バレンタインの日が近づいてくると、傀薇は部屋で轟に贈るためのチョコを練習していた。せっかくだから轟の好物であるそばにちなんだチョコを作れないかと色々調べた結果、そばの実やそば粉を薄く伸ばし焼いてフレークにしたものを混ぜたチョコがあるらしく、それを作ってみようと試作を繰り返していたのだ。
そうやって連日練習しているものだから傀薇の部屋の中は甘い匂いが漂っていた。轟が部屋に来るたび「俺のチョコか?」と嬉しそうに聞いてくる。肯定すると食べたがるため、まだ試作途中のものを食べさせるわけにはいかないと代わりに板チョコを食べさせたりして誤魔化していた。そばを使っているのは当日知ってほしかったのだ。驚かせたい気持ちである。
「今日もお預けか?」
「ええ、当日まで楽しみにしてらして」
「目の前にあるとほしくなる」
「あと少しの辛抱ですわ」
「傀薇……」
「甘えてもダメですわ」
すりっと擦り寄ってきた轟に傀薇は仕方がないなとため息をつくと慰めるようにキスをした。ぎゅうぎゅう抱きしめてくる轟の好きなようにさせていると機嫌はいくらか回復したようでチョコは諦めてくれるらしかった。
そうしてバレンタイン当日がやってくる。バレンタイン当日、傀薇は砂藤をパティシエとしてA組の女子と一緒にA組男子への義理チョコを作っていた。轟の分は本命として自分で作ったが、義理チョコも大事である。クラスメイトとマジェスティックの分も作ろうと参加していた。
「手繰もさー、ちょっと前まで包丁も握ったことなかったのにさ、いつの間にか料理上手だもんね。びっくりしちゃった!」
「ああ、手繰は努力家だし、親切なんだよなぁ……俺いつも手伝ってもらってるわ。ありがとな」
「わたくしの方こそ砂藤にはお世話になってますわ。そば打ちができましたのも砂藤がいたからこそですもの」
「傀薇ちゃんもう立派なそば打ち職人だもんねぇ、轟くん「うめぇ」しか言わないけど傀薇ちゃん的にはずばりどうなの?」
少し前に砂藤や八百万が一言で済まされるのは悲しいものがあると話していただけに、葉隠は傀薇の本音が気になるようだった。それは他の面々も同じでやや緊張した面持ちで傀薇の返答を待っていた。
「確かに焦凍のコメントってシンプルですけれど……別にいいんですの。だって彼、すごく幸せそうに食べてくれますもの」
「目は口程に物を言うということですわね」
「手繰が作ったの轟すごい嬉しそうだもんね」
「愛ですなぁ……」
「ケロケロ、素敵ね」
轟と傀薇の仲のいい様子にほっこりすると傀薇の轟宛てのチョコレートへと話は飛んだ。そばを使ったチョコレートを作ったというとまたも「愛だ!」「愛だねぇ!」「素敵!」とほっこりした。そうしてあとは冷やしてから、夕飯前に仕上げることになり休憩に入る。傀薇はここで轟にチョコを渡すべくみんなとは別行動した。
「太陽……! こちらにいらっしゃったのですね!」
「ん? 塩崎? どうしましたの?」
「そのっ、私も太陽に日頃の感謝をお伝えしたく……! どうか受け取ってくださいっ」
らしくもなく慌ただしく駆け寄ってきた塩崎が差し出したのは丁寧にラッピングが施されたチョコレートだった。それに傀薇ははっとする。これは最近A組女子に教えてもらった友チョコというやつである。正直A組女子以外に友チョコをもらえるとは思っていなかったのだが、砂藤や八百万の強い勧めで友チョコを余分に作っていたのだ。必ず今日は持ち歩くようにと言われて何事かと思っていたが、なるほどこの時のためだったのだ。
「ありがとう塩崎。大切に食べますわ……わたくしからもこれを。お返しでしてよ」
「こ、これは……! 太陽の手作り……? 私に……? ありがとうございます……! 大切にさせていただきます!」
「? 食べ物ですもの。早めに召し上がってくださいましね」
