九州の事件が起きて二日後、轟は外出許可をもらい、相澤の引率で実家に戻っていた。
冬美が打ってくれたそばを先に食べていたときのこと。エンデヴァーが帰宅した。冬美がおかえりなさいと労う中、轟は傷跡のことにだけ触れ、夏雄は無言を貫いた。
冬美に労うように促さるが……ダメだった。言いたいことがあるなら言えと言うエンデヴァーに対し、夏雄は自分の感情を剝き出しにし、離席した。
冬美はそれに、やっぱり駄目だったかと気落ちする。自分たちだって家族になれるかもしれないと期待していたのだ。けれどこれも、もしかしたらその一歩なのかもしれない。轟が「夏兄があんな感情むき出すところ、初めて見た」とそばを啜りながら言えば、冬美もまた驚いた顔をした。

つけていたテレビからは二日前のことが取沙汰されていた。


『ああも辛勝だとねぇ……大丈夫なの彼? 血だらけだったじゃない』
『また連合逃がしたんでしょ?』
『そもそも脳無ってもういっぱい捕まえてんでしょ? そういうレベルの敵に苦しめられても――』
『不安の声は変わらず……』
「消そ消そ」
「いや」
『その一方――』
『おらん象徴もんの尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや! 今、俺らの為に体張っとる男は誰や!! 見ろや!!』

NO.1ヒーローエンデヴァーの評価は揺れている。賛否両論。けれどそれは今までとは違った形で、たしかに新しい風が吹いていた。


『エッジショットファンだったんですけど! あんなんファンになるしかなくないスか!?』
『僕も炎系なんで素直に喜ばしいですよ』
『やっぱ見ろや君≠ナしょ! ハッとさせられた!』

見ろや君のエンデヴァーを見ろという叫びは、多くの心をエンデヴァーに集めた。見ろや君が叫んだカットは作ってみたとマグカップやTシャツにプリントされていた。そして、何より一番の影響は――


『でも何といってもあの炎! めっちゃキラキラしててやばかったぁ!』
『そうそう! ちょー映えじゃん!? ギャルとしてはフォロワーなるしかないっしょあれは』
『あの輝きを見た瞬間、恐怖に竦んだ心に光が差したんです。それは正しく……希望でした』
『エンデヴァー怖い人かと思ってたけど、あの爆発したアイテムっていうの? すっごい可愛くてびっくりしたんだよね。ギャップってやつ? なんか、そういうのいいよね』
「そういえば……お父さん珍しいの持ってたね……?」
『いやー、あの戦いね! エンデヴァーはもちろんだけどね。見ろや君≠サして何よりホークスの献身が大きかったよ。皆がね、一丸となったもん。応援するんだ≠チて。向かい風はまだ止まないだろうけどね、皆もう気付いたよ。エンデヴァーの時代だってね。希望・・はここにあるって彼が示してくれた。彼を支持する声は確実に拡がっているもの』

きららの魔法がエンデヴァーにもかかっていた。世界をキラメかせるとっておきの魔法。人々にエンデヴァーここに希望があると教えてくれた。
平和の象徴オールマイトの時代から猛き希望エンデヴァーの時代へ。ゆっくりと移り変わっていっていた。


「ヒーローとしての……エンデヴァーって奴は、凄かったよ。凄い奴だ。けど……夏兄の言った通りだと思うし、おまえがお母さんを虐めたこと……まだ許せてねェ。だから……親父≠ニしてこれからどうなっていくのか、見たい。ちょっとした切っ掛けが人を変えることもあるって、俺は知ってるから」

――轟焦凍は知っている。ちょっとした切っ掛けが人を変えることを。緑谷が、きららが……自分に切っ掛けをくれて、変われたように。
エンデヴァーもまた、轟に大事なことを伝えようと口を開いた。


「おまえの恋人……きららといったか」
「……それがどうした」
「今回は彼女に救けられた。礼を言う」
「俺じゃなくてきららに言えよ」
「それもそうだが、これだけは先に言っておきたくてな。俺は……おまえと彼女の交際を全面的に認めようと思う」

思わずそばが変なところに入り、咽た。ゴホゴホと咽る轟の背中を冬美が擦りながら「焦凍大丈夫〜!?」と心配した。ようやく咳が収まると、轟は疑いの目でエンデヴァーを見た。


「どういう心境の変化だ。あんだけきららを小娘呼ばわりしといて……今までは保留ってだけで、認めたわけじゃなかったろ……」
「……本当はとっくに認めていた。彼女にはおまえを諦めるという選択肢がなかった上に、何より……他でもないおまえを救ってくれた恩人だ。口ではああ言ったが、おまえから引き離す気などなかった」
「待てよ。最近は言ってねぇみてぇだが、小娘っていびってたじゃねぇか。最初から認めてたなら、なんでいびったんだよ」

轟の眼光が鋭くなる。忘れもしない、きららを小娘呼ばわりされて、お義父様と呼ばれる筋合いはないと吠えていたエンデヴァーの姿を。
エンデヴァーが試験運用に参加した際は気が気ではなかった。きららはケロッとしていたが、虐められていないか心配で、エンデヴァーに釘を刺しまくったりしたものだ。
頑張り屋で向上心のある彼女のことだ、親父にどんな無理難題を振られていても「これに応えるのが一流だし!」とか言って頑張るに決まっている。きららは最高にめっかわだ。そんなめっかわな彼女がいびられたというのは、轟にとって非常に看過できないことであった。


「……それは…………おまえを取られた気がしたんだ……」
「…………は?」

轟は我が耳を疑った。今とても信じがたいことを言われた気がする。信じがたいというか、信じたくないが正しい。寒気がした。よっぽど酷い顔をしていたのか、冬美が慌てている。
ぐっと奥歯を噛みしめ、拳に力が入る。振り絞った声は荒れていた。


「んな……くだらねぇ理由で……きららを虐めんじゃねぇ……!!」
「……う、うむ。おまえの言う通りだ。彼女には改めて謝罪しよう」
「ったりめぇだクソ親父……!!」
「(お父さん……ほんと焦凍のことになると周りが見えなくなるから……!!)」

冬美ははらはらしながら二人を見守っていた。まだ結婚したわけじゃないのに――焦凍からはそのつもりだと聞いてはいるが――今のうちからちょっかいかけるなんて。きららの人柄は聞いてはいるが、気弱な子ならすっかり委縮してしまっていただろう。本当に大事にならなくてよかったと思う。
その後エンデヴァーが退出してからも、轟の機嫌は直らなかった。大好物の冷たいそばも美味しいと感じなくなってしまった。それもこれもクソ親父エンデヴァーのせいである。

だが何はともあれこれでエンデヴァー公認の仲になったのだ。
愛の試練を乗り越えたということでここはひとつ、よいちょまるということにしよう。


 


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