早いものでもう2月、バレンタインである。
きららは悩みに悩み、手作りチョコにすることにした。正直お菓子作りはそんなしたことない。中学時代の彼氏にもなんとなくで買ったものを渡していた。本当にフランクに付き合っていたんだなぁと今なら思う。
なにせ大本命過ぎて今年のチョコは何にするかめちゃくちゃ悩んだ。買うにしても作るにしてもどんなのがいいかとか、和菓子よくもらうし、チョコ餅的な感じがいいのかとか、それはそれは迷った。

結局きららは失敗しなさそうな、かつデコレーションしやすそうなチョコクッキーを作ることにした。ハートの形に型を抜いて、可愛くデコレーションすればいい感じに映えるだろう。この時ほど自分の個性に感謝したことはないかもしれない、あげみざわ〜らぶぽよ〜デザインで勝負に出ることにしたのだった。

――したのだったが、ここできららに心強い援軍がきた。
あれからちょくちょく連絡を取っている冬美が、なんと自慢のレシピを送ってくれたのだ。そればかりか、当日はテレビ電話で教えてくれるという。「ふゆみん! いや、せんせー! マジ神!!」思わずそう口に出した。
ちなみに冬美は本当に先生である。小学校の教師をしているのだ。まさに勝利の女神が微笑んだ瞬間であった。こうしてきららは寮のキッチンでチョコレート作りに励むことになった。


『きららちゃん、材料は揃った?』
「たぶん全部そろってるハズ……見てみて〜」
『……うん、大丈夫! 器具も全部そろってる!』
「よかった〜!」

材料も確認したところで、お菓子作りの始まりである。
冬美も新しくエンデヴァーが建てた家のキッチンで実演してくれていた。これが結構わかりやすい。余談だが、冬美にべったりだったお料理ロボットはこちらの家には連れて来ていないらしい。むしろ冬美がいなくなった分、自分がエンデヴァーの食事を担当するのだとはりきっているらしかった。対して、番犬ロボットは新居の方に移っており、それもあってか冬美は実家の方にも番犬ロボットを連れて出入りしているらしい。相変わらず忙しそうだった。


「お、いい感じじゃん?」
『うんうん! 上手! あとはもう伸ばして型を抜いて焼いて……最後に飾り付けしたら完成!』
「めっちゃ順調〜! 大せんせーあざまる〜!」
『そんな大先生だなんて……照れちゃうなぁ』
「いやマジふゆみんお料理教室も開けるレベル。入会者殺到すると思う」
『ええ〜、言いすぎだよ〜!』
「いやマジだって!」

冬美の料理は美味しい上に教え方も上手なのだ。きららは本気で言っていた。正直お高いクッキーも美味しかったけれど、冬美からもらった手作りクッキーの方が好みだった。本当にびっくりした、聞けばお節のレシピは冷のものらしく、親子そろって料理上手とかすごいなと感心してしまう。夏雄もよく作っていたようだし、正直それらを食べて育った轟の胃袋を掴める予感はまったくなかった。デコでごまかすかぁと遠い目をしたくらいだ。
けれど、こうして冬美が教えてくれるのできららのお料理スキルもどうにかなりそうだ。それにお料理ロボットもいる。何とかなる気しかしなかった。

そうして無事に焼きあがると、あとはデコレーションだけとなった。
せっかくだからときららがデコっていくのをタブレット越しに見ていると、冬美が感嘆の声をあげた。


『それ焦凍? 似てる〜!』
「でしょでしょ。これはおとーさまに送ろうと思って。義理チョコ? いや、家族チョコ……?」
『お父さん、喜ぶと思うよ』
「だといいな〜!」

一緒に番犬ロボットに似せたクッキーも入れておくことにした。だがこの時はまだ知らない、食べるのがもったいなくなったエンデヴァーがギリギリまで保管し、危うく腐られせることになるとは。このクッキーは偶然見つけた冬美により、そろそろ食べれなくなるからと勧められたことで、ようやくエンデヴァーのお腹に収まることとなる。

