11月11日。それは一年で最も1がつく日付。そして日本において最も記念日が多い日であり、ウルトラポジティブなカリスマお嬢様、手繰傀薇の生まれた日でもあった。
「傀薇さん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、百。ありがたく頂戴いたしますわ」
丁寧に包装された、どことなく高級感漂う細長い箱を傀薇は笑顔で受け取った。
その中身が何なのか、傀薇は予想できていたが、確認せずにはいられなかった。
「百、プレゼントの中身は――」
「もちろん、今年も恒例のものをご用意させていただきましたわ」
「! やっぱりですわね! わたくし今年も楽しみにしていましたのよ。開けるのが楽しみですわ!」
八百万の肯定に傀薇はぱぁっと表情を華やがせた。
花の顔 が花開くように綻んでいく。八百万は今年もその表情が今年も見れたことにつられて嬉しそうに破顔するのだった。
「お嬢様ズの周りに花が……!」
「わぁっ、眩しい!」
「セレブの波動だ!!」
「庶民にはきつい!!」
黒髪の若干タイプの違う美しい少女たちの周りに、花が咲き乱れる錯覚をにぎやかし組の面々はおぼえていた。
傀薇がもらったプレゼントを大事に抱え、自室に向かおうとしていたのに気づくと、慌てて芦戸と葉隠が傀薇を呼び止めた。
「待って手繰! これ私と葉隠から!」
「お二人も用意してくださいましたの?」
「もっちろーん! 中身はねえ、お菓子だよ! 庶民的なやつだけど、傀薇ちゃん結構好きだったよね?」
「ええ! 駄菓子? とかいうのも好きですわよ。二人ともありがとうですわ!」
お礼を言ってお菓子の箱を受け取ると、今度こそ部屋に行こうと足を踏み出す傀薇を、次は男子たちが止めた。
正直今日が傀薇の誕生日だというのは知らなかったのだが、本日は11月11日。イベント大好き、騒ぐの大好きな賑やかし組の手にはあるアイテムがあったのだった。
「手繰! 俺らからも! 誕生日おめでとう!」
「おめでとー!」
「まぁ、皆さんまで。いただいてよろしいの?」
「よろしいよろしい!」
「じゃあ、いただきますわね。ありがとうですわ」
瀬呂の手からポッキーの箱が手渡される。そう、11月11日。それはポッキーの日でもあった。
持ち寄って色んなポッキーを開けていた瀬呂たちは、それを誕生日プレゼントとして手渡すのだった。
寮生活が始まって、庶民的なお菓子にも触れだした傀薇はそのパッケージを見ると、自信満々な様子で答えた。
「これ、チョコレートとクッキーがイリュージョンしたやつですわね!」
「それ言うならイリュージョンじゃなくてフュージョンな」
「そうとも言いますわ!」
「そうとしか言わねえよ」
一つ年を重ねても相変わらずな傀薇の様子に一同は笑った。
傀薇もクスリと笑うと、もう一度お礼を言って今度こそその場を後にした。
その後ろ姿をちらりと眺めながら、瀬呂は内心で俺もなんか用意すればよかったかね、と一瞬思うが、すぐにこれでよかったのだと思い直すのだった。
彼氏持ちに個人的に贈り物をするなんて、まったくもってスマートではないのだから。
「あ! 手繰に轟とポッキーゲームしなっていうの忘れた〜!」
「手繰も轟もポッキーゲームなんて知らないだろうしな〜……轟に言っとくか?」
「でも轟くん朝から見てないよ?」
轟はどこだという話になるが、誰もよくわからないので通りがかったら教えようという話で落ち着き、賑やかし組はそのままポッキーの食べ比べに興じた。
唯一、手掛かりらしい手掛かりを知っていた瀬呂は、だんまりを貫いて密かに轟を援護するのだった。
(ポッキーゲームなんてしなくても、あいつらにはもっといいのあるっしょ)
同じフロアに部屋があるからか、轟の生活習慣をある程度瀬呂は知っていた。
今もおそらく格闘している様を思うと、何だか微笑ましいものがこみ上げてくる。さくっとポッキーを口にして、そのチョコレートの甘さに、うん、甘いね、としみじみ感じるのだった。
傀薇が部屋で八百万からもらったプレゼントを開け、さっそく使っていると轟から連絡が入った。