「太陽がそうおっしゃるなら……! 今日という良き日に感謝を……!」
そうしてそれではと去っていく塩崎を傀薇は笑顔で見送った。こうして日頃の感謝を伝えるというのもいいイベントだと思う。今日のお菓子はチョコ尽くしになることを思いたまにはこんな日もいいと温かい気持ちになるのだった。
「焦凍、ここにいましたのね」
「お、傀薇。探してくれてたのか」
「ええ、バレンタインですものって……なんですのその大荷物」
「なんか送られてきた。全部知らねぇ奴からだ」
「それって……もしかしてショートのファンじゃありませんこと? すごいですわね、こんなにもたくさんの人がショートを応援しているんですわ……!」
感激した様子で段ボールの中を覗き見る傀薇に轟は何かを考えるような顔をした。けれどその中に明らかに単なるファンからのチョコにしては自棄に気合の入ったものを見て傀薇もさすがに何かを察し、黙り込んでしまう。
「(これって……本命チョコ……ですわよね?)」
「……傀薇は俺が他の女の人からチョコもらってても、嫌な気持ちになんねぇんだな」
「……え? 急にどうしましたの」
「……俺ばっかり嫉妬して、傀薇はいつも余裕がある。俺の心がせめぇのかな……」
本気で思い悩んでいる様子の轟に傀薇が面食らう。確かに轟は嫉妬深いし、独占欲も強い。対して傀薇はあまり嫉妬というものをしない方であるし、独占欲もさほどなかったように思う。けれど……傀薇もまた本命チョコらしきものを見て嫌な気持ちになったのだ。
「(これって……嫉妬、ですわよね……)わたくしももっと余裕があるタイプだと思ってましたわ。でもそうじゃなかったようですわね……」
「? どういうことだ?」
「……わたくしも嫉妬したってことですわ。焦凍……わたくし以外から本命チョコをもらってはいけませんわ……」
むすっと拗ねた傀薇に轟の表情が輝いた。抱えていた段ボールを降ろして傀薇をぎゅうっと抱きしめた。
「不可抗力だ。俺が欲しいのは傀薇のチョコだ。なぁ、くれるんだろ?」
「……そんなにいっぱいあるんですもの。わたくしのチョコがなくても――」
「拗ねてるのか? かわいいな。俺は傀薇が作ったチョコがほしい。ほんとは義理チョコだってわかっててもクラスのやつらに作ってるのだっていやだった。俺の恋人なのにって思っちまう」
「しょ、焦凍」
「これはヒーローショートに対してのチョコだろ。ならノーカンだ。轟焦凍に対してのチョコはお前と……まぁあとはクラスの女子の義理チョコくらいは勘弁してくれ。あと俺も緑谷と飯田にも友チョコを渡したい。許してくれるか?」
「〜〜〜〜っ! しょうがありませんわね……許してさしあげますわ」
「ありがとう傀薇。大好きだ」
まったくもって素直で可愛いのだ。ちゃっかり緑谷と飯田への友チョコの許可まで取るのが可愛かった。そんなの好きなだけ渡してどうぞというやつである。
さぁ傀薇チョコくれと言わんばかりに期待に満ちた目を向けてくる轟に、傀薇はおそるおそるチョコを渡した。
「ありがとう。さっそく食ってもいいか?」
「こ、ここで食べますの?」
「すげぇ待ち焦がれてたから我慢できねぇ、いいか?」
「しょうがありませんわね……」
傀薇の許可を得た轟が包みを開け、出てきたチョコレートに噛り付いた。途端幸せそうに微笑む轟に傀薇は胸がきゅんと締め付けられるのを感じた。
「……なんだこれ、そばの味がする……」
「そばの実とそば粉をフレークにしたものを入れてますの。せっかく手作りなんですもの……変わったものを用意したかったのですわ」
「俺がそば好きだからか。ありがとう傀薇、今まで食べたチョコの中で一番うまくて幸せだ」
「……それは何よりですわ」
相変わらずシンプルな感想だったが、その表情はどんなコメントより如実に心情を表していた。
