轟が目を覚ますと、きららがロボットを弄っているのが見えた。持ってきていたノートPCを使って何やら難しそうな作業をしている。こういう時のきららには、何を言っても聞こえていないことを轟はよく知っていた。
いつの間にか寝てしまっていた。お日様の光をいっぱいに貯め込んだ布団は心地よくて、眠気には抗えなかったのだ。久しぶりの実家というのもあって、気が緩んでいたのかもしれない。
轟はきららの邪魔にならないようにと、冬美を手伝うために台所へ足を向けた。







「まさか大晦日に池に落ちるなんてなー」
「ごめん」
「謝んなよ、俺がいきなり投げたのが悪いんだからさ」
「いや……うん」

冬美に言われて池の鯉に餌をやろうとしたところ、偶然見つけた夏雄たちが昔使っていたボールをつい出来心で夏雄が轟に投げると、ボールをつかもうとした轟が池の中に落ちてしまった。
それを笑ってしまった夏雄だったが、助けようと手を差し出したところで、濡れた手と、水中の苔のせいで自分も落ちてしまい、二人仲良くお風呂に入ることになるのだった。

5人一緒に入っても余裕そうな造りであったが、2人が一緒にお風呂に入るのは初めてのことだった。
すでに夕方で、夜にもう一度入るのをめんどくさがった2人は一緒に髪も洗うことにした。髪を洗っている轟の背中にはわずかな傷跡もあるが、しっかりと筋肉がついていて、夏雄は雄英で頑張っているんだなと感じたが――よくよく見るとその傷跡が爪でひっかいたような跡だったので、一気に赤くなってしまった。


「きららちゃんと……仲いいんだな」
「え、なんか言った?」

髪を洗っていて聞こえなかった轟が聞き返した。
夏雄は口をもごもごさせながら、やけくそ気味にもう一度口にした。


「彼女と仲良くてなによりだな〜って!」
「ああ、仲は良いよ……夏兄の方は? 夏兄も彼女できたって姉ちゃんから聞いた」
「っ、姉ちゃん、よけいなことを……仲は……まぁ、いいとは思うけど……」

照れくさそうにお湯に顔半分浸かる夏雄に轟は小さく笑った。仲が良いことに越したことはない。夏雄も轟が笑ったのが嬉しくて、もうすこしこの話題を続けた。


「きららちゃん……話に聞いてたけど、だいぶフレンドリーだな」
「うん、すげぇ勢いで誰とでも仲良くなるんだ。俺らクラス違うけど、クラスのほとんどがきららと友だちだし……」
「すごいなそれ。焦凍はそれで嫉妬とかしないのか?」
「嫉妬……は、したくねぇから先手打ってる」
「先手?」
「知らないやつがきららと仲良くしてんの見るの嫌だから……きららの部屋片づけるって口実で出入りしてる。俺の部屋もきららのアトリエにしてるから、お互い普段どんなやつらと交流してるのかわかるし、牽制にもなるから、大丈夫なんだ」
「……へ、へぇ……」

夏雄は意外な轟の一面に何と言っていいのかわからなくなった。確かに一理あるけれど、なんと言うか随分本気なんだなと思った。本気でなければ大晦日の帰省にわざわざ連れてこないだろうけれど、半同棲のようなその状態に夏雄はすごいなと少し圧倒された。


「きららちゃん、片付け苦手なの?」
「すげぇ苦手。仮免に向けて一週間くらい片づけに行けない日があったんだけど、すげぇことになってた」
「そ、そんなに?」
「きららはおしゃれが好きで、服たくさん持ってんだけど……それが部屋中に散らばってて、頑張り屋でもあるから、部屋でもずっと発明品の作業してて……それでデコパーツがそこら中に散らばってた」
「そ、それは……大変だったな……?」
「時間はかかったけど……その後きららとらぶぽよできたから、俺としてはこれもありよりのありだ。もっと甘えてほしい。めっかわでしかねぇ」
「なんて?」

現役大学生なだけあってなんとなく意味は分かったが、それらの言葉が轟の口からすらすら出たことが夏雄は少し信じがたかった。丁寧に説明をしてくれる轟に、やっぱり幻聴じゃなかったと夏雄は理解する。彼女の影響かぁ、そうかぁ……それなら仕方ないな、と、そう思うことにした。


「そんでアトリエってのは?」
「俺の部屋、あんま物ねぇからきららが作業しやすいんだ」
「なるほど。そうやって半同棲に持ち込んだのか……やるな、焦凍……!」
「そうさせるのにめちゃくちゃ必死だった。……部屋に彼女いんのはいいよ。よいちょまるって感じだ」
「……そだなぁ」

もう夏雄は驚かなかった。その代わりに菩薩のような顔で轟を見ていた。
正直随分と轟とは性格の違う彼女であったから、どんな風なやり取りをしているのかちょっとかなり気になっていたのだ。割と大人しそうな弟であるし、対してきららは押しが強そうだった。冬美からきららちゃんきららちゃん、と轟から聞いたのだろう話は聞かされていたため、存在は知っていたが、やっぱり轟から直接話を聞かないと落ち着かなかったのだ。何だかんだ兄なのだ。色々あったが故に猶更、末っ子が少し心配であったのだった。


「なんか……よかったよ。焦凍が幸せそうで」
「……きららのおかげだよ。きららがいつも世界をキラキラさせてくれるから、俺は幸せなんだ」
「……そっか」

一等幸せそうな笑みを浮かべた轟に、夏雄も嬉しくなった。
弟にはもう自分を幸せにしてくれる人がいるのだ。そのことがとても嬉しくて、これから先、二人がずっと幸せなままでありますようにと願うのだった。


 


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