渡したいものがあるから会いたいというものに、傀薇は快諾して部屋に来るという轟を待つことにした。そうしてしばらくもしないうちに轟が到着すると、その甘い香りに傀薇は何をしていたのか察し、自然と表情が柔らかいものになるのだった。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうですわ。甘い匂いがしますわね。お菓子作りをしていましたの?」
「ああ……プレゼント何にするか迷って……傀薇が好きなもんを考えたら……八百万の紅茶と砂藤の菓子だと思って……砂藤に頼んで一緒にクッキー作ってもらってたんだ」
そう言って渡された中が見えるように透明になった袋の中には、可愛くアイシングされたものや、やや不格好ながら美味しそうなクッキーがたくさん詰まっていた。
「俺が型抜きしたの、ちょっとへこんだりしてるのもあるんだけど……砂藤が一緒だったから、味は確かだと思う。味見もちゃんとしたぞ。うまかった」
「ちょっとへこんだくらいかまいませんわ。割れていても、崩れていても、私のために一生懸命作ってくださったことが嬉しいですもの。焦凍、ありがとうですわ。大事に食べさせていただきましてよ」
「それなら……よかった」
喜んで傀薇が受け取ったのを見ると、轟もほっと息をついた。
そして、傀薇の何かがいつもと違うように感じて、轟は不思議そうな表情を浮かべると、そのままじっと見つめて思案する。傀薇がその様子にどうしたのかと首を傾げると、揺れたそれに違和感の正体が何か気づくのだった。
「傀薇……リボン、変わったか?」
「! よく分かりましたわね。そうですの。今日新しく頂いたのですわ」
「同じ赤だけど、なんか微妙に光沢が違ったからな。プレゼントか?」
「ええ」
気づいてもらったことを嬉しく思ったのか、傀薇の瞳が煌めいた。
独特な、ピンクとも、赤とも言えない不思議な色。その色こそが傀薇にサキュバスの個性の血が流れることを意味していた。その瞳にも、宵闇に紛れそうな黒髪にも、その赤いリボンはよく映えていた。
プレゼントでもらったという言葉と、傀薇の魅力が最大限引き出されたそれに、轟はそれを送った人物が誰なのか分かる気がした。手繰傀薇のヒーロー。傀薇が尊敬する、無二の親友で、彼女をよく知っている幼馴染。
「八百万……か?」
「ご回答ですわ」
「……ご名答、っていいてえのか?」
「そうとも言いますわね!」
堂々とした傀薇に、轟はフッと笑うと、やっぱりそうかと思う。
傀薇はその底抜けに明るい性分から忘れがちであるが、その顔立ちはサキュバスの個性を継いでいるだけあってどこか妖艶なものだった。それをそうと感じさせないのは明るい笑顔と太陽と称されるカリスマ性、そして何よりその高く結われたツインテールであった。
実際に寮生活が始まって傀薇が風呂上がりで髪を下ろしていると、最初はみなぎょっとしたものだった。
瀬呂などは「おまえ、分かってたけど本当にお嬢様なのね」と言うほどで、そのお嬢様は昨今流行りを見せる悪役令嬢のそれであるのは余談であるが、普段散々傀薇をアホの子だと思っていた面々は長い黒髪の令嬢に驚くのだった。幼馴染である八百万と並べばその系統の違いは一目瞭然で、轟は以前病院で聞いた「母親も自分も敵呼ばわりされていた」という意味に少しだけ触れた気がした。
「八百万は……本当に、おまえのヒーローなんだな」
轟の脳裏に、期末試験で聞いた傀薇を救った八百万の言葉が思い起こされる。その言葉は確かに傀薇を救って、気が利く八百万はきっとそれだけで終わらなかったのだろうことも。
傀薇は肯定するかのように微笑み、このリボンの経緯を話してくれた。
「わたくし、その……ちょっとキツイ顔立ちをしているでしょう?」
「そうか? 俺は綺麗だと思う。傀薇の目はいつも優しい」
「……そう言っていただけるのは光栄ですけども、子供にとっては十分威圧感を感じるものだったのですわ」
それに加えて、傀薇の母の個性はサキュバスで、魅力的な人であったから親同士の不和を呼び、ひいては家庭にそれが影響した。傀薇とその母親を敵だと子供が思い込むのも、無理はなかった。