バレンタイン、いつもよりなんだか甘い一日。それ以来轟はたまにこのチョコを食べたがり、二人の中でバレンタインの定番になるのは少し先のお話。
そうやって連日練習しているものだから傀薇の部屋の中は甘い匂いが漂っていた。轟が部屋に来るたび「俺のチョコか?」と嬉しそうに聞いてくる。肯定すると食べたがるため、まだ試作途中のものを食べさせるわけにはいかないと代わりに板チョコを食べさせたりして誤魔化していた。そばを使っているのは当日知ってほしかったのだ。驚かせたい気持ちである。
「今日もお預けか?」
「ええ、当日まで楽しみにしてらして」
「目の前にあるとほしくなる」
「あと少しの辛抱ですわ」
「傀薇……」
「甘えてもダメですわ」
すりっと擦り寄ってきた轟に傀薇は仕方がないなとため息をつくと慰めるようにキスをした。ぎゅうぎゅう抱きしめてくる轟の好きなようにさせていると機嫌はいくらか回復したようでチョコは諦めてくれるらしかった。
そうしてバレンタイン当日がやってくる。バレンタイン当日、傀薇は砂藤をパティシエとしてA組の女子と一緒にA組男子への義理チョコを作っていた。轟の分は本命として自分で作ったが、義理チョコも大事である。クラスメイトとマジェスティックの分も作ろうと参加していた。
「手繰もさー、ちょっと前まで包丁も握ったことなかったのにさ、いつの間にか料理上手だもんね。びっくりしちゃった!」
「ああ、手繰は努力家だし、親切なんだよなぁ……俺いつも手伝ってもらってるわ。ありがとな」
「わたくしの方こそ砂藤にはお世話になってますわ。そば打ちができましたのも砂藤がいたからこそですもの」
「傀薇ちゃんもう立派なそば打ち職人だもんねぇ、轟くん「うめぇ」しか言わないけど傀薇ちゃん的にはずばりどうなの?」
少し前に砂藤や八百万が一言で済まされるのは悲しいものがあると話していただけに、葉隠は傀薇の本音が気になるようだった。それは他の面々も同じでやや緊張した面持ちで傀薇の返答を待っていた。
「確かに焦凍のコメントってシンプルですけれど……別にいいんですの。だって彼、すごく幸せそうに食べてくれますもの」
「目は口程に物を言うということですわね」
「手繰が作ったの轟すごい嬉しそうだもんね」
「愛ですなぁ……」
「ケロケロ、素敵ね」
轟と傀薇の仲のいい様子にほっこりすると傀薇の轟宛てのチョコレートへと話は飛んだ。そばを使ったチョコレートを作ったというとまたも「愛だ!」「愛だねぇ!」「素敵!」とほっこりした。そうしてあとは冷やしてから、夕飯前に仕上げることになり休憩に入る。傀薇はここで轟にチョコを渡すべくみんなとは別行動した。
「太陽……! こちらにいらっしゃったのですね!」
「ん? 塩崎? どうしましたの?」
「そのっ、私も太陽に日頃の感謝をお伝えしたく……! どうか受け取ってくださいっ」
らしくもなく慌ただしく駆け寄ってきた塩崎が差し出したのは丁寧にラッピングが施されたチョコレートだった。それに傀薇ははっとする。これは最近A組女子に教えてもらった友チョコというやつである。正直A組女子以外に友チョコをもらえるとは思っていなかったのだが、砂藤や八百万の強い勧めで友チョコを余分に作っていたのだ。必ず今日は持ち歩くようにと言われて何事かと思っていたが、なるほどこの時のためだったのだ。
「ありがとう塩崎。大切に食べますわ……わたくしからもこれを。お返しでしてよ」
「こ、これは……! 太陽の手作り……? 私に……? ありがとうございます……! 大切にさせていただきます!」
「? 食べ物ですもの。早めに召し上がってくださいましね」
「太陽がそうおっしゃるなら……! 今日という良き日に感謝を……!」