肝心の轟への本命チョコクッキーはそれはもうラブ全開であった。ほぼハートのものであったし、そうでなくても可愛い動物の形や、お洒落な絞りのクッキーにした。
ばちかわにデコったクッキーをきゃわたんな缶に入れてラッピングをし、後は渡すだけである。


「ふゆみんマジあざまる〜! おかげさまでめちゃうまなクッキー作れたよ〜!」
『お役に立てたならよかった! 後は焦凍に渡すだけだね。がんばって!』
「うんうん! おとーさまの分はしょーとに渡しとくね」
『え、それ大丈夫?』
「だいじょぶだいじょぶ。最近のしょーと、まんまるになってるから」

振袖の件から番犬ロボットへの不器用な愛情、それに夏雄が巻き込まれたエンディング事件やインターンを通して、轟も大分エンデヴァーへの見方が変わってきていた。今の轟なら、嫌そうな顔をせず、素直に分かったといって渡してくれるだろう。実に良い風が轟家には吹いてた。







「しょーと、ハイ! バレンタインチョコ!」
「ありがとな」
「ふゆみんに教えてもらいながら作ったから、味は保証できるよ! デコで底上げしたし!」
「え、これ手作りか……随分洒落てっから、店で買ったのかと思った」
「デコるのはちょー得意だもん。ラッピングもお手の物〜!」
「すげぇ嬉しい。手作りもらえっかなって期待してたんだ」
「喜んでもらえてうれしみ〜!」

きららは悩んだ末に手作りにしてよかったと心底思った。やっぱり手作りほしいとかあるんだ。本当に手作りで大正解だった。ふゆみんありがとうの気持ちである。
さっそく轟はラッピングを解いて缶を開けた。目に入ったおにかわチョコクッキーに「おお」と感嘆の声を上げる。手作りとは思えないそのクオリティに再度「ありがとな」と礼を言うと、そうだと何か閃いた様子で口を開いた。


「これ、きららが食べさせてくれ」
「あーんってやつ?」
「それだ。この間女子が見てたドラマでやってたんだ。俺もやってもらいてぇ」
「甘えんぼでめっかわ〜! 全然いいよ〜!」

クッキー缶から一つハートのクッキーを手に取り、「あーん」と轟の口に持っていく。素直に口を開いて齧る様子が可愛かった。瞳を輝かせて「うめぇ」と言う轟に「ふゆみん大先生のおかげ〜! 美味しくてよかった〜!」と再び冬美に感謝した。美味しいクッキーのレシピを正しい工程で作った上に、個性で底上げしたのだ。美味しくないはずがなかった。
けれど、齧ったことで半分に割れたハートに気付いた轟が、いたくショックを受けていた。


「割れちまった……」
「にゃはは、こういうのはどーしてもね。でもだいじょーぶ、お腹の中で一緒にすれば問題ないよ〜」
「割りたくねぇ……今度は一口で行く」
「ええっ、まぁ……イケる、か? 無理しないでね〜」
「無理でもやる。割りたくねぇ」
「ええっ」
「割りたくねぇ」
「お、おう」

轟の譲れない何かを感じ、圧されるように頷いた。結局轟は宣言通り一口で行き、ハムスターのように頬を膨らませながら消化していくのだった。

その後もそれはそれはチョコに負けず劣らず甘い時間を過ごしたという。二人のバレンタインの夜はこうして更けていく。
余談だがエンデヴァー宛てのクッキー缶を託したはいいが、「……もっと食いてぇ」とまさかの追加要請に慌ててきららは作ることになる。大層お気に召してくれたようで何よりだ。追加のクッキーももらえたことで、轟は比較的ご機嫌な様子でエンデヴァーに「これ、きららから。ばちかわなクッキーだ」と渡せたという
その証拠に、エンデヴァーから来たお礼ラインは「かたじけパーリナイ」という覚えたてのギャル語であった。良い風が吹いている。それは言い方を変えれば、ギャルの風かもしれない。


 


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