あれから当然合宿は中止となり、重体だったり、重傷だった生徒たちは近くの病院に入院することになった。
爆豪はすでに動いていたプロヒーローや警察によって救出されたが、敵連合の背後にはオールマイトと深い因縁のある黒幕が潜んでいた。オールマイトと激闘を繰り広げ、それは逮捕へ至った。
――神野の悪夢。それは、オールマイトが終わった日でもあった。


「え!? とどしょ神野にいたの!?」
『ああ。でももう帰った。今は家だ』
「ほんとについさっきまでいた感じね〜!」

轟から爆豪は無事だ、というラインが来て、なんかおかしいなと思ったのだ。
テレビではオールマイトがまだ戦っている最中だったから。どういうことかとメッセージを送っても既読つかないし、やっとついたと思ったら、オールマイトが勝ってしばらくしてからだった。
思い切って電話をかけてみたらこんな感じで、きららはもう心配だったり、やっぱヒーロー科だもんなとか、とどしょだもんね。という気持ちが溢れて言葉にならなかった。


「とどしょ一人じゃなかったよね?」
『緑谷と飯田に、切島と八百万が一緒だった』

八百万という意外な名前にきららはピクリと反応した。


「サンコイチと爆ぴの友だちって感じ? ヤオモモいるのはちょっと意外だけど」

そう言ってから、きららはあ、今の感じ悪かったかもと思った。八百万って名前を聞いた瞬間、なんかだめだった。もやってした。ちょっとあたし感じ悪い。
けれど轟は気付いていないようで、説明してくれた。


『病室で八百万が警察と話してたんだ。発信機を取り付けたって。それで俺と切島は八百万に受信デバイス創ってもらって爆豪を救けに行こうとしたんだ。緑谷が一番悔しいだろうし、緑谷も誘って。飯田はそんな俺たちを止めようとして、お目付け役で来たんだ。八百万も似たような感じで……ストッパーとして同行してきた』
「あんな怪我してたのに、その状態で発信機取り付けるとか……ヤオモモ優秀すぎん? ほんとすごいな……」
『変装も八百万の提案で、ドンキに行った。創造で作ればタダだったんだが……経済を回すためらしい』
「いや呑気かい!」

思わずちょっと声を荒げてしまった。はっとする。
いやこれやばくないかあたし、ときららは今まで経験したことない苛立ちに冷静さを失っているのを感じた。


『どうした、きらら? 眠いか?』
「……ううん」
『確かに緊張感に欠けたかもな。ドンキ、あいつも初めてだったみてぇで大分はしゃいでたから』
「……」
『切島も暗視鏡持ってきてたんだが、八百万がもう一つ創造してくれて。それで俺が緑谷を、飯田が切島を担いで中の様子を伺ってたんだ』
「うん……」
『俺らもオールマイトたちが来たのを見て、俺らの出番はないと思って帰ろうとしたんだが……あのオール・フォー・ワンってのが現れて、救けなきゃなんねぇって思わず飛び出しそうになったとき、飯田と八百万が止めてくれたおかげで、ちゃんと作戦立てれて……緑谷の案で、爆豪を救けることができたんだ』

どうしよう……ダメだ。全然頭に入ってこない。八百万、八百万、八百万。八百万の名前しか入ってこない。
轟が八百万に気があるとかそういうことを疑っているのではない。けれどダメだった。なんかもう聞きたくない。


『爆豪もピンピンしてたぞ。いつも通り元気に怒鳴ってた』
「……うん、そっか」
『きらら? やっぱ眠いか? ごめんなこんな時間に。もう寝るか?』
「……うん、そうしよっかな」
『わかった、おやすみ。またな』
「……おやすみ。またね」

通話を切ってから、きららの目からぼたっと涙がこぼれ落ちた。
あっれぇ……おかしいな。こんなこと今まで一度もなかった。彼ぴが他の女の話するのいやとか、一緒にいるのが無理すぎた。いや違う。これあしみななら大丈夫だったときららは思う。

芦戸や発目ならこんな気持ちになったりしなかった。たぶん他の女子でも大丈夫だった。でも八百万だけは無理だ。
轟を取られるとか、そういうんじゃなくて……。


「むり……ヤオモモがうらやましい……!!」

轟と一緒に行ける、轟の隣の席にいる。そんな彼女のポジションがうらやましすぎた。
多分もし、きららも行くって言っていたら、轟は拒絶しないだろう。でも心配する。自分からついて来いとは言わない。I・アイランドでもそうだった。轟はきららについてきてほしいなんて言わない。むしろ一緒に行くというきららに「いいのか?」と言う。「そうか」とか「わかった」とも言わない。
轟にとってきららは肩を並べて戦う人間ではない。そりゃそうだ。だってきららはサポート科で、ヒーロー志望でもない。技術者だ。わかっている、轟は何も間違ってないし、八百万も悪くない。

それでもどうしても飲み込めなかった。
モヤが胸に渦巻いている。おかしいなぁ、こんなこと今までなかったのに。誰かをうらやましいなんて思ったことなんてなかった。でも今は、こんなにも彼女がうらやましかった。


「ヤオモモ……すごいもんなぁ」

I・アイランドで一緒に行動していたときも、個性訓練のときも、襲撃されて頭から血を流しても尚、救けようと個性を行使したときも。八百万のことをすごいと感じずにはいられなかった。そりゃ頼るわ。


「あたしそんな頼りないかな……いや、そういう問題じゃないよな……」

対等じゃないのだ。最初から。
ヒーローを目指すものとそうじゃないもの。多分それだけの話なのだ。
轟にとってきららはきっと守るべき人間で、八百万に限らずヒーロー科の生徒は共に肩を並べて戦うものなのだろう。
なんだかそれが悔しい。ヒーローにならないって決めたのは自分なのに。もし、もしも……きららがヒーロー科に入っていたら、そうじゃなかったのかなと考えてしまうあたり、すっかりこの恋に溺れてしまっていた。


 


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