爆豪の籠手は轟がきららの部屋に運んでくれた。さっそく作業に入ろうとしたのだが、新しい作業着を選んでもらうと約束したばかりである。ぽいぽいとそれらしい服を出しては投げ、出しては投げと繰り返し、轟が定期的に片づけてくれているおかげで比較的綺麗だったきららの部屋は、ものの数秒で足の踏み場がなくなった。


「彼ぴ! 好きなの選んでー! きららは作業するからー!」
「作業って……これじゃ場所ねぇだろ。ちょっと待ってろ、集める」
「ごめりーん!」

文句も言わずに作業スペースを作ってくれる出来た彼氏にきららはそれはもう感謝した。自分にはもったいない恋人である。だからといって誰にも譲らないが。
轟が「ほら、もういいぞ。決まったら声かけるな」と座らせてくれた。優しいが過ぎる。
時間がないためやや雑になってしまったが、さっそく作業に入らせてもらう。爆豪の要望は爆殺的にスタイリッシュである。きららはその要望に応えんと腕まくりした。







轟は轟で選ぶのに難航していた。きららの服が似たり寄ったりなのだ。どれもどこかしら露出しており、露出することで他の男の目に入るのがいやだった轟としては、どれもこれじゃねぇ、といった状態であった。


「……お。これならいい……か?」

手に取ったのは黒いオーバーオールだった。これを組み合わせれば露出が抑えられるはずである。インナーは肩か腹が出ているものばかりだが、これなら腹が出ていてもそんなに見えないだろうといった算段であった。
きららのそれがおしゃれであることは重々承知であるし、極端に自分が嫌だからと全くそういったことをさせないようにするのもなんか違うなと思ったのだ。
本当は好きな服を好きなだけ着させてやるのが一番だと思いつつも、好きな女の身体を他のやつらに見られたくないという思いが強かった。それに、自分が選んだものを着てくれるのはなんだかちょっと特別な気がした。


「きらら、選んだ……ぞ……」

決まったので声をかけたが、きららはそれはもう集中していた。轟の声なんて聞こえちゃいなかった。鬼気迫る様子に轟はお、っとなりつつも邪魔をしないように選ばなかった服を片付けることにした。

片付けが終わってからもきららはそんな調子で、身だしなみにえらく気を遣っているきららのことを思い、「そろそろ風呂行かなくていいのか」と声をかけるも聞こえていなかった。これはたぶん今この瞬間地震が起きてもきららは気付かないだろう……俺が守らねぇとと轟も轟で真剣であった。

だがそれはそれとして、腹は空く。夕飯食べないのかというラインが緑谷や飯田から来ていたのもあり、轟は一旦出直すことにした。きららはこの分では下に降りて食べることはないだろう……発明に熱中するとたびたびあることなのか、寮のみんなは「またか」といった感じであるが、この間試しにデコっているきららの口に運んだところ食べてくれたので、何か軽食を持ってこようと思った。







「轟くん!? もう上がるの!?」
「5分も経っていないぞ!?」
「髪も身体も洗ったから十分だ。ちょっときららが心配だから、今日は俺、向こう行くな。いなくても気にしないでくれ」
「心配って……体調悪いの?」
「それは大変だ。行ってあげるといい」
「いや、体調は別に悪かねぇ……ただ、作業に熱中しすぎて、地震や火事が起きてもあれじゃ気づかねぇ……」
「それは……確かに心配だね」
「しっかり君が守ってあげてくれ!」
「ああ」

まさに烏の行水。轟は手早く入浴を済ませると、さっさと髪を乾かしてきららに食べさせる軽食を準備し、H組の寮に戻った。







「きらら、作業止めなくていいから口だけ開けてくれ。ほら」

よっぽど集中しているようでサンドイッチを口元に持っていっても反応がなかった。瞬きもあまりしていない。すさまじい集中力に轟はどうするかと考える。
きららの個性は使えば使うだけエネルギーを消耗する。ちょっと離れた内に更に散らばったデコパーツは今まで見た中で一番の量かもしれない。これじゃ倒れちまう、と轟は心配した。


「わりぃ、きらら。ちょっと触るな」
「……んぅ」
「よし、そのまま……うん、いいぞ。そのまま噛んで飲み込んでくれ」
「……ん」

轟はきららの唇を親指でふにふにし、反射的に開いたきららの口にサンドイッチを含ませた。急な異物に反応したのか、きららは噛んでそれを飲み込んでくれた。そこからはいつものように口元に近づければ飲み食いしてくれたため、轟はやっと一息つくのだった。
これでエネルギー不足で倒れることはないだろうが……この分だと夜通し作業を続けるだろうなと思う。轟はブランケットを持ってきて、邪魔にならないように注意しながらきららの肩にかけてやると、しばらくきららの様子を見ていたが、眠くなってきたため寝ることにした。


