃんなんかすごいと思っていた。クリーム脳なので言語化はできないが爆豪の己を追い込み打ち勝とうとするスタンスを尊敬していたのだ。これで直観力は優れているのである。


「さて運命の第一種目!! 今年は……コレ!!!」
「障害物競争……!」
「わぁ……! イブねこういうのやってみたかったんだー! 楽しみー!」
「多分イブが思ってるようなやつじゃねーと思うぞ。気を付けていこうな」
「う?」

体育祭などといった行事に馴染みがなく楽しそうと浮かれるイブに砂藤が諭した。賢明な判断である。雄英体育祭で開催される障害物競争がキャッキャウフフできるものであるはずがなかった。


「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約4km! 我が校は自由さが売り文句! ウフフフ……コースさえ守れば何をしたって・・・・・・構わないわ! さあさあ位置につきまくりなさい……」

ミッドナイトの楽し気なその表情にイブは大変心当たりがあった。これはイブにとって楽しくないことが起こると予感する。固まるイブを面倒見のいい蛙吹が「さぁイブちゃん、頑張りましょうね」と手を引いて位置についたのだった。

イブの楽しくない障害物競争が始まろうとしていた。


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