「ええっ!? そば打ったの!!?」
「ああ、頑張ってくれた」
「これ見る? 癒されたから動画とってるんだけど……」
「み、みるぅ……ええっ、まじかぁ……まじで打ってるぅ……すごぉ……」

きららも何が何だかよくわかなかった。そばを打つことはそもそも想定しておらず、そばを茹でたり冷やしたりといったことしかできなかったはずなのに、どうやらお料理ロボットはきららも知らぬ間に進化アップデートしたらしかった。


「おまえもこれは予想外だったんだな」
「うん……そんな難しい料理はインプットしてないよ。経験を積むと応用で色々作れたりするようになるかな? とは思ってたけど……こぉれは完全に予想外。この子が自分でプルスウルトラしたんだよ……ええ、やばみ……めたんこ有能!」
『ニャー』

機嫌がよさそうに鳴いたお料理ロボットは、すっかり冬美を気に入ったようでぴったりとくっついていた。そば打ちセットを出したままだったと言っていたし、もしかしたら冬美の動作から何かを読み取り、そこからできるようになったのかもしれない。なんにせよぐう有能には変わりなかった。冬美も新しい家事仲間をとても気に入ってくれたようで、轟家へのプレゼントとしては大成功であった。


「それにしても……お父さん、遅いなぁ」
「どうせ仕事だろ。さっさと食べちゃおうよ。あいつが帰って来る前に俺、出るし」

素っ気なく言う夏雄に冬美は困ったように眉尻を下げたが、弟たちときららのお腹が揃って鳴ってしまったため「じゃあ食べちゃおうか」と先に食べることにした。
ザルに盛ったそばに天ぷら、お料理ロボットが作った茶わん蒸しの他に刺身などが食卓に所せましと並んでいた。みんなで「いただきます」と口にすると、各々好きなものから箸を運んだ。


「ん! ん〜」
「このお刺身マジ美味びみっ! ええ、なにこれぇ……とろけるぅ……」
「きららちゃんも夏と同じでお刺身好きなんだってね。近所のお魚屋さんの魚吉さんってところのものなんだけど、本当に新鮮で美味しいの」
「神じゃん? めたんこ美味〜!」

頬を抑えてお刺身を噛み締めているきららに、冬美はよかったと息をついた。


「焦凍から聞いてたタピオカミルク丼? っていうのはよくわからなくて、作れなかったから……気に入ってくれてよかった!」
「え、なにそれ。おいしいの……?」

想像できるような、できないような。そんなメニュー名を聞いた夏雄が訝しげに伺ってきた。タピオカは飲むイメージがどうしてもついてしまっていた。


「俺は食わなかったけど、きららは好んで食べてた」
「あ〜それはね……期間限定っていうのに惹かれたの。味はまぁ、意外とイケる。甘いつぶつぶお茶漬け的な」
「そうだったのか」
「想像できるような……できないような……」
「女子は期間限定っていうのに弱いよね」
「ほんそれ」

そんな風に話をしていると、テレビから緊急ニュースが入る。静岡タワーに数日前拘留場から脱出した、キングコングが個性の敵が人質をとっていた。静岡タワーといえば結構近くである。その上、その人質はなんと――エンデヴァーであった。


「お父さん!?」
「ブッ!」
「えー? おとーさまとか人質になんなくない?」

夏雄は思わず口の中に入れたばかりの刺身を吹き出した。
きららは人質がNO.1ヒーローであるエンデヴァーであったことに、心配ないないとばかりに食事に戻った。轟も同じようで「この茶わん蒸し、うまいな」とのんびり会話を続けていた。冬美の傍にいたお料理ロボットが得意げに『ニャー』と機嫌よさそうに鳴いたのだった。

その頃エンデヴァーは、せっかく買った肉や蟹や新巻鮭や葛餅が入った紙袋を燃やすのに葛藤していた。掴まれているせいで安全な場所に置くことが出来ないのだ。
だが、だんだん掴まれる力が強くなり、こうなっては致し方ないと紙袋を放し、プロミネンスバーンを放つのだった。


