轟と夏雄が風呂に入っている途中、冬美が頼んでいた餅を取りに行くのを忘れていたと言って出掛けた。
きらら以前作業の途中である。一度弄りだすとあれもこれもとあちこち気になってしまい、作業に熱中してしまうのだ。
風呂から上がって台所へ行くと、そこにはお湯がはられた鍋と、いい香りのするそばつゆの入った鍋があった。他にも大きなこね鉢にそば粉、めん棒などがある。どうやらそばを打つところだったらしい。
きららが発明したお料理ロボットも変わらず調理をしており、設定していた茶碗蒸しを蒸しているところだった。


「わ、すご。ほんとに出来てる……普通にうまそう」
「……」

夏雄がロボットに感心している中、轟はそば打ちセットに釘付けになっていた。
ボールもあったし、せっかくだからサッカーしようと誘ったのだが、その表情が乏しいながらそば打ちに感心があるということが見て取れたので、夏雄はサッカーはまた今度にして、そばを打とうと提案してくれた。

だが、やりたい気持ちはあれど二人そろって素人であった。
ググって調べてみたところ、十割は難しそうであったため、二八で挑戦しようとしたところ、轟が十割の方がうまいという主張に、轟の譲れない何かを感じ十割に挑戦することにした。

けれどそんな簡単にいくはずもなく、台所は一気に戦場と化すのであった。


「うわっ、粉飛ばすなよ! 力入れすぎだってっ」
「夏兄、そば粉足して」
「こんくらいか……あっ、やべ、計るの忘れてた!」
「あ」

素人には難しすぎた。どうするんだこれ、大丈夫かこれ、と思っていると茶碗蒸しをみていたお料理ロボットが軽やかな足取りでやってきて『ニャー』と鳴いた。まるでそれは邪魔だと言わんばかりで、尻尾でぺしん、ぺしんと轟と夏雄の手を払いのけるのであった。


「え、なになに、また捕獲される感じ!?」
「いや…………おまえもしかして、これなんとかしてくれんのか?」
「ええマジ!? 蕎麦も打てるの!?」
『ニャー』
「……わかった、任せる」

大人しく場所を明け渡し、ロボットを見守っていると、ロボットはじっと今の状態を見ていた。瞳には何やら細かい文字列が浮かんでいる。しばらくすると状況を把握したのか、残りのそば粉と水を計測しだし、準備を整えると冬美から教わった場所から袋を取り出し、それに身を包むと水回しから始めた。
大分大変そうであったが、二人より様になっている。思わず感嘆の声を上げるとロボットが得意げに『ニャー』と鳴いた。
普通ではありえないその光景に、思わず夏雄が動画に収める。


「すごい、すごいぞ……これノーベル化学賞受賞するんじゃない?」
「うん、ついでに平和賞もいけそうだ。猫は可愛い」
「袋に身を包んで全身でそばを打つ猫……か」
『ニャー!』
「え、何。尻尾? あっ、茶わん蒸しか……!」
「わりぃ、すぐ止める!」
『ナーオ』

そばを捏ねているため、手が離せなかったロボットが茶わん蒸しの完成を知らせた。蒸しすぎると美味しくなくなってしまうのだ。完璧にそれらを計算できるように作られたお料理ロボットとしてのプライドである。

その後も順調にそばを打っていき、最後はそれっぽく完成させることが出来た。
元がしっちゃかめっちゃかだったものから始まっているため、いささか不格好であったがよくやったと言えるものだろう。


「そばだ」
「すごいぞ! ちゃんとそばになってる……! ありがとうな!」
『……ニャーオ』
「あれ、元気ないな? どうしたんだろう」
「どっか悪いのか? きららにみてもらおう」
『ナーウ』

抱え上げようとした轟の手を力なく尻尾で叩いて、ロボットは不貞腐れたように丸くなって眠るような動作になった。心配げにみていると、冬美が帰ってきた。


「ただいまー。ごめんね、遅くなって……どうしたの? 二人とも」
「姉ちゃん……俺らそば打ってたんだけど、うまくいかなくて……見兼ねたこいつが代わってくれたんだけど、完成した途端こんな感じに……」
「あら、どうしたのかしら……」
「きららにみせにいこうとしたんだけど、嫌がっちまって……」
「ええ……心配だなぁ」

ふいに冬美の目に打ったというそばが目に入った。それに驚いた顔をして、冬美ははしゃいだ声を出した。


「すっごーい! これこの子がやったの!?」
「そう、俺ら全くダメで……材料全部無駄にするとこだった」
「見てて癒された。動画も夏兄が録ってる」
「見せて見せて!」
「うん、これ……」
「はわぁ……!! すっごーい!! すごいすごい! ええっ、かわいー!」
「茶わん蒸しもちゃんとできてるんだよ。捏ねてる途中で完成したって教えてくれて、火からおろしてる」
「ええっ美味しそう……すごいわほんとに」

冬美がそれはもう楽しそうに動画を見ていた。聞き耳は立てているようで、わずかにロボットの耳がぴくっと動く。
冬美はカウンターで丸くなっている猫に目線を合わせると、それはもう輝く笑顔を向けた。


「あなたとってもすごいのね! ありがとう、これからもよろしくね!」
『……ニャオ!』
「……元気になった、のか?」
「もしかしたら、こいつの納得いく出来じゃなかったのかもね……」
「なるほど……よく出来てるけどな」
「そりゃ俺らと比べたら……うん」
「うん……」

皆までは言うまい。あのままロボットの救けもなく続けていたらと思うとぞっとする。そばにはありつけなかったであろうし、そばがきのような何かを食べる羽目になったであろうことを思うと、お料理ロボット様様であった。

それはそうと、お料理ロボットとはいうが、随分モデルの猫に性格などは寄せられているようだった。
見た目重視とはいったが、ペットとしても一緒に暮らしていくのによさそうだ。
無駄に広かった屋敷が一気ににぎやかになったような……実に嬉しいプレゼントであった。


 


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