ビルボードチャート下半期の結果がテレビで放送され、暫定NO.1ヒーローだったエンデヴァーは、正式にNO.1ヒーローとなるのだった。
エンデヴァーのコメントは実にシンプルで「俺を見ていてくれ」とだけ口にした。絶対的平和の象徴、オールマイトはもういない。新しい時代の幕開けだった。


「んんっと、こんなもんかなぁ……」
「お疲れ。一息ついたらどうだ? 菓子あるぞ」
「お茶する〜! 彼ぴあんがとー」

きららのアトリエ――轟の部屋である――で作業に集中していたきららだったが、一区切りついたところで休憩することにした。轟がお菓子と一緒にお茶を淹れてくれる。轟と付き合うようになって、よく飲むようになった緑茶が疲れた身体に染み渡った。


「手、疲れたろ。貸してみろ」
「ん〜うん」
「痛かったら言えよ。気をつけちゃいるが、男と女の身体はちげぇからな……」
「……うん」

文化祭後に一歩関係を進めてからというものの、轟はその柔さや脆さにいたく衝撃を受けたようで、きららに触れる手が随分慎重になっていた。手を優しくマッサージしてくれる指も、力が入りすぎないように細心の注意が払われている。真剣なその様子にきららもなんだかむず痒かった。


「もうちょい強くしても全然へーきだよ?」
「そうか? ……これくらいか?」
「もっとでもだいじょーぶ」
「……こんくらいでいいか?」
「にゃははっ、それじゃあんま変わってないじゃーん!」
「加減が難しいんだ」
「前までは普通に出来てたじゃん? あれでいいんだよ?」
「……無理だ。どこもかしこもマシュマロで、溶けそうで怖ぇ……」
「ふはっ! マシュマロ……!!」

酷く真面目な顔をして何を言うかと思えば。ちょっと触ったくらいで溶けたりなどしないのに、轟はわりと本気で心配していた。左側が炎の個性だからかなと思ったが、どうもそういうわけではないらしい。氷の右側でさえめちゃくちゃ躊躇っていた。本物のマシュマロじゃないんだけどなぁ、と思わず笑ってしまう。

でも、このままおっかなびっくり触られる日々を送るというのも寂しいものである。きららはちょっと甘えてみることにした。


「えー、じゃあ彼ぴ、もうあんまぎゅってしてくれない?」
「ぎゅ、っ…………する」
「よかった〜! もうしてくんないかと思った〜!」
「そういうわけじゃ……いや、手触るくらいでこんななってんだもんな。わりぃ……努力する」
「あははっ、やっぱ努力必要なんだ〜?」
「マシュマロは溶けちまう……」
「ふはっ! ちゃんとヒューマンだよぉ〜!」

腹を抱えて笑うきららに、轟も決まりの悪そうな顔をした。大真面目なのだが、今まで出来ていたことが出来なくなっているのは、自分でも格好つかないと感じていたのだ。
これは早急になんとかしなければ。このままこんな感じが続けば、きららが寂しく思ってしまうし、自分ももどかしい思いを抱えることになってしまう。せっかく更に一歩進んだ関係になれたのに、こんなことで縮まったはずの距離が離れるのはごめんであった。


「慣れるように……いっぱい練習してもいいか?」
「……ハグの練習?」
「ああ。コツ掴みたい」
「コツっ! んふふっ、いーよいーよ! どーんとこい!」
「じゃあ、さっそく行くぞ……」
「おし来い!」

バッと腕を広げたきららを優しく抱きしめた。随分おそるおそるといった感じであったが、抱きしめることが出来た。少しずつ力を込めて「痛くないか……?」「全然痛くないよ」「じゃあ、もうちょっと力入れるな」と調整していった。やはり認識は変わらずマシュマロらしい。


「このくらいか?」
「まだ全然だいじょぶだって。もっとぎゅってして?」
「もっと……きらら? これ、前より力入ってねぇか……?」
「えー、そんな変わんないよ」
「いや、なんか違ぇ気がする……ここまで腕回して――」

耐えきれないといったように腕の中でクスクス笑いだすきららを見て、轟は脱力した。揶揄われたらしい。そういえば付き合う前はずいぶん揶揄われたなと思い出す。たまに悪戯っ子になるのだから、きららの言うことを鵜呑みにするのは要注意だ。


「おまえ……」
「ふふっ、ごめりん。だって、もっとしても大丈夫なのにめっちゃ慎重だからっ」
「……慎重にもなるだろ。なにせ――」
「ましゅまろだから?」
「ああ」
「ヒューマンだってばぁ」
「どこもかしこも柔らかいだろ。俺とは違ぇ」
「ヒト科・ヒト属・ヒト のメスで〜す」

そんなことを言いながら、じっと上目遣いで見てくるきららに轟はドキリとした。他意はない。ただの生物学上の話であるが、メスと言われるとどういても意識してしまう。
轟はきゃはきゃは笑うきららの唇に、自身のそれを寄せた。


「ん……キスしたくなったの?」
「……それだけじゃ足りねぇかもって言ったら?」
「大歓迎。むしろ慣れるように……もっとしたいな……」
「……めっかわだな」

ちゅっとキスをした。布団を出そうとする轟を引き留めて、きららはそっと囁いた「ぎゅってくっついてしよう? きっとその方が慣れるから」「……そうだな」嘘。本当はただ離れるのが惜しいだけ。
けれどその判断は正しかったようで、これを機に轟は絶妙な力加減を習得するのだった。やはり習うより慣れよ。こうしてマシュマロ問題はひとまず落ち着くのだった。







「ね? 大丈夫だったでしょ?」
「ああ……でも、やっぱりおまえの身体はマシュマロだ」
「そこは変わんないのね〜」

まぁ、マシュマロには変わりはなかったが。
ひとまず落ち着いたのだからよしとしよう。


 


戻る
top