「あ、蟹……」
『エンデヴァー、一撃で敵を倒したぁー! 今年の最後のNO.1ヒーローの雄姿、ご覧いただけましたでしょうか!? 巷で話題のその煌めく個性から10代20代女性の支持を急激に伸ばしているエンデヴァーですが、なぜか浮かない顔をしております! なかなか減らない犯罪を憂慮しているのでしょうか……!?』

エンデヴァーの視線はご馳走の成れの果てに注がれていた。浮かない顔の原因が何か、ここにいる人間は皆わかっていた。
ご馳走いっぱいだったもんね。そりゃ燃やしたくないよね。


「……とりあえず、無事でよかったよ〜」
「なにやってんだよ」
「おとーさまって、意外とかわいいとこあるよね」
「えっ」
「え!? どこが……!?」
「あーうん、私はわかる気がするなぁ……」
「ねー」

控えめながらきららに同意する冬美に、弟たちはそろって信じられないものを見るような目で見てきた。
すごい不器用で、結構子どもっぽいところもあるよね。多分女特有の可愛いって感性である。
けれど、そのエンデヴァーは帰りが遅そうだ。あの分だときっとご馳走を諦めきれないので。


「夏、お父さん遅くなりそうだし、ゆっくりしなよ。ね?」
「そうそー。彼ぴとはあんま会えないんだし、もうちょっといなよ、おにーさま?」
「うん」
「……ん〜、じゃあもうちょっといようかな」

そうやって躊躇ったふりをするが、自分も本当はそのつもりだったのだ。
滅多に会えない弟と、その彼女――極めて義妹になる可能性が高い――との親交を深める絶好の機会でもあるし。そうして冬美もいい大吟醸をエンデヴァーがもらったとかで、珍しくお酒を飲むことにした。大晦日だもの。ちょっとくらい楽しまないと。


「今年もお疲れさま! いつも家のこと、ありがとね」
「いいえ〜。今日からはもっと楽になるよ〜きららちゃんのおかげ! ありがとね!」
「どいたマンゴー! てかふゆみんこのお屋敷ほぼ一人で管理してたとかすごすぎん? 他にもこういうのあったらいーなー、とか思うのあったら遠慮なくね。あたしも発明できるのはスキルアップに繋がるし、ウィンウィンだよ」
「ありがと〜! じゃあその時は遠慮なく!」
「まってる〜!」

夏雄はすっかり仲良しなきららと冬美に、いつかここに自分の彼女も混ざってわいわい騒いだりできるといいなと思った。きっとこの二人となら仲良くやっていけるだろう。そこにお母さんも加わって、女性陣でわいわい盛り上がってるんだろうなと、なんとなく未来が想像できた。


「早く夏も呑めたらいいのになぁ」
「俺は来年まで待ってよ。いつか焦凍ともきららちゃんとも呑みたいな」
「うん」
「だねだね! あたしカクテルとかちょー気になる! 映え!」
「いいねぇ。きららちゃんが成人したら振舞えるように今から練習しとこうかな」
「え〜うれしみ! めっちゃ期待して待ってる〜!」

はしゃぐきららに、轟は成人というものに何かひっかかることがあったようで、しばらく思案すると口を開いた。


「成人式って……やっぱ振袖着たいか?」
「もちろん! だって絶対あげみざわじゃん?」
「……そうか、なら結婚は成人式の後だな」
「……ふぁっ!?」
「え、それって……」
「しょ、焦凍……!?」
「? 振袖は未婚じゃねぇと着れねぇんだろ? なら、しょうがねぇから……成人式が終わった後プロポーズするよ」
「〜〜〜〜っ! ほんっとそういうとこ〜〜!!」

真っ赤になって顔を覆ったきららに轟が心配そうに「大丈夫か」と声をかけるが、夏雄も冬美も乾いた笑いしか浮かんでこなかった。
きららもきららで、今までの轟の言動が浮かんでなるほどそういうことかと思ってしまう。結婚しようって言って、無理だっていわれて、まだ結婚できる年齢じゃねぇと返されたこと。結婚線が異様に早婚だったこと。振袖を着れる期間は短いから、今のうちにたくさん着てほしいと言われたこと。めちゃくちゃ最初の方からずっとそういうつもりでいてくれていたというのが理解できて、幸せなのと、恥ずかしいのとでいっぱいいっぱいだった。
とりあえずお返事としては「よいちょまるでお受けする〜!」といった具合であるけども。


 


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