彼氏の実家――それも大晦日――でのお泊りである。少なからず緊張するかと思いきや、そんなことはなかった。らぶぽよだったし快眠した。やはりきららの肝っ玉はひと味違うらしい。
伸びをしようと起き上がろうとすると、抱きしめるように背に回されていた轟の腕に力が入った「うにゃっ」思わず潰れた声が出る。意外と寝相の悪い轟は、たまに力加減ができなくなるのだ。寝てるからしょうがないけれども。
仕方ないので、伸びは諦めてごそごそと収まりの良い位置を探った。


「ん……」
「あ、ごめん起こした?」
「いや……ぁ、ワリィ、俺またやってんな……痛かったろ」
「身動き取れないだけでそんな痛くないからだいじょーぶ……てか……ふはっ、ふふふ……!」
「? どうした? なんか面白かったか?」
「ふふっ、うん……だってしょーと、前はちょっと触っただけで溶けるとか言ってたのに、今じゃすっかり慣れたなぁって」
「そんなこともあったな」

なんだかもうずっと前のことのようだった。
轟はくすくす腕の中で笑っているきららを覗き込むように見つめる。視線に気づいたきららが顔をあげて「なぁに」と首を傾げた。


「おまえも、しょーとって呼ぶの慣れたみたいだな」
「……だって、あんなん言われたらさぁ……彼ぴとか、とどしょのままなんもあれじゃん……?」

昨日は成人の話題から成人式、そして振袖の話題を経て轟に予約されてしまったのだ。
寮生活というのもあり、きららの家にこそまだ挨拶はできていないが、きららも長く続きそうな彼氏がいるとは知らせているし、結婚したいくらい好きとも伝えている。わりと緩い飾家は両親はそのまま結婚できるといいなというスタンスであるし、ちょっと生意気な弟も最初はどうせすぐ別れるとか、姉ちゃんの片付けのできなさはドン引き必至とか散々な言われようだったが、相手が体育祭二位の轟焦凍で、寮での暮らしを知ると、渋々……本当に渋々と言った様子で、精々捨てられんなよとエールが送られたのだった。
余談だが弟はその日ちょっと食事が喉を通らなかった。生意気だがなんだかんだシスコンなのだ。中学生男子の心は複雑である。

轟家の方もお付き合いは公認であるし、まぁいずれはそうなるだろうなと思っていたので、現状何の問題もなかった。よっぽどのことがなければ、きららはこのまま飾きららから轟きららになることだろう。
いつまでも彼ぴ、とどしょと言うのもなと、この際だから思い切って名前呼びに変えてみた。「しょーと?」「ん」「しょーと」「いいな。もう一回言ってくれ」「しょーと」「もう一回」そんな感じでらぶぽよしていたらエンデヴァーの怒号が響いたのである。そりゃ轟が不機嫌になるはずだ。


「まだ4年も待たなきゃなんねぇけどな」
「逆に言えばあと5回くらいしか振袖着れないね」
「そうだな。そう考えるとすぐな気もするな……よし、起きるか。初詣行くって約束したもんな」
「うん! ふゆみんが振袖貸してくれる上に着付けまでしてくれるの〜! めたんこ楽しみ!」
「せっかくだから俺も着物着てお揃いにしよう。滅多に着ないもんな」
「そぉれはあげみざわ! しょーとの着物楽しみにしてる〜!」
「俺もおまえの振袖楽しみにしてる」

楽しみが一つ増えた。起き上がって、並んで居間へ行くとそこではすでに冬美とエンデヴァーがおり、冬美が忙しく食卓に昨日用意していたお節を並べていた。
随分豪勢である。その中にはエンデヴァーがわざわざ買い直しに行った、肉や蟹や新巻鮭などといったご馳走も含まれていた。


「あ、きららちゃん、焦凍、改めましてあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!」
「こちらこそ〜! あけおめ! ことよろ〜!!」
「あけましておめでとう。今年もよろしく」

にこやかに挨拶をする三人であったが、ここにはエンデヴァーもいる。きららがエンデヴァーに挨拶をしようと顔を向けると、腕を組んで座っているエンデヴァーから何やら圧を感じられた。
冬美が苦笑してきららにそっと耳打ちをする。それに素直にうんうん頷いて、きららは言われた通り正座をして口を開いた。


「お義父様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!」
「ああ、あけましておめでとう。今年もよろしくお願いする」
「いえっさー!」
「姉さん……これ……」
「あはは、お父さんも認めてはいるんだけどね……もう轟家うちの嫁って意識してるから、ちょっと厳しくなってるのよ」
「……」

小声で冬美が説明してくれたが、轟の心中としては大変複雑であった。
きららとの結婚を反対する気がないのはいいことだが、その分、ある程度の礼儀作法も求められるのかと思うと、きららはこれだからいいんだと思う反面、大人になればそうも言ってられなくなるのだろうと母を見てきた手前、理解も出来てしまって、それを仕込もうとしているエンデヴァーにおまえが仕込むのかよ……と大変不服だった。

そういうのは冬美や冷にやってもらいたいのだ。同じ女同士理解し合えるだろうし、きららを可愛がってくれている。きららがいると二人も楽しそうであったし、轟としては冷が帰って来てからで問題ないと思っていたため、あんま厳しくすんなよという気持ちである。
なにせエンデヴァーには前科があるので、礼儀作法を仕込む際に苛烈な扱いを受けないか心配でたまらなかった。


「心配しなくても、お父さんももういびったりなんてしないよ。あれでかなりきららちゃんのこと気に入ってるから」
「……え、そうなの?」
「実はね、きららちゃんが来るって聞いて……前に焦凍、うちに振袖あったか確認して来たじゃない?」
「うん。確かあったと思って。きららに着てほしかったんだ」
「うんうん。きっと初詣もいくだろうなぁって思って、最初は私の振袖貸そうと準備してたんだけど……お父さんがそれ見てね……買ってきたの」
「……買ってきた……? 振袖を……?」

轟の瞳がまんまるになった。ぱち、っと瞬きをすると冬美が苦笑しつつ、教えてくれる。


「そう。私のは寒色系の振袖だったから……きららちゃんにもっと似合うものをって、お父さんなりにもう義娘だって思ってるんだと思うよ」

それを聞いた轟はにわかに信じられない気持ちだった。あの親父がそこまでしてくれるなんて思いもしなかった。
冬美に似合う振袖を誂えたように、きららに似合う振袖を見繕ってくれていたとは。昔から金と実績だけはある男だった。けれど、そこには……確かに変化が起きている。

じゃれつくように番犬機能を搭載された犬型ロボットがエンデヴァーの周りを駆け回った。
それをエンデヴァーが宥めるように頭を撫でてやっている。今までのエンデヴァーなら静かにしろと怒鳴っていたところだろう。
轟家にいい風が吹いている。割と仲良さげにギャル語交じりで話しているきららとエンデヴァーの姿に、轟にもまた心境の変化が起きようとしていた。


 


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