先生たちの計らいで、大晦日に一日だけ帰省が許された。
だがしかし、きららの家族は抽選で海外旅行を引き当てたらしい。とてもではないが一日で帰れるはずがなかった。かといって、せっかく当たった旅行である。きららが帰省するからと取りやめさせるのも気の毒で、きららは帰省を見送ることにしていた……のだが。


「それなら……俺の家に来ねぇか? 姉さんが会いたがってんだ」
「マ?」
「マ。よくラインでもきららちゃんきららちゃん言ってる」
「え〜照れる。じゃあおとーさまに連絡とるね。おっけーならお邪魔したい!」
「……あいつに許可なんてとらなくても……」
「家主はおとーさまでしょー。しかも年末にお邪魔するんだからちゃんとしないと」
「…………わかった」

きららがエンデヴァーに轟についてお邪魔してもいいかお伺いを比較的丁寧に――それでもギャル語であったが――立てている間に、轟はさっさと「年末の帰省、きらら連れてくる。いびんなよ」とだけエンデヴァーに送るのだった。もはや決定事項、有無などいわせなかった。冬美にも「きらら連れてくるよ」と連絡を入れ、嬉しそうにはしゃいできららの好きなものや嫌いなものを聞いてくる冬美に一つずつ答えていた。
結果として、きららがメッセージを送ると同時に既読がつき「かまわん」とエンデヴァーからあっさり許可が下りた。







年末の帰省はまず、轟のお母さん……冷の病院を訪れることから始まった。
事前に冷にもきららが来ることを伝えており、冷もまた、轟からもらう手紙によく書かれているきららに会うのを楽しみにしてくれていた。

初めて見る冷の顔に「わ〜! 彼ぴとそっくり! めっかわ美人! しょーとくんとお付き合いさせてもらってるきららです! おかーさま、末永くよろぴ〜!」人懐っこくはしゃぐきららに少し驚きつつも、手紙に書いてある通りの明るいお嬢さんだと、とても好意的に受け止めてくれて「焦凍の母の冷です。きららちゃん、よろしくね」優しく微笑んでくれた。「じゃあおかーさま、冷ママだね!」「ふふ、素敵ね。是非そう呼んでちょうだい」即行で縮まっていく距離感に轟はそれはそれは嬉しそうだった。大好きな二人が仲良くすごしてくれるのはとても幸せなことなので。


「それでね、彼ぴったらすごいの! どんな被り物も似合ってて……あ、これ。この被り物。大魔王ってキャラクターのやつなんだけど、彼ぴにかかればこう! めっかわでこんな可愛い大魔王いる?? ってもーびっくり!」
「しばらくきららに遊ばれたよ。最終的にはこれに落ち着いたけど」
「仲がよさそうで何よりだわ。……あら、二人共とっても似合ってるわ。可愛い」
「そうなの! 彼ぴ頭まんまるだから、たれ耳めっちゃ似合う〜! あとねあとね、これ見て。バタービールで髭作ったやつ!」
「まぁ……! これ知ってる。魔法使いのお話に出てくる飲み物よね。本当にこんな風になるのね……夢があるわ」
「冷ママ知ってるんだ! じゃあいつか冷ママも一緒に映画の世界に行こう! 一緒に髭作ろーよ!」
「そうね。いつかきっと……一緒に行きましょう」

意外なほどに話が弾んだ。付き合う前ではあるが、初デートに映画の世界に行った時の写真をみせながらその話をすると、冷は映画の世界に出てくるキャラクターたちのことを少し知っているようだった。もしかしたら、轟家も最初の方……兄や姉たちは、普通の子どものように育てられていた部分もあったのかもしれないと思った。







もうお昼も近いことで、一緒に院内の食堂で食べることにした。


「冷ママのおすすめはなーに? きららそれにする!」
「そうねぇ……ロコモコ丼とかどうかしら?」
「いいね! それにきーめた! 彼ぴは言わなくてもわかるよ。冷たいお蕎麦でしょ?」
「よくわかったな」
「だって彼ぴそれしか注文しないじゃん?」
「そうか?」
「そう!」

きららたちのやり取りに、冷は思わずくすりと笑った。仲がよさそうで何よりだ。
けれど、轟が注文したかった冷たいそばは売り切れてしまっていた。


「あちゃ〜、これはぴえんだね」
「ぴえん通り越してぱおんまであるぞ……めちゃくちゃそばの気分だった」
「そぉれは悲しみが深い」
「ぴえん? ぱおん……?」
「あ……これは……ぴえんは悲しいって意味で、ぱおんはそのぴえんを上回る悲しみのことなんだ」
「まぁ、面白い表現ね」
「俺もそう思う。ギャル語は奥が深いんだ……」

しみじみと呟く轟にきららは口を掌で覆って笑いをかみ殺した。やっぱりエンデヴァーと似ている。血を感じた。
その後、轟は冷がビーフシチューを選んだのもあり、飯田を思い出し、ならばもう一人の友人である緑谷がいつも頼んでいるかつ丼を頼むことにした。
きららが食堂のおばちゃんに、デコれそうな素材を分けてもらえないか相談すると「そうねぇ……こんなものしかないけど、いい?」「全然! めっちゃいいやつじゃん! ありがと〜おばちゃん!」るんるんで使いかけのチーハムを貰った。もらえても野菜のくずかなぁと思っていたきららとしてはラッキーであった。


「ねね、冷ママのもデコっていー?」
「ええ、もちろん。すごいのねきららちゃん。ご飯もおしゃれなのね」
「映えもあるけど、きららのこれはもっと美味しくするためなんだ」
「もっと美味しく……? ああ、そういえば手紙に書いてくれてたわね。きららちゃんの個性」
「にゃはは、めっちゃきららのこと話してくれてるみたいでうれしみ。そ、きららの個性はデコったものの性能を爆上げしたり、ダダサゲたり。デザインに応じてキラキラするの。そう、こんな風に……はいっ、いっちょ上がり!」
「わぁ……! キラキラしてとっても綺麗ね。美味しそうだわ……まるで魔法みたい」
「きららは魔法使いなんだ」

瞳を輝かせて喜ぶ冷に、轟は柔らかく笑ってそういった。お母さんにもきららの魔法を体験してほしいとずっと思っていたのだ。
星が瞬くようにキラキラ輝くそれを一口口に含むと、今まで食べたビーフシチューとは全然違ったようで「今まで食べたビーフシチューの中で一番美味しい」と美味しそうな顔で笑ってくれた。

その後もチョイスが友人二人の好物であったことから、飯田と緑谷の話もし、仮免も補講に通ってやっと取れたと報告をした。
きららも文化祭で作った作品の話をして、退院したら是非体験してほしいと約束を取り付けた。次々増えていく退院後の楽しみに、冷もまた、改めて「早くその日が来るように、私もがんばるね」と言ってくれた。

こうして舅(仮)のときとは打って変わり、姑(仮)との邂逅は酷く平和に終わった。むしろ「ねぇねぇ、冷ママ。きららも冷ママに手紙送ってもいい?」「ええ、是非。私ももっときららちゃんとお話したいわ」ものすごく良好だった。
嫁姑問題など起きる気配は全くなく、別れ際も「きららちゃん、焦凍をお願いね」大切な末息子を任せてくれた。お義母様の期待に応えるためにも、きららは喜び勇んで轟邸へと向かうのであった。


 


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