傀薇は八百万百が奇跡だったのだと正しく理解している。清く正しく美しい彼女だから、初めて傀薇の手を引いてくれた人だから。傀薇は眩しかったのだ。
「百は、わたくしの世話をよく焼いてくださいました。今もそうですけれど」
「ああ……それはそうだな」
「ええ。その中の一つに髪を結って下さったことがありますの。最初はおそろいの一つだったのだけど、百が二つの方が似合うと絶賛して、それからずっとこうなのですわ」
八百万の見立ては正しかったと傀薇は思う。実際以前よりずっととっつきやすくなったようで、怖がられることも少なくなった。相手に自分を知ってもらうこと。それも大事だと自己表現がいかに重要か教えられ、傀薇は実に素直にそのように、八百万が想定したものより大幅に超えて自己表現を為した。
傀薇が太陽になれたのは八百万の尽力があってこそだった。
「わたくしもこれが気に入ってますの。以来、誕生日プレゼントはずっと八百万メイドのリボンですわ」
「そうだな。一つより二つの方が……なんかお得だ」
「ええ。わたくしもそう思いますわ」
にっこりと頷いた傀薇に轟も薄く笑う。
自分の原点に母と一緒に見たテレビの向こうのオールマイトがいるように、傀薇の原点には八百万がいるのだろう。「強えな、八百万」と静かに呟いた。
今の傀薇を形成する大部分が、あの幼き日に八百万が救ったもので構成されているのだろうから。
そのつぶやきを聞いた傀薇は一つ頷いて、轟の頬を優しく両手で包んだ。
「でも、わたくしを見つけたのはあなたでしてよ」
「……?」
不思議そうな轟の表情に、傀薇はふっと笑う。分からないなら分からないでいいのだ。これは開かなくてもいい扉だから。
そっとその手を外して、傀薇はいつものようにティーセットを出す。
「焦凍が作ってくれたクッキー、一緒に食べてくださるともっと嬉しいのですけど、いかがかしら?」
「あ……ああ。一緒に食べよう」
「ええ」
二人だけのお茶会。お気に入りのティーセットと美味しいお茶菓子。目の前には愛する人。いつもの光景だった。
会話をしながら傀薇は微笑む。それは月のように穏やかで、柔らかな光が差し込むようなもの。
太陽と称される彼女が、唯一月だと喩えたその人の前でだけ見せる表情 だった。
「傀薇さん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、百。ありがたく頂戴いたしますわ」
丁寧に包装された、どことなく高級感漂う細長い箱を傀薇は笑顔で受け取った。
その中身が何なのか、傀薇は予想できていたが、確認せずにはいられなかった。
「百、プレゼントの中身は――」
「もちろん、今年も恒例のものをご用意させていただきましたわ」
「! やっぱりですわね! わたくし今年も楽しみにしていましたのよ。開けるのが楽しみですわ!」
八百万の肯定に傀薇はぱぁっと表情を華やがせた。
花の
「お嬢様ズの周りに花が……!」
「わぁっ、眩しい!」
「セレブの波動だ!!」
「庶民にはきつい!!」
黒髪の若干タイプの違う美しい少女たちの周りに、花が咲き乱れる錯覚をにぎやかし組の面々はおぼえていた。
傀薇がもらったプレゼントを大事に抱え、自室に向かおうとしていたのに気づくと、慌てて芦戸と葉隠が傀薇を呼び止めた。
「待って手繰! これ私と葉隠から!」
「お二人も用意してくださいましたの?」
「もっちろーん! 中身はねえ、お菓子だよ! 庶民的なやつだけど、傀薇ちゃん結構好きだったよね?」
「ええ! 駄菓子? とかいうのも好きですわよ。二人ともありがとうですわ!」
お礼を言ってお菓子の箱を受け取ると、今度こそ部屋に行こうと足を踏み出す傀薇を、次は男子たちが止めた。
正直今日が傀薇の誕生日だというのは知らなかったのだが、本日は11月11日。イベント大好き、騒ぐの大好きな賑やかし組の手にはあるアイテムがあったのだった。
「手繰! 俺らからも! 誕生日おめでとう!」
「おめでとー!」
「まぁ、皆さんまで。いただいてよろしいの?」
「よろしいよろしい!」
「じゃあ、いただきますわね。ありがとうですわ」
瀬呂の手からポッキーの箱が手渡される。そう、11月11日。それはポッキーの日でもあった。