そうしてそれではと去っていく塩崎を傀薇は笑顔で見送った。こうして日頃の感謝を伝えるというのもいいイベントだと思う。今日のお菓子はチョコ尽くしになることを思いたまにはこんな日もいいと温かい気持ちになるのだった。
「焦凍、ここにいましたのね」
「お、傀薇。探してくれてたのか」
「ええ、バレンタインですものって……なんですのその大荷物」
「なんか送られてきた。全部知らねぇ奴からだ」
「それって……もしかしてショートのファンじゃありませんこと? すごいですわね、こんなにもたくさんの人がショートを応援しているんですわ……!」
感激した様子で段ボールの中を覗き見る傀薇に轟は何かを考えるような顔をした。けれどその中に明らかに単なるファンからのチョコにしては自棄に気合の入ったものを見て傀薇もさすがに何かを察し、黙り込んでしまう。
「(これって……本命チョコ……ですわよね?)」
「……傀薇は俺が他の女の人からチョコもらってても、嫌な気持ちになんねぇんだな」
「……え? 急にどうしましたの」
「……俺ばっかり嫉妬して、傀薇はいつも余裕がある。俺の心がせめぇのかな……」
本気で思い悩んでいる様子の轟に傀薇が面食らう。確かに轟は嫉妬深いし、独占欲も強い。対して傀薇はあまり嫉妬というものをしない方であるし、独占欲もさほどなかったように思う。けれど……傀薇もまた本命チョコらしきものを見て嫌な気持ちになったのだ。
「(これって……嫉妬、ですわよね……)わたくしももっと余裕があるタイプだと思ってましたわ。でもそうじゃなかったようですわね……」
「? どういうことだ?」
「……わたくしも嫉妬したってことですわ。焦凍……わたくし以外から本命チョコをもらってはいけませんわ……」
むすっと拗ねた傀薇に轟の表情が輝いた。抱えていた段ボールを降ろして傀薇をぎゅうっと抱きしめた。
「不可抗力だ。俺が欲しいのは傀薇のチョコだ。なぁ、くれるんだろ?」
「……そんなにいっぱいあるんですもの。わたくしのチョコがなくても――」
「拗ねてるのか? かわいいな。俺は傀薇が作ったチョコがほしい。ほんとは義理チョコだってわかっててもクラスのやつらに作ってるのだっていやだった。俺の恋人なのにって思っちまう」
「しょ、焦凍」
「これはヒーローショートに対してのチョコだろ。ならノーカンだ。轟焦凍に対してのチョコはお前と……まぁあとはクラスの女子の義理チョコくらいは勘弁してくれ。あと俺も緑谷と飯田にも友チョコを渡したい。許してくれるか?」
「〜〜〜〜っ! しょうがありませんわね……許してさしあげますわ」
「ありがとう傀薇。大好きだ」
まったくもって素直で可愛いのだ。ちゃっかり緑谷と飯田への友チョコの許可まで取るのが可愛かった。そんなの好きなだけ渡してどうぞというやつである。
さぁ傀薇チョコくれと言わんばかりに期待に満ちた目を向けてくる轟に、傀薇はおそるおそるチョコを渡した。
「ありがとう。さっそく食ってもいいか?」
「こ、ここで食べますの?」
「すげぇ待ち焦がれてたから我慢できねぇ、いいか?」
「しょうがありませんわね……」
傀薇の許可を得た轟が包みを開け、出てきたチョコレートに噛り付いた。途端幸せそうに微笑む轟に傀薇は胸がきゅんと締め付けられるのを感じた。
「……なんだこれ、そばの味がする……」
「そばの実とそば粉をフレークにしたものを入れてますの。せっかく手作りなんですもの……変わったものを用意したかったのですわ」
「俺がそば好きだからか。ありがとう傀薇、今まで食べたチョコの中で一番うまくて幸せだ」
「……それは何よりですわ」
相変わらずシンプルな感想だったが、その表情はどんなコメントより如実に心情を表していた。
バレンタイン、いつもよりなんだか甘い一日。それ以来轟はたまにこのチョコを食べたがり、二人の中でバレンタインの定番になるのは少し先のお話。
戻る