「おやすみ、きらら。あんま無理すんなよ」

やはり聞こえていなかったがまぁ、なんかあれば起きるだろうからいいだろうと思う。サバイバル訓練もあって疲れていたためか、おやすみ三秒だった。

その後は地震も火事も起きず、無事に朝を迎えた。小鳥の囀りで目を覚ます……と言いたいところだが、実際目覚ましになったのはきららの「マジ神やり遂げた―――!! あげみざわの極みーー!!」というはしゃいだ声だった。


「……出来たのか……?」
「あれ、彼ぴおねむだったの……って、あれ、朝か! 徹夜してたの気づかなかったぁ……!」
「すげぇ集中力だった。服も選んどいたぞ。そこのやつ」
「これね! おけおけ! 今度からこれ着るー! てか徹夜で個性使ってたのにこの感じ……めっちゃ彼ぴにお世話になってるね?? ごめりんあざまるーー!」
「大したことはしてねぇ。それよりちょっと寝たらどうだ? 今日は休みなんだからもう少しゆっくりしても……」
「ううん、善は急げ! 爆ぴにこれ渡してくるー!」
「あ、おい……行っちまった。まだ起きてるかわかんねぇぞ……」

まるで台風だ。止める間もなく出て行ってしまったきららにため息をつきつつ、轟はきららが戻ってきてすぐ寝れるように部屋を整えることにした。片付けてばかりであるが、大体いつもこうなのだ。
朝早いこともあり、轟もまだ寝たりない。きららが戻ってきたら一緒に二度寝しようと思いつつ、きららの帰りを待つのであった。







「爆ぴー! 爆ぴー! おはよー爆ぴー!」
「だぁああ!! 朝っぱらからうっせェ!! 何時だと思ってんだ!」
「知らん! 見てない!」
「確認しろや!! まだ5時だわ!!」
「朝早くごめりん! でもこれ一刻も早く届けたくてさぁ! ちょっと見てみてよ!」
「あ……?」

紙袋ごと押し付けられたそれに中身を確認すると、そこには預けた籠手が入っていた。
一目見た瞬間、爆豪は今までと違ったものを感じた。端的に言うと気に入った。短く舌打ちをして、爆豪は大変不本意そうに口を開いた。


「やりゃできんじゃねェか。……ったく、最初からやれっつーの」
「めんごめんご。いやぁ、頑張ったんだよほんと。爆ぴの要望鬼尖りで何回迷走したか……まぁ、いい経験だったよ。あんがとね」
「その爆ぴってのはほんとやめろデコギャル」
「お。デコギャルに戻ってるし。なーにー? ちょっとはあたしのこと認めてくれた感じ?」
「うっせ! まぁ、見た目は合格だ。肝心な実用性だが……しくってたらぶっ殺す」
「はいはい。安心安全のきららのキラキラサービスですよー。もちばっちぐーだし! 使ったら感想おせーてね」
「ちっ。わーったよ。用が済んだならさっさと寮戻って寝やがれ。隈うぜぇわ」
「え、マジか。それはマジ死活問題。すぐ寝る! じゃね爆ぴー! 朝早くごめりーん!」
「爆ぴっていうのやめろって言ってんだろ!! やっぱおめークソギャルだわ!!」

たったか寮に戻っていくきららは爆豪の叫びなど聞いちゃいなかった。







寮に戻ると轟が「おかえり」と抱きしめてきて、そのままベッドに連行された。さすがのきららもあわあわしたのだが、ベッドに入ると轟はもうすでに寝ていて、よっぽど一緒に寝たかったのだろうと思うとなんだかすごくかわいかった。
一緒に寝たくて眠いのガマンしてたかぁ……めっかわだなぁ……そんなことを思っていると、きららもすぐ寝てしまった。クライアントの要望に120%応えるのが一流である。だがそれを今のきららが叶えるには……エネルギーの消耗が激しすぎたのだった。
それでも今回の依頼はものすごくためになった。疲れていたが、その疲労感よりやり遂げだという充足感が勝るものだった。

――プルスウルトラ。更に向こうへ。それはなにもヒーロー科だけではない。サポート科も経営科も、普通科も、みんな何かしらの形で乗り越え、成長しているのだろう。


 


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