持ち寄って色んなポッキーを開けていた瀬呂たちは、それを誕生日プレゼントとして手渡すのだった。
寮生活が始まって、庶民的なお菓子にも触れだした傀薇はそのパッケージを見ると、自信満々な様子で答えた。
「これ、チョコレートとクッキーがイリュージョンしたやつですわね!」
「それ言うならイリュージョンじゃなくてフュージョンな」
「そうとも言いますわ!」
「そうとしか言わねえよ」
一つ年を重ねても相変わらずな傀薇の様子に一同は笑った。
傀薇もクスリと笑うと、もう一度お礼を言って今度こそその場を後にした。
その後ろ姿をちらりと眺めながら、瀬呂は内心で俺もなんか用意すればよかったかね、と一瞬思うが、すぐにこれでよかったのだと思い直すのだった。
彼氏持ちに個人的に贈り物をするなんて、まったくもってスマートではないのだから。
「あ! 手繰に轟とポッキーゲームしなっていうの忘れた〜!」
「手繰も轟もポッキーゲームなんて知らないだろうしな〜……轟に言っとくか?」
「でも轟くん朝から見てないよ?」
轟はどこだという話になるが、誰もよくわからないので通りがかったら教えようという話で落ち着き、賑やかし組はそのままポッキーの食べ比べに興じた。
唯一、手掛かりらしい手掛かりを知っていた瀬呂は、だんまりを貫いて密かに轟を援護するのだった。
(ポッキーゲームなんてしなくても、あいつらにはもっといいのあるっしょ)
同じフロアに部屋があるからか、轟の生活習慣をある程度瀬呂は知っていた。
今もおそらく格闘している様を思うと、何だか微笑ましいものがこみ上げてくる。さくっとポッキーを口にして、そのチョコレートの甘さに、うん、甘いね、としみじみ感じるのだった。
傀薇が部屋で八百万からもらったプレゼントを開け、さっそく使っていると轟から連絡が入った。
渡したいものがあるから会いたいというものに、傀薇は快諾して部屋に来るという轟を待つことにした。そうしてしばらくもしないうちに轟が到着すると、その甘い香りに傀薇は何をしていたのか察し、自然と表情が柔らかいものになるのだった。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうですわ。甘い匂いがしますわね。お菓子作りをしていましたの?」
「ああ……プレゼント何にするか迷って……傀薇が好きなもんを考えたら……八百万の紅茶と砂藤の菓子だと思って……砂藤に頼んで一緒にクッキー作ってもらってたんだ」
そう言って渡された中が見えるように透明になった袋の中には、可愛くアイシングされたものや、やや不格好ながら美味しそうなクッキーがたくさん詰まっていた。
「俺が型抜きしたの、ちょっとへこんだりしてるのもあるんだけど……砂藤が一緒だったから、味は確かだと思う。味見もちゃんとしたぞ。うまかった」
「ちょっとへこんだくらいかまいませんわ。割れていても、崩れていても、私のために一生懸命作ってくださったことが嬉しいですもの。焦凍、ありがとうですわ。大事に食べさせていただきましてよ」
「それなら……よかった」
喜んで傀薇が受け取ったのを見ると、轟もほっと息をついた。
そして、傀薇の何かがいつもと違うように感じて、轟は不思議そうな表情を浮かべると、そのままじっと見つめて思案する。傀薇がその様子にどうしたのかと首を傾げると、揺れたそれに違和感の正体が何か気づくのだった。
「傀薇……リボン、変わったか?」
「! よく分かりましたわね。そうですの。今日新しく頂いたのですわ」
「同じ赤だけど、なんか微妙に光沢が違ったからな。プレゼントか?」
「ええ」
気づいてもらったことを嬉しく思ったのか、傀薇の瞳が煌めいた。
独特な、ピンクとも、赤とも言えない不思議な色。その色こそが傀薇にサキュバスの個性の血が流れることを意味していた。その瞳にも、宵闇に紛れそうな黒髪にも、その赤いリボンはよく映えていた。
プレゼントでもらったという言葉と、傀薇の魅力が最大限引き出されたそれに、轟はそれを送った人物が誰なのか分かる気がした。手繰傀薇のヒーロー。傀薇が尊敬する、無二の親友で、彼女をよく知っている幼馴染。
「八百万……か?」
「ご回答ですわ」
「……ご名答、っていいてえのか?」
「そうとも言いますわね!」
堂々とした傀薇に、轟はフッと笑うと、やっぱりそうかと思う。
傀薇はその底抜けに明るい性分から忘れがちであるが、その顔立ちはサキュバスの個性を継いでいるだけあってどこか妖艶なものだった。それをそうと感じさせないのは明るい笑顔と太陽と称されるカリスマ性、そして何よりその高く結われたツインテールであった。
実際に寮生活が始まって傀薇が風呂上がりで髪を下ろしていると、最初はみなぎょっとしたものだった。
瀬呂などは「おまえ、分かってたけど本当にお嬢様なのね」と言うほどで、そのお嬢様は昨今流行りを見せる悪役令嬢のそれであるのは余談であるが、普段散々傀薇をアホの子だと思っていた面々は長い黒髪の令嬢に驚くのだった。幼馴染である八百万と並べばその系統の違いは一目瞭然で、轟は以前病院で聞いた「母親も自分も敵呼ばわりされていた」という意味に少しだけ触れた気がした。
「八百万は……本当に、おまえのヒーローなんだな」
轟の脳裏に、期末試験で聞いた傀薇を救った八百万の言葉が思い起こされる。その言葉は確かに傀薇を救って、気が利く八百万はきっとそれだけで終わらなかったのだろうことも。
傀薇は肯定するかのように微笑み、このリボンの経緯を話してくれた。
「わたくし、その……ちょっとキツイ顔立ちをしているでしょう?」
「そうか? 俺は綺麗だと思う。傀薇の目はいつも優しい」
「……そう言っていただけるのは光栄ですけども、子供にとっては十分威圧感を感じるものだったのですわ」
それに加えて、傀薇の母の個性はサキュバスで、魅力的な人であったから親同士の不和を呼び、ひいては家庭にそれが影響した。傀薇とその母親を敵だと子供が思い込むのも、無理はなかった。
傀薇は八百万百が奇跡だったのだと正しく理解している。清く正しく美しい彼女だから、初めて傀薇の手を引いてくれた人だから。傀薇は眩しかったのだ。
「百は、わたくしの世話をよく焼いてくださいました。今もそうですけれど」
「ああ……それはそうだな」
「ええ。その中の一つに髪を結って下さったことがありますの。最初はおそろいの一つだったのだけど、百が二つの方が似合うと絶賛して、それからずっとこうなのですわ」
八百万の見立ては正しかったと傀薇は思う。実際以前よりずっととっつきやすくなったようで、怖がられることも少なくなった。相手に自分を知ってもらうこと。それも大事だと自己表現がいかに重要か教えられ、傀薇は実に素直にそのように、八百万が想定したものより大幅に超えて自己表現を為した。
傀薇が太陽になれたのは八百万の尽力があってこそだった。
「わたくしもこれが気に入ってますの。以来、誕生日プレゼントはずっと八百万メイドのリボンですわ」
「そうだな。一つより二つの方が……なんかお得だ」
「ええ。わたくしもそう思いますわ」
にっこりと頷いた傀薇に轟も薄く笑う。
自分の原点に母と一緒に見たテレビの向こうのオールマイトがいるように、傀薇の原点には八百万がいるのだろう。「強えな、八百万」と静かに呟いた。
今の傀薇を形成する大部分が、あの幼き日に八百万が救ったもので構成されているのだろうから。
そのつぶやきを聞いた傀薇は一つ頷いて、轟の頬を優しく両手で包んだ。
「でも、わたくしを見つけたのはあなたでしてよ」
「……?」
不思議そうな轟の表情に、傀薇はふっと笑う。分からないなら分からないでいいのだ。これは開かなくてもいい扉だから。
そっとその手を外して、傀薇はいつものようにティーセットを出す。
「焦凍が作ってくれたクッキー、一緒に食べてくださるともっと嬉しいのですけど、いかがかしら?」
「あ……ああ。一緒に食べよう」
「ええ」
二人だけのお茶会。お気に入りのティーセットと美味しいお茶菓子。目の前には愛する人。いつもの光景だった。
会話をしながら傀薇は微笑む。それは月のように穏やかで、柔らかな光が差し込むようなもの。
太陽と称される彼女が、唯一月だと喩えたその人の前でだけ見せる
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