「きらら……? と、芦戸か……? どうしたんだ、何かあったのか?」
「とどしょ……」
「と、轟いいい!?」

まさかの渦中の人物の登場である。轟はなぜか畳を抱えており、心なしかちょっとボロっとしていた。
彼女とクラスメイトが抱き合って泣いているという様子に大変困惑しており、轟の色違いの瞳からは心配の色が伺えた。
なんと言ったものか。轟と八百万の絆のようなものに嫉妬しましたとでもいうのか。そんなこと言われても、轟はそれこそ困惑するだろう。何もやましいことなどないということはわかりきっていた。


「いやちょっと虫がいてさ。パニクっちゃって……」
「虫? まだいるのか? 俺がなんとかして――」
「もーだいじょうぶ! どっか行ったから!」
「そうか。泣くほど怖かったんだな。わりぃ、俺がもっと早く通りかかってれば……」
「ううん! こっちこそ大袈裟に騒いじゃってごめんごめん。ほんとあんま大したことじゃ……」

本当、大したことじゃない。きららはヤキモチでここまで大騒ぎしている自分が情けなくなった。
轟は相変わらず優しい。たかが虫一つでも、もっと早く駆けつけられたらよかったと思うくらいだ。余計自分が小さく見える。
芦戸が気を利かせてその場を離れようとしたのを、きららは思わず腕を引いて引き留めてしまった。


「きらら……? ちょ、私いていいの?」
「……いて」
「うっ……顔がいい……! いいよいるよ……いくらでもいるよぉ……!」
「あざまる……!」

けれどその二人の様子に、今度は轟が乏しい表情ながらに何やら衝撃を受けたような顔をして寄って来た。
轟はきららの芦戸を掴んでいない方の手を取ると、ぎゅっと自分のそれと繋いだ。さすがにドキッとする。芦戸はこの後の展開が読めたのか、静かに大興奮していた。


「俺もいる」
「え、あ……とどしょ……?」
「俺もいるぞ、きらら」
「う、うん……?」

いつものきららならきっとその意味をすぐに察せただろう。けれど今のきららはメンブレ激しく、轟がどうしてこのような行動にでたのかを理解できずにいた。
轟は心なしかしゅん、とした顔で「俺じゃ安心させれねぇか……」と口に出した。


「え!? いやそんなことないけどっ」
「でもおまえが今求めてんのは……俺じゃねぇ」
「あ! これはちょっと違くて! ね! きらら!」
「んんっ! あーこれはその……あー……」
「別に責めてねぇよ。おまえが他に頼れる人間がいるならそれでいいんだ。いつでもどこでも、俺を一番に頼らなきゃいけねぇ訳でもねぇし」
「……う、ん……」

芦戸は内心それ今のきららの地雷だからあああ、と叫んでいた。
きららもきららで、轟の言うことがやっぱり正しいと思い、自分の狭量さを今一度突き付けられた気分だった。ただでさえ緩んでいた涙腺がまた滴を落とそうとするのを必死で食い止めていた。けれど、様子のおかしいきららに轟は当然気づいて、泣きそうな表情を浮かべるきららに目を見開いた。


「ど、どうした。どっか痛ぇか? リカバリーガールのとこ行くか?」
「いや轟これはちょっと違くて……」
「何が違うんだ。きららがこんなになってるんだぞ。すげぇ痛ぇに決まってる」
「えっと、痛いの種類が違うって言うか……」
「種類ってなんだ? どうやったら治るんだ。教えてくれ」
「ええっと……そうだ! あのね――」

喋ったら絶対落ちる、零れる。もう誤魔化しきかないかもしれないけれど、意地でも泣きたくない。何も言えないきららの代わりに、芦戸が轟の相手をしてくれた。内緒話のように轟の耳元で話しかけている芦戸を見ても、やっぱりきららは嫌な気持ちにはならなかった。自分と芦戸がマブダチという自覚があるからっていうのもあるかもしれないが、もしこれが八百万だったなら無理耐えられなかった。間違いなく号泣必至である。

作戦会議が終わったのか何なのか、轟は妙に神妙な顔できららに向き合い、その口を開いた。


「好きだ、きらら」
「……え」
「すげぇ好き」
「え、あ……」
「めちゃくちゃ好きだ」
「はわ……まってまってストップ〜! きゃぱい〜!」
「お。真っ赤だ。可愛いな」
「待ってって言った〜!」

瞳はまだ濡れていたけれど、それ以上に体温が上昇している。
あしみなだな〜! と思って振り返るも、芦戸はそれはもう輝いた笑顔でサムズアップしてきた。いい仕事したといわんばかりである。
よそ見していることが不満だったのか何なのか、轟も轟で「こっち向いてくれ」と言い出して「や、やだ」と拒否ると「俺もやだ」と対抗してきた。なんか押しが強い。


「きららの顔が見てぇ」
「今はむり〜!」
「なんでだ? いつもめっかわだろ?」
「そういう問題じゃなくて〜!」
「どういう問題だ? せっかく会えたんだから、俺はおまえの顔ちゃんと見てぇんだが……どうしてもダメか?」
「んんんっ……!! あーもう、いいよ〜〜!」

根負けした。ダメか、と聞いてきた轟の顔が可愛すぎた。あまりの可愛さに勝てなかった。
轟はもうしょうがないとばかりに抵抗をやめたきららに、嬉しさを前面に出した。もうお顔周りが輝いていた。相変わらず神がかったご尊顔だこと。


「ありがとな」
「あーうん……もう好きにして……とどしょ意外と押し強くてびっくりした……」
「そうか? これから寮生活だろ? 学校も始まって、おまえとも前よりもっと会えると思うと嬉しかったんだ」
「んん゛、おかわ……そんなうれぽよだったの?」
「ああ。通りがかりでおまえを見つけて、ちょっと浮かれたくらいだ」
「浮かれてたの? とどしょめっちゃあたしのこと好きじゃん」
「好きってずっと言ってるだろ? あんま伝わってねぇのか……?」
「いや……そんなことないんだけど、きららの方がとどしょのこと好きと思ってたから……なんか、びっくりした」
「ふっ……そんなことないぞ。きっと俺の方がきららのこと好きだ」

轟が、そう言って笑ってくれた。きららの好きな可愛くて柔らかい笑顔。心がぽかぽかする、そんな笑顔。
ぽたっと涙が零れる。今度はあったかい、嬉しい気持ちの涙が。


「お……!?」
「まって、これちがう。そう! うれぽよぴえん!」
「うれぽよぴえん」
「うれしくてうわーんってこと!」
「泣くほどうれしい、ってことか?」
「そう!」
「そうか……それならいいんだ」
「もう彼ぴすこすこのすこ……」
「ん?」
「……めちゃくちゃ好きってこと」
「じゃあ、両想いだな」
「うん……両想い」

きららはメンブレが少しずつ収まっていくのを感じていた。なんか今大丈夫っぽい。愛情表現してもらって収まるとかチョロくないか。でも、まぁ、恋とはそういうものである。愛情表現って大事で……偉大。もう、彼ぴすこすこのすこって感じ